第7話 ドラゴンスレイ


 ――初級レベル1魔法。


 誰でも。

 ある程度の知識を身に付ければ。

 比較的簡単に手に入る。


 ――中級レベル2魔法。


 属性に関しての専門的な知識。

 初級魔法を研鑚して得た魔力操作。

 その双方を理解する事で手に入る。


 ――上級レベル3魔法。


 人生を、生涯を、賭け。

 鍛錬を怠らず。

 理解と修練に務め続け。

 その上で、才能を持つ者だけが至れる。


 ――超級レベル4魔法。


 その者は、否応なしに英雄と呼ばれるだろう。

 他とは隔絶した力。

 技能、知識、才能、幸運。

 その全てを使い、その上で努力を止めなかった。

 そんな狂人の到達点。


 ――神級レベル5魔法。


 歴史の中で、その伝説は確かにある。

 だが、現存する魔術師がその位へ至った記録は無い。


 方法不明。

 理解不能。

 神より賜ったとしか思えない、空想の力。


「神が居るかなど、知る由も無い事だが。

 居るなら、俺に何をさせたいのだろうか」


 そんな事を考えるのは、年寄りの耄碌だろうか。


 まぁ、関係のない話だ。

 俺は、俺のやりたい事をする。

 その為だけにこの力を振るう。


 宇宙の中で、星々が輝く。

 そんな、色とも呼べぬ魔力の形状。

 空間セカイを纏い、俺は佇む。


 エアバルーンから伸びる縄から抜ける様、己の身体だけを転移させる。



 ――天衣。



 それは、強化魔法に分類される魔法だ。

 俺の全魔力を食わせたとして。

 それでも、持続時間は約180秒。


 強化内容は、転移という現象の自在化。


 この状態の俺は、俺と俺の触れた物を視界内で任意に好きなだけ、無限に転移させる事ができる。


 収納からポーションを取り出し、爛れた身体に掛ける。

 もう一つをトアリへ渡し。


「行ってくる」


「あ……」


 怯え切った彼女から答えは帰ってこない。

 バルーンごと、トアリを結界の一番外側の地面へ転移させた。



「始めるか。

 久々の――戦争だ」



 青い龍。

 今まで見たどんな魔物よりも巨大。

 今まで見たどんな存在よりも強大。


 敗北を覚悟する。

 敗北の可能性を見る。

 こんな戦いは、メイベルと争った時以来だ。


 上空へ転移。

 落下しながら、龍を見る。

 その身体、根の様な尾から人型のデキモノが零れ落ちていく。


 それは翼を広げ、兵士となって。


「Ggggiiiiiiiiiiiii……」


「GRrrrrrrrrrrrrr……」


「KISsssiiiiii……」


 一斉に、俺を向いた。


 飛び上がる。

 矛の様な構造の腕を構え。

 腕についた盾の様な部位で、自身を守る。


 蒼の竜人ドラゴノイド

 その数、目算で100体以上。


「俺相手に数を集めるのは、妥当で退屈な戦略だ」


 連続で転移を発動する。

 奴らの索敵範囲から逃げきらない様に。

 奴らの速度で追い付けないギリギリの速度で。


 奴らが群れとなって俺を追尾する。


 空庫から武器を放る。

 火薬を袋に詰め、導火線を伸ばし着火した物。

 収納空間では時間が止まる。

 ならば、火をつけて入れて置けば。


「アクション不要の即席手榴弾だ」


 それを置く様に落とし。

 直ぐに転移で離れる。


 バコン。

 と、派手な音が響く。

 黒煙が上がった。


 だが、落ちたのは先頭10体程度。

 後続が突き抜けて来る。


「せっつくな、まだまだあるぞ」


 群れを成して追って来るのなら、罠で迎撃すればいい。

 普通の魔物なら、この時点で少しは警戒を表す。


 しかし、奴らに逸れは無い。

 まるで、怖れを感じない様に、飛来するのみ。

 普通の魔物より余程単純。

 だが、それは弱みであると同時に強みだ。


 恐怖も諦めも無い。

 死ぬ気で食らいついて来る。

 ゴーレムの様に、淡々と。


 しかし、俺の方がずっと速い。

 羽があろうが、ブレぬ意思を持とうが。


「無駄だ馬鹿者」


 天衣発動から22秒。

 速度は見切った。

 空覚でギリギリを攻める。


空門ゲート


 誘われた20体の槍。

 それは、本体である蒼龍の腹部を抉る。


 雑魚に用はない。

 最初から、俺の狙いは貴様だけだ。


「グルゥ……」


 青い火が口から漏れる。

 吐息で出るその炎だけで。

 人が死ぬには十分な火力。


 そして、俺が送り、腹を貫いた槍先。

 けれどそれは、竜人の身体ごと龍に取り込まれていく。

 無傷だ。


 そしてまた、世界が青く光る。


 口元へ炎が収束していく。

 今まで見た、どんなドラゴンのそれよりも巨大な。


「GRrrrrrrrrrrrrr!!」


 極大のブレス。


 しかし……


 今の俺には無意味だ。

 発射される寸前に、もっと上へ転移。

 発射された炎は大地を焼くのみ。

 照射時間は約5秒。


 しかし、ブレスの通り過ぎた森は黒い大地へ変色。

 森の所々が青く燃えている。


「スゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ…………」


 龍が、大きく息を吸う。

 森を焼く青い炎。

 それは再び、龍の口へ吸い込まれていく。


 そしてまた、竜人が生まれ始める。


排泄物ゲロを餌にするとは、なんとも都合の良い身体だな」


 天衣発動から45秒経過。

 一度目のブレスから数えて、キッカリ60秒。

 そしてまた、本体は沈黙する。


「意思が無いのか……?」


 無機物に魔力が宿り。

 単純な行動を繰り返す魔法現象。

 魔法論では生物とすら定義されない存在。


 あの巨体。

 あの姿で。


「有り得るのか……?」


 いや。

 事実を見ろ。

 分からない事は調べろ。

 もし、一分毎にブレスを撃つのなら。


 チャンスは今だ。


 転移で接近する先は、龍の後頭部。


 収納より爆弾を投――


「ッチ……」


 尾が持ち上がり、豪速で俺に振るわれる。


 俺が居たポイントからかなり離れた場所で爆発した。

 それを転移で逃げた先で見る。


 なるほど?

 1分に1度のブレス攻撃。

 それに付随する配下の創造。


 そして、近距離に敵が近づく場合。

 近接攻撃を始める訳だ。


「ならば」


 爆弾を手に出現させる。

 触れた瞬間、転移させる。

 天衣の効果は、自分と触れた物を任意選択しての転移転送。


 触れた物だけを、視界内の何処へでも飛ばす事も可能という訳だ。


 初めてこの使い方をしたがうまくいった。

 龍の頭が爆ぜる。


「グルゥ……」


 しかし、爆炎から現れた頭は無傷。

 単純に皮膚が硬い。


 雑魚を転移であしらい、本体を転送で攻撃する。

 このまま削れるか……?

