第18話 晩餐

「な、なんか緊張するな……」


「ええ、そうね……」


王都到着初日の夕食は、ゼッツさんの屋敷での歓迎を兼ねた晩餐だった。

田舎の農家では考えられない様な豪勢な食事に、ゴリアテさんとアデリンさんが緊張の色を見せる。


「ははは、どうぞ遠慮なく召し上がって下さい」


「は、はぁ……」


「いっただきまーす!」


ゼッツさんの言葉に緊張する両親とは違い、ソアラは遠慮なく食べ始めた。


「……」


ソアラによって凄い勢いで消えていく皿の上の料理。

にもかかわらず、彼女の食べ方は決して汚くはない。

恐ろしい程の速度ではあるが、ソアラのマナーは完璧な物だった。


……すげーなおい。


「アドル!凄く美味しいよ!!」


あっけに取られている俺に、ソアラが俺に食事を勧めて来た。

折角食べ方が完璧なのに、食事中の大声で台無しだ。

まあらしいと言えばらしいか。


「大声出すのはマナー違反だぞ」


「いいから!美味しいよ!」


「わかったよ」


一応マナーは食事前に軽く倣っているので、俺はそれを心掛けつつ、ナイフとフォークで大振りのエビを切り分けて口に入れる。

ぷりぷりとした触感に、ピリッとしたハーブのきいた味付け。

流石貴族の食事だけあって滅茶苦茶うまい。


「こりゃ美味い」


「でしょでしょ!」


どれもこれも絶品だ。

もうこれだけで王都に来てよかったと思えるほどに。


うん、ごめん。

流石にそれは言い過ぎだな。


けどまあ、田舎にいたんじゃ祝い事の日でもこれだけ豪勢な食事はあり付けなかっただろう。

そう考えると、十分貴重な体験と言える。


「でね!でね!その時私が――」


食後はソアラの独り舞台だ。

この半年間に何があったかを、俺や両親に身振り手振りを加えて楽しそうに彼女は話す。

まあ近況は月一頻度の手紙のやり取りで俺もゴリアテさん達も把握していたが、そういう余計な野暮はせず、皆で相槌を入れながら聞いてやる。


「ふぅ……」


食後の歓談が終わり、俺は離れに用意された自分の部屋へと戻って来た。

持ってきた荷物に関しては、ソアラにしごかれている間に既に運び込まれて整理されている状態だ。

メイドさん達がやってくれたのだろう。

正に至れり尽くせりである。


「やれやれ、ソアラにも困ったもんだ。ったく、もう12歳だってのに……」


歓談後、ソアラは久しぶりに会ったんだから今日は俺と一緒に寝るとか言い出しやがった。

その時のゴリアテさんの顔と来たらもう……


「まるで親の仇みたいに睨まれちまった」


俺が主張した訳でもないのに、理不尽な話である。

まあ結局は家族で寝るって所に落ち着いたが、何もしてないのに今日一日でゴリアテさんに嫌われまくった気がするぞ。


「どうぞ」


扉がノックされたので返事を返す。


「失礼します」


尋ねて来たのは金髪メイドのケイトさんだった。

ゴリアテさんが鼻の下を伸ばしたおかげで俺専属になった、例の美人さんだ。

まさかその事まで恨んでないよな?


「ぐっすり眠れるように、ハーブティーをお持ちしました」


「ありがとうございます」


メイドさんがそうしてるって事は、貴族は夜寝る前にハーブなんて飲むのか。

しゃれた生活してるな。


因みに俺は久しぶりのソアラの猛特訓のお陰で疲れまくってるので、別にハーブなんかなくてもぐっすり眠れそうではあるが、気遣いに水を差す気はないので有難く頂く事にする。


