第9話 賢者の成り立ち
「お、俺……」
若い時の俺が居る。
碌に名も上げていない下級貴族の次男坊。
魔術学院に入ったは良いが、魔術の練度は下の下だった。
奇麗な黄金色の髪を煌かせる少女。
「落ち零れ、良いから金出せや!」
その女との出会いは、俺が不良生徒に絡まれていた時だった。
気丈に彼女は言う。
「今すぐに、胸倉を掴むその手を放しなさい。
でなければ、私が貴方の頭を地面に叩きつけて上げる」
「お、お前! メイベル・ハルティア……!」
そんな、言葉を放った時には既に。
メイベルの拳は男の腹部の直前だった。
「っげぇえええええええええ!」
情けない声を上げて、身体が弾き飛ぶ。
不良生徒は壁に練り込んだ。
閃光。
この時からそう呼ばれる。
この学院で一番強かった女。
俺は、それを見て思った。
あぁ、俺にもそんな才能があれば、と。
憧れたのだ。
「大丈夫かしら?」
「は、はい」
同級生には見えず、敬語で話したのを覚えている。
「それは良かったわ。
次からは気を付けるのよ」
そう言って、彼女は去って行った。
でも、学院に居れば彼女を見る機会は幾らでもあった。
模擬戦をする度に、闘技場が埋まる人気。
いつも彼女の周りには取り巻きが居た。
居るだけで目立つ、そんな女。
俺はそいつの事が嫌いだった。
いや、ただ嫉んでいただけだ。
才能なんて、漠然とした物に嫉妬して。
努力不足の言い訳に使った。
この時の俺は、本当に愚かだった。
試験でメイベルと模擬戦をする事が有った。
ボロボロに負けた。
何も言わずに去る俺の背に向けて。
メイベルは言った。
「戦ってくれてありがとう」
そういう、気の良い所が嫌いだった。
「俺は、お前が嫌いだ」
顔も向けられない。
そんな小心者だった俺には。
そう、背中で吐き捨てるのが精々だった。
なのに、どうしてかこの女は俺に絡んで来た。
「私を持ち上げてくれる皆より、君と居た方が気が楽だから……かしらね?」
なんて、意味の分からない理由を述べて。
こいつと居ると、変な奴に絡まれない。
そんな理由で、俺はそれを放置した。
そのまま少し時間が経って。
メイベルはぽつりと呟いた。
「私、卒業したら帝国の王子の側室になるんだって」
突拍子もないその言葉に、俺は黙った。
けれど、メイベルは返事もしない俺に話を続けた。
その時は、当然に王国に俺は居ない。
俺という最強の軍事力は無かった。
その頃の王国は、帝国の属国に近い立場にあったのだ。
帝国は、優秀な魔術師を王家に集め、優秀な魔術師を遺伝的に作るという政策をしていた。
その候補にメイベルも選ばれていた。
「ほんと、嫌なんだけど……
でも、卒業する前に真面な友達ができて良かった」
魔術学院は6年通うのが基本だ。
その時は6年目の始めだった。
俺はメイベルの事を鬱陶しい奴だと思っていた。
友達だなんてのは、勝手に思われてるだけ。
不幸話を聞いたって、どうしようもない。
でも。
そういや俺、こいつ以外に友達居ねぇわ。
と思って、割と仲がいい部類の相手だったのだと思った。
そして、彼女の表情が何となく嫌だった。
次の日から、俺は魔術学院に行くのを止めた。
代わりに、俺は王都の近くに発生した魔境へ行った。
勉強も、修練も、碌にしてこなかった。
このまま生きていても。
実家の畑作業で一生を終えるだろう。
もしくは、軍の魔術師として戦死するか。
最初から、そんな人生になる事は分かっていたのに。
それでも俺は、自分は不運だと言い訳をして、何もしなかった。
メイベル以上に、そんな俺自身が嫌だった。
時の経ち過ぎた今、あの時の感情を明瞭に思い出す事はできない。
けれど。
あの時の俺は。
確かに、人生で最もやる気があった。
それでも俺は、数体の魔物を倒せた。
それが、修練になっていたのかは分からない。
だが、出会いは有った。
無我夢中で。
冒険者の心得等何も知らなかった。
そんな俺が死に掛けるのは、一瞬だった。
その時、ある男が俺を救ってくれたのだ。
冒険者なのだろうが、名前も知らない。