 いや、俺の天衣の効果時間が先に切れる可能性の方が高い。

 ポーションを視野に入れても、最初から長期戦は不可能。


 俺の手札と龍の力。

 互いを見極め勝機を探す。


 あぁ、思い出す。

 この感覚だ。


「Ggggiiiiiiiiiiiii……」


「GRrrrrrrrrrrrrr……」


「KISsssiiiiii……」


 短距離転移の連続発動。

 天へ上りながら雑魚を引き付ける。

 爆弾を置き、雑魚を撒く。


 更に転移。

 今度は地上。

 樹に触れて転送する。

 転移で即座に移動。

 次の樹に触れ、更に転送。


 転送先は龍の頭上。

 計12本の樹。

 連続で落ちて来る大木に、龍は尻尾を振るう。

 9本の尾と2本の腕、いや前足か。

 プラス牙、その全てを振り抜いた。


「GGgggRRRrrrr!!」


「――食らえ」


 樹が噛み砕かれ、中央部分が龍の喉へ落ちる。


「それでいい。

 これで、俺の勝ちだ」


 超級レベル4空間魔法。

 空印マーカー


 通常、空間転移は空門も転移も、見える場所にしか使えない。


 しかし、空印を刻んだ場所へは視界外であれ。

 飛べる。

 飛ばせる。


 空印を刻むのに必要なのは接触だけ。

 奴が食った、最後に転送した樹。

 その一部に空印を刻んでおいた。

 今、その空印の位置は奴の腹の中だ。


 天衣発動より105秒。

 奴の口元へ青い炎が充填される。

 だが、俺の方が早い。


 短距離転移を繰り返し、木々を転移させ続ける。

 その先は当然。



 ――奴の腹の中だ。



「グボッォォォ……」


 げっぷに近い音が龍の口から漏れる。


 俺の力量で転送できるサイズは、この樹がほぼ限界値。

 ブレスより先に窒息させ、破裂させる。


 ボコり、ボコり。

 腹の中に物が転送され、内側から膨れ始める。


「ボゥゥゥゥゥゥゥゥ……」


 口元の炎が揺らぐ。

 天衣による転送は、出口の空間を押し広げる。


「さて、最後の仕上げだ。

 空庫インベントリ……」


 最初は痩せ型の龍だった。

 しかし、今は太った不細工なドラゴンだ。


 爆弾に触れ、飛ばす。


 転移先は、当然に腹の中。

 爆発と同時に、一気に腹が膨れ。


「響くだろう?」


 腹の肉が裂ける。

 俺が送り込んだ樹が飛び出した。


「GgggggRRrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr!!」


 死の間際。

 最後の咆哮。


「龍の威厳。

 いや、そういうシステムなのだろう」


 死に値するダメージを負った場合。

 最後の一撃を放つ。


 今までの光線の様なブレスとは違う。

 蒼玉とも呼べる、青い塊を天へ投げる。

 その瞬間、常に天を仰いでいた龍の状態が地へ伏せる。

 絶命したらしい。


 だが、最後に放った炎の塊はまだ生きている。

 上がり切った後、落下してくるのは明白。

 そして、その大きさは結界全域を埋め尽くす程。


 受ければ死ぬ。

 回避するスペースは無い。

 蒼炎に視界を邪魔され、火球の裏へ転移する事もできない。


 それに、結界内にはまだトアリが居る。

 炎の円陣は物理的な炎の壁でもある。

 逃げれたと考える訳にも行かない。


 あの者には、まだやって貰う仕事がある。


「天衣……解除」


 空庫から、青い瓶を取り出し飲み干す。


 結界の範囲は中心点より半径100m程。


「今日は疲れた……

 ジジイの三半規管の限界だ。

 魔力も体力も、精神的にも大分。

 久しぶりの死闘。

 もっと楽しみたかった……」


 天を仰ぐ。

 青い塊が落下し始めた。



 ――俺は魔力を高める。



 魔力を充填する。

 魔力を集中する。

 魔力を浸透する。

 魔力を活性させる。



 そして。



 青い炎が、俺の顔を焼き始めた所で。


 呟いた。


空門ゲート……!」


 全身全霊。

