第10話 戴冠

 ベルナルドがカテリーナの手を取って、大聖堂を後にする。

 戸口を出たところで殿下は観衆に向かって右手を挙げて応えた。もちろん、左手はカテリーナの手を握ったままだ。

 わあっ、と歓声があがり、同時に白い鳩が空に向かって放たれる。


 階段を下りると、無蓋の馬車の後部座席に二人で乗り込んだ。

 カテリーナ乗り込む際にもベルナルドは手を添える。

 新郎として完璧なエスコートぶりだった。

 ゆっくりと馬車が走り始める。


 ベルナルドはカテリーナの目を覗き込むと気遣いの言葉を述べた。

「あれだけ大勢の者に注目されては疲れたのではないか?」

「いえ、収穫した大量のジャガイモに囲まれているのだと思えばそれほどでもありませんでした」

「……なるほど」


 国王を始めとして王国の中枢を担う者たちを捉えて、ジャガイモ扱いをするというのは実に大胆である。

 しかし、ジャガイモをこよなく愛するカテリーナからすると、ジャガイモ扱いというのは最大級に尊重しているとことなのかもしれない。

 ベルナルドは判断に迷ったような表情をするが、特に批評めいたことを口にしなかった。


「疲れていないのならそれでいい。まだまだ儀式は続くからね。何かあれば遠慮なく私に言うんだ」

「はい。殿下」

 馬車は目抜き通りをゆっくりと進み、王宮へと向かう。

 沿道では群衆が歓声をあげて二人を祝した。


 王宮に到着すると、ベルナルドはカテリーナを伴って謁見の間へと進む。

 本日の一連の行事の中で、もっとも実質的に意味がある儀式が始まった。

 濃緑の絨毯が敷き詰められたきざはしの下へと進み出る。

 五段ほど上に据えられた玉座に座った現国王ヨーゼフに対して片膝をついた。

 先ほどの大聖堂ではそうでもなかったが、やはりこういう場所では国王の威厳が違う。


 その横を力強い足取りでベルナルド殿下が階を上がる。

 ヨーゼフが頷くと侍従長が羅紗の上に載った金の冠を捧げて進み出た。

 冠を受け取ったベルナルドがカテリーナのところへと歩み下りる。

 そして、カテリーナの頭に王太子妃を表す冠を授けた。

 これで、単なる妻ではなく、正式な身分としてカテリーナ王太子妃となる。


 夢ですよね?

 よく考えたら、私が花冠を殿下に被せたのは、何か不敬なことではなかったのかしら?

 現実逃避をする思考をしているカテリーナをベルナルド殿下は手を取って引き起こした。

 階の一番下の段に並んで立つと殿下はカテリーナの手を肩の高さまで上げる。


 貴族たちが次々と二人の前に進み出ると片膝を引いて忠誠を示した。

 これ以降は、内心はともかくとして、公式の場ではカテリーナを王太子妃として遇しなくてはならない。

 面従腹背されると思うとカテリーナは気が重い。

 横に視線を走らせるとベルナルドは堅苦しい儀式が概ね終わったことにほっとした表情を浮かべていた。


 王子として衆目に晒されることが多いベルナルドでも、儀式となれば心身ともに多少は疲労感を覚える。

 そのような経験はなく、緊張のあまりふらつくなどの醜態をカテリーナが晒さなかったことに安堵していた。

 かなりの時間を要したが、謁見の間に居た者たち全員が、カテリーナに対する臣下の礼を終える。 

 国王が退場し場の雰囲気が緩んだ。


 この後は、会場を変えての披露宴と舞踏会を残しているだけとなる。

 一度、ベルナルドとカテリーナも別々の控室に下がって、お色直しすることになっていた。

 着替えのための部屋に入ると、カテリーナは大きく息を吐く。

「早くこの拷問具をほどいてもらっていいかしら?」

 侍女たちが進み出ると、ぎゅうぎゅうとウエストを締め上げていたコルセットを緩める。


「はあ、死ぬかと思った」

 侍女たちはドレスを脱がし始めた。

 次のドレスに着替える前に、カテリーナの体を広い布で覆うと、グラスと小皿を差し出す。

 桃のシロップで香りづけされた冷水と軽食だった。


 この後も皆の注目の的となる新婦が料理に口をつける機会はなかなかやってこない。

 途中で具合が悪くならないようにとのシュトルムの配慮だった。

 軽食はカテリーナの嗜好も考慮して、じゃがいもがごろごろ入ったオムレツが用意されている。

 遠慮なくピックに刺さったオムレツを味わった。

 

 なんて美味しいのかしら。

 大変な思いをしてぎゅうぎゅう締め付けられ、見せ物になった甲斐があったというものね。

 もっと高級な食材を使ったものも出せるということだったが、カテリーナの希望はもちろんジャガイモ料理。

 結婚しようが、ジャガイモ一筋なカテリーナである。


 着替えを手伝うためにいる侍女たちは、カテリーナへ暖かい視線を向けていた。

 さすがシュトルムが入念な事前調査と直接面談によって人選したという侍女たちである。都での洗練された振る舞いに慣れないカテリーナを蔑む様子を見せるものはいない。

 一息ついたと頷いてみせると、侍女たちが新しい下着や肌着を持って進み出る。


「そこまで替えなくてもいいんじゃないかしら……」

「いえ、奥方様にとってはこれらは殿方にとっての武装と同じでございます。一そろいになっているものを身につけてこそ輝くというもの。ましてや今夜は殿下と初めて一緒に過ごされるのですから」

 にこやかに笑いながらも毅然と着替えを要求されて、カテリーナは渋々としながらも着替えるしかなかった。

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