第8話 天の人、地の人
「今年も不作だな……」
「あぁ、あの青龍のせいだ。
あいつは、俺たちの畑を焼くから」
村の皆は悩んでいた。
龍の膝元で暮らす限り、満足は無いのだと。
「どうにかならんもんか……」
誰かが、言いだした。
「あいつを倒せばいい」
「あいつを殺せばいい」
「そうすれば、この東の領地は俺たちの物だ」
「あの龍に遊び半分で虐げられる」
「そんな人生は、もう御免だ!」
数百人の村人で、龍を襲う事が計画された。
村長を始め、村の高齢者はそれを否定していた。
龍神の怒りを買えば、村は滅びると。
村に伝わる伝説。
龍の神を滅ぼす者、それは地上からやって来る。
その時、古代の英知は蘇る。
滅却者は天界を制する
その者に仕え地上へ赴け。
それが、天使族の使命である。
でも、そんな言葉は若者にとっては老害の妄言だと切って捨てられ、反逆は強行された。
そして。
村は焼き払われた。
あの青い炎の塊が村に落ちた時。
老人達の言葉が嘘では無かったと知った。
私たちは逃げ惑う事しかできなかった。
竜牙兵に一人一人、村人は殺されて。
最後には、私しか残らなかった。
「貴方だけでも逃げて」
お母さんが言った。
「生き延びてくれ」
お父さんが言った。
「地上の勇者を探すのだ」
村長が言った。
「頼む」
「託す」
「頼る」
皆が皆、子供だった私にそう言って死んでいった。
なんで?
私も一緒に、死にたかったよ。
「もう大丈夫だよ皆、皆の仇は討てたから。
だから、もういいよね」
「俺を殺すのか?
貴様も死ぬぞ?」
本当に凄い魔術師だ。
今も、青龍の放った最後の炎を。
空を埋める程巨大な炎の塊が、大地に着地しない様に防ぎ続けている。
でも、ながらこっちにまで気を回すのは。
幾ら貴方でも不可能っスよね。
「殺す?
なに言ってんスか。
恩人を殺す訳無いっスよ」
疑いの籠った視線で、老人は私を見る。
そりゃ、嫌われるっスよね。
私は貴方を騙した。
いや、貴方だけじゃない。
無属性魔法を使って、私は出会った全ての人間を騙して来た。
疑われて。
嫌われて。
当然の存在だ。
「では、何故槍を構える……」
「最後に貴方に言いたい事があったんスよ」
私がそう呟くと。
黒いローブを着た大賢者は、焦った様に叫ぶ。
「止めよ!」
竜牙兵の槍が賢者へ向いている。
私は龍の死体の中から見つけた
白い槍の矛先が。
私へ。
反転する。
「私の生きる理由を奪ってくれて、本当に感謝してるっスよ。
元筆頭宮廷魔術師、ノア・アルトール様」
竜牙兵の切っ先が、私へ迫り。
私は目をギュッと瞑った。
「――ふざけるな」
は――?