 俺の知識と技術と思いの全てを込めて。


 直系200m超。

 黒い門が、頭上を覆う。


 転送先は、その門の直線状の空。

 空から炎が落ち、ゲートをくぐり、また空へ。

 空から降って、空へ落ちる。


 後は、自然に鎮火するのを待てば良い。


 この方法しか思いつかなかった。

 これだけが、可能性のある一手だった。


 だが、一つ。


「読み違えたな……」


 ゲートを支える様に両手を翳す。

 今の俺に、他の魔法を使う余力はない。

 そんな俺の前に、奴等は現れた。


「Ggggiiiiiiiiiiiii……」


「GRrrrrrrrrrrrrr……」


「KISsssiiiiii……」


 大本が死んでも、子が滅ぶ訳では無いか。


「……当然の話だな」


 完全鎮火までの時間。

 甘く見積もっても後10分以上だ。

 その間、魔法無しで集中も切らさず。

 こいつ等を迎撃する。


 不可能だ。

 魔法が無ければ、俺などただの老人なのだから。


 天空島攻略。

 完全というには程遠い。


 俺の人生もここまでか……

 そう、考えると同時に、声が聞こえた気がした。



 ――できるだけ長持ちしなさい。



 メイベルが俺に行ったその言葉。


「あぁ……うるせぇババア……」


 小さくそう呟き、俺は奴らを睨んだ。


「掛かって来い。

 蹴散らしてやる」


 だが、俺の言葉など理解していない筈にも関わらず、竜人共は膝を折った。


 俺に向けてではなく。

 道を開け、まるで王を迎える騎士の様に。


 その中央を、見っ知った女が闊歩する。


「お疲れっス、大賢者様」


「どうしてお前に、この者達が跪く……?」


「そりゃ、私がコレを持ってるからっスね」


 そう言って、トアリは見せびらかす。

 手の中にある青い宝玉の杖。


「なんだそれは?」


「これは、青龍討伐者に与えられる宝物の一つ。

 天空島東地区の制御デバイスっス」


「制御……でばいす……?」


「はい。これの効果は幾つかありますけど。

 全部この島を管理する為の機能っス。

 この竜牙兵の支配権とか。

 天空島東の環境操作権限とか。

 まぁ、色々っスね」


「どういうことだ……」


「まさか、あんな泣き落としで青龍がどうにかなるとは思ってなかったっスよ」


 そう、トアリが言った瞬間。

 彼女の赤い髪が白く変色していく。

 顔の形も微妙に変わり、身体も少し小さくなった。


 何よりも、その背に純白の翼が宿った。

 俺が求めた力。

 空間属性と同等の希少属性。


 トアリの持つ無属性魔法。

 その中級レベル2魔法に当たる無形スライム


「自己紹介がまだでしたね。

 私は天使族。

 天空島に住む、住んでいた種族っス」


 悲しそうな表情で、トアリは言った。


「両親が青龍に殺されたと言うのが、嘘と言う訳では無さそうだな」


「冒険者ってのは嘘っスけどね。

 私たちはこの天空島に生まれました。

 あの龍は東の王です。

 でも、私たちはそれが許せなかった。

 王の座を奪還する為、このデバイスを手に入れる為、王へ挑んだ」


 思い出しているのだろう。

 悲痛なその表情が物語っていた。


「負けたのだな……」


「はい……」


 そしてトアリは語る。

 己の目的と人生を。


「青龍は村を焼き。

 私は天涯孤独の身になった。

 地上に降りて驚いたのは、翼が無い人が沢山居た事っス。

 でも、この無属性魔法で私は人として生きられた。

 冒険者ギルドで働き始めたのは、いつかこの龍を倒せる冒険者が生まれる事を願っていたからです」


 そして、トアリの目的は俺によって果たされた。


「復讐は果たせた訳だ」


「感謝してるっス。

 でもこれで、貴方の仕事は終わりっスね……」


 杖が俺を向く。

 合わせて、竜牙兵共が立ち上がり。


 槍を構えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る