第4話 神さまふざけんな!!

 翌朝、またしてもあのトカゲが現れた。


 とりあえず朝ごはんを食べようと台所に向かったら、流しにすっぽりと収まっていたのだ。ペロペロ、と舌を出してこっちを見ている。



『ここにはその……神さまが住んでるんだ』



(……まさか、ねぇ)


 こんなへんてこなのが神さまとはとても思えない。ご利益どころか、流しが塞がってクソ邪魔だし。


 とりあえず、朝食を優先することにした。

 そうして冷蔵庫を開けたわたしの目に、あり得ない光景が飛び込んできた。



「なんじゃこりゃあああっ!?」



 冷蔵庫に入れておいた椎茸が、何故か消えている。それもけしからんことに、残っているのは敗れた袋だけという有り様だ。


 反射的に振り返るが、トカゲの姿は既になかった。



「うぜえええええええええぇ!!」



 しかも、その日の晩は最悪だった。


 ガシャーンという音で、夢の世界から叩き起こされた。夢の中とはいえ、せっかくタカ兄と良い雰囲気だったのに邪魔しやがって。


 諸悪の根源を始末しようと耳を傾ける。


 音は一度だけではなかった。

 台所の方から、何かが割れたような音が連続して――。



「――――まさか!」



 思わず声を上げたその時だった。

 台所の影から「キキィーッ」と猿のような鳴き声と共にマジで猿が数匹出てきて、一瞬で姿を消した。


(……嫌な予感しかしない)


 恐る恐る台所を覗いてみると、嫌な予感は泣けるほど見事に的中した。


 新生活に備えて揃えた皿やコップが全て割られていた。全てだ。

 床には、ガラスの破片が無残に散らばっている。



「嘘だろおいいいいいいいい!!」



 音でなんとなく分かっても、嘘だと叫ばずにはいられなかった。


 その数時間後の朝、最悪な目覚め方をした。夜中に叩き起された挙句皿やコップの破片を始末して寝不足だってのに。



「あいだだだだだだだ!!」



 いきなり頬に激痛が走った。 

 思わず跳び起きると、素っ裸の小人の女の子がわたしの首に立っていた。ぐえ。


 女の子は悪事がバレた子供のような顔をすると、ぴょんと身軽に