痛みは無く。
なんの感触も無い。
けれど声だけが、近くで聞こえて。
私は二度と開かぬと思っていた目を。
もう一度開く。
「グ……」
そこには。
苦悶に顔を歪め、血反吐を吐き、腹から槍先を貫通させた老人が立っていた……
「貴様……」
「なんでっスか……?」
なんでだろう。
「どうして、邪魔するんスか!」
なんで、私はホッとしているのだろう。
「貴様……」
大賢者は槍の貫通する痛みに耐える。
今だ魔法の発動は継続されて。
狂気に迫る精神力で。
それは狂気的に微笑んで、私に問う。
「幾つだ?」
「なん……」
意味が分からない。
「何歳なのだと、聞いている……!」
大きい声に反射的に応えさせられた。
「じゅ、18っス!」
「……地上へやって来たのは、幾つの時だ」
「8歳の時です……」
「そうか……」
大賢者が膝を付く。
けれど、魔法を使い続ける為に天に手を掲げている。
汗が額を埋める。
血反吐の量が増えていく。
それでも、瞳の光は治まらない。
「今まで大変だったな。
よく、頑張った……」
その言葉は、卑怯だ。
それは、狡過ぎる。
それは、私が求めて止まない言葉だった。
「俺は今年83になった。
俺がお前の歳の頃は、魔術学院で落ち零れをやっていた。
初級魔法しか使えず、誰と模擬戦をしても負けた。
だが、空間属性と同じ様に習得難易度の高い無属性。
それをお前はその歳で、既に中級以上で使える」
細い声の語り声。
けれど、その声は私の頭に響いて来る。
「だから、なんなんスか……」
「凄い、という事だ。
才を持ち、努力を欠かさず、信念が在る。
他の人間には出来ない事をできる。
魔法だけではない。
お前の精魂も姿も、俺は認めているのだ」
「だから……だから、なんなんスかって!」
「筆頭宮廷魔術師、大賢者、最強……
俺はそう呼ばれていた」
思い出す様に。
いや、まるで後悔している様に。
「だが、事実は違うのだ。
俺は、信じていた国に裏切られ、信じていた弟子に裏切られ、処刑されかけて逃げただけの間抜けな愚者だ」
そうか。
この人も多分、私と同じ。
この人は、やり直したいのだ。
あの時、私が皆を止められていたら。
きっと、皆はまだ生きている。
そう、私も後悔しているように。
「もっと、良い方向にできたのでは。
もっと、上手くやれたのではないか」
嫌でも重ねた。
この人の人生を。
こんな年老いた人でも、そう思うのかと。
「毎夜、その思考が頭から離れない。
俺はきっと取り繕い過ぎたのだ。
最強だと、筆頭だと、賢者だと。
そんな重圧から、己を大きく見せ過ぎた」
そう言って、弱り切った体と表情で。
膝を折り、正座で、真っ直ぐに私を見る。
それでも魔法が絶えぬ様、片腕を天に上げ。
――そして、最強は私に頭を下げた。
「そんな愚かな俺から、才あるお主に願いたい。
まだ生きて欲しい。
その為なら、俺はなんだってしてやろう。
お主には、まだ……多く時間が残って……い……」
そこで、言葉は途切れる。
ノア・アルトールの手が落ちる。
同時に、その目から光が消え、瞼が閉じる。
うつ伏せに、地面に倒れた。
上空の魔法が解除され、残り火となった小さな青い火種が降って来る。
それは、私の前の地面に落ちて、消火した。
この男は今、勝利したのだ。
村の皆が、崇める事しかできなかった悪神に。
「なんでっスか……?
私は貴方を騙してたんスよ……」
駆け寄って脈を測る。
大丈夫だ。まだ死んでない。
そう確認して、胸を撫で下ろした。
何してるんだろう。
この人が死ぬかもしれない。
それは、ここへ来る前から分かっていた。
初めて会った地上の人は、私を見世物小屋へ売り払った。
小屋の店主は、金になるからと私の白翼を毎日千切った。
人間は嘘吐きで、残酷で、非道だ。
「そう、貴方もそいつ等と一緒っス。
裏切られて、騙されて、後悔したから。
次もまたそうならない様に、私の無属性魔法を使おうって魂胆だった。
私を利用するつもりだった」
自分の身体を完全に変質させられる。
中級無属性魔法・
諜報活動なら、これ以上ない能力だ。
貴方が処刑された時、私が居たなら。
国王や弟子に裏切らたと、事前に察知できただろう。
次同じ状況になっても問題ない様に。
「私に生きて欲しいって……
そういう事っスよね……」
この男も、私を利用しようとしてるだけ。
奇麗事で、私を騙そうとしてるだけ。
――だったら、良かったのに。
「だとしたら、今死に掛けてるのはなんなんスか」
自分が同じ失敗を繰り返さない様に。
その為に、自分の命を失うなんて。
本末転倒もいいとこだ。
「だから、私の考えは間違ってる」
この人は、私を利用する為に生きろと言っている訳じゃない。
この人は私の生きていた理由を奪ってくれた。
この人は、私の呪いを砕いてくれたのだ。
そんな相手に礼もせず。
口頭で感謝を述べるだけで。
死後の世界に逃げる。
それは少し、嫌だな。
「私に生きて欲しいなら、まずはアンタが生きて下さいっスよ」
私は、さっき貰ったポーションの封を開けた。
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