「凄く美味しいです」


「ふふふ、チョリーム家の領地でとれる茶葉なんですよ」


「へぇ、そうなんですか」


ゼッツさんの両親とお兄さんは、領地暮らしだ。

そのためこの屋敷にはゼッツさんしかいない。

まあ正確には働いてる人もわんさかいる訳だが、そこは別にカウントしなくてもいいだろう。


「ゼッツ様が、ソアラ様とアドル様は凄く仲がいいとおっしゃっていましたけど。お二人は本当に凄く仲がいいんですね。とてもお似合いですよ」


ケイトさんが『ふふふ』と笑う。

きっと彼女は三時間ボコボコにされる俺の姿を見てなかったから、そんなのん気な事が言えるのだろう。


「ソアラと俺はそんなんじゃありませんよ」


ちゃんと否定しておく。

勇者の恋人とか言う、変な噂が流れてもいい事などないからな。


「ふふふ、そう言う事にしておきますね」


ケイトさんは『またまたぁ』と言わんばかりの顔をする。

駄目だこりゃ。


個人的に本気で違うんだが、周りにはやはりそう見えてしまうんだろうか?


俺から見たら、ソアラは暴れん坊な妹の様な感じだ。

いや、日本での年齢差を含めて考えると娘の方が近いと言える。

だから恋愛感情なんて物は微塵も無いわけだが……


ソアラにしたって、そういう感情は持ち合わせていないだろう。

まだまだおこちゃまだからな。

しかもアイツは分かりやすい性格をしているから、もしそうならすぐに顔や態度に出てくるはずだ。


「では、私はこれで失礼いたします」


「ありがとうございました」


豪奢なベッドはふかふかで、すこぶる寝心地がいい。

猛特訓で疲れていた俺は、ケイトさんが戻った後俺は直ぐ眠りについた。


「……んぁ?」


夜中に目が覚める。

何か音がした様な気がして。

暗闇に目を凝らすと、そこには――


「何やってんだ」


ソアラがいた。


「へへへ、一緒に寝よ」


「はぁ……おじさんおばさんと一緒に寝るんじゃなかったのか?」


「お父さんは酔ってもう寝ちゃった。お母さんは別にいいって」


あっさり酔っぱらって抜けられてしまうとか、ゴリアテさん間抜けすぎだろ。

まあ追い返そうとしてもごねられるだけなので、俺は諦める。


「しかたないな」


「えへへ」


布団の中にソアラが入り込んで来る。


「俺は疲れて眠いから、暴れんなよ?」


「暴れないよー」


「ほんとかよ」


「それよりアドル。武器、期待してるからね」


「へいへい。つか、間違っても俺が作るとか周りに言うなよ」


ブラックスミスでもない俺がオプション付きの武器を作った事を知られたら、絶対おかしい事になるからな。


「それだったらさ。ブラックスミスに覚醒したって事にすればいいよ」


「……成程」


ブラックスミスは市民から極稀に覚醒するイレギュラーなクラスだ。

だから市民って事になってる俺なら、そうなってもそこまでおかしい事ではなない。


いや、やっぱおかしいか。


市民からの特殊な覚醒に必要なレベルは60。

通常、市民でそこまで上げるのはかなりハードルが高かった。

魔物と戦うには、余りにも貧弱クラスだからな。


そのため市民の場合、効率の劣る訓練や努力を通じて経験値を得てレベルを上げるしかないのだが……

狩り無しでそこまでレベルを上げようとすると、結構な年月が必要になってしくる。

下手したら数十年単位だ。


それを子供である俺が達成する。

それがどれだけ異常かは、言うまでもないだろう。


だから余計な周囲からの憶測を避けるのなら、それは止めた方がいいのだが……

ま、いまさらだな。


俺がかなり強いのはもうある程度周知の事実だ。

ゼッツさんからは第二のゾーン・バルターとか言われてるし。

高速レベリングしたらブラックスミスになりましたって言っても、きっとそう驚かれはしないだろう。


そう、本当に今更なのだ。


「悪く無い案だ。けどまあ、とりあえずレベル60以上になったらの話だな。それは」


「うん、そうだね!スキルも取らないといけないし、がんがん二人でレベルアップしよう!」


「ああ、さっさとレベルを上げないとな」


訓練で容赦なくソアラにボコられるのはきついからな。

冗談抜きでさっさとレベルを上げないと。


暫く二人で下らない話をして、気づいたら俺は眠りに落ちていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る