だが、下級貴族の俺は男を馬鹿にしていた。
冒険者なんて下働きの集団だと。
けれど、その男の言葉は、俺が感銘を受ける程に正しかった。
目的を定め。
それを達成する方法を模索する。
そこに、正道も邪道も無く。
ただ、結果だけが残るのみ。
そんな内容だった。
発想の転換とでも言うのだろうか。
5年通って覚えた魔法は1つだけ。
だがその魔境で、俺は2つの魔法を手に入れた。
「そして、3つの空間魔法を使い、俺は卒業間近の模擬戦で勝った訳だ。
メイベルは学院最強ではなくなり、帝国の興味も消え失せた」
「守り切ったって訳っスか……」
何か、俺の話を聞かせてくれ。
そう、トアリが言うので、俺は忘れもしないその時の事を聞かせていた。
小さな洞窟。
外は竜牙兵に守らせているので安全だ。
その中で、トアリは俺の傷口に包帯を巻いている。
「でも、帝国はよく一勝で納得してくれたっスね。
だって、そういうシナリオの可能性もある訳じゃないっスか」
「あぁ、尊厳事叩き潰してやったからな」
「そ、尊厳……?」
「メイベルの上級魔法は【瞬閃】という、一歩で数十メートルを移動する事ができる厄介極まりない物だった。
それを破る為にな……」
「秘策って奴っスね」
わくわく、と。
楽しみそうに聞いて来るトアリ。
それに応える俺の表情は引き攣っていた事だろう。
「はちみつや樹液を混ぜた特製のローションでベチョベチョにして、魔法を使えなくした」
「え、は……?」
要するに、起点は踏み込みだ。
それを好きな様にさせなければ、瞬閃は無効化できる。
冒険者の男に状況を話すと、作り方を教えてくれたのだ。
あの時のメイベルは本当に酷い物だった。
魔法を使おうとする度に滑って扱ける。
コケる度にローションが全身に染み渡り、服を濡らした。
下着の透けた状態で戦わされ。
「泣きべそを掻いて降参して来た。
その滑稽な様に、帝国王家も側室に迎えられんと考え直した訳だ」
「さ、最低っス……
女の敵っス……」
「し、仕方ないだろう。
それしか方法が無かったのだから。
それに、目的は果たしている」
今でも、あの冒険者の語った言葉は、俺の中に残っている。
要約して言えば。
最後に俺の目的が果たされていればいい。
そういう理屈だ。
「友達にする事じゃないのは確かっスよ」
「今でもまぁ、茶を飲む仲だ。
別に良かろうが」
「え、付き合ったりしてないんスか?」
「はぁ? あのババアと俺が付きあう訳なかろう!」
「いやいや、絶対両想いじゃないっスか!」
「そ、そそ、そんな訳あるかー!」
「いや……マジっスかこの爺さん……」
等と、トアリが驚いた表情で俺を見ている。
意味が分からない。
「まぁ、聞かせてくれてありがとうございました。
取り合えず、手当は終わったっスよ……」
そう言って、服を寄こしてくる。
「それで、お主はこれからどうするのだ?」
トアリの正体と目的は聞いた。
そして、その目的は達成された。
それだけが生きる理由だったのだろう。
だから、自死など考えた。
俺の言いたい事は言った。
それでも止められないのなら。
きっと、もう何を言ってもこの娘は止まらないだろう。
だから、少し緊張して俺は聞く。
「もし何もすることが無いのなら……」
「……とりあえず、この杖はどうぞ」
青い宝玉のついた杖。
それを、トアリは差し出した。
「その上で、私からお願いがあります」
「なんでも言ってくれ」
白い髪を靡かせて。
白い瞳を輝かせて。
純白の翼で己の身体を抱きしめるようにしながら。
少しだけ、恥ずかしそうに。
彼女は言った。
「トア・リエル。
それが、私の本当の名前です。
もしも、こんな人間じゃない私でもいいのなら……」
神々しいなんて言葉は。
きっと、この瞬間の為にあるのだろう。
翼が開き。
彼女は言った。
「その、メイベルさんにも会ってみたいですし……
――私を、
俺も答える。
「当然だ。その為に、俺はお前を連れて来たのだから」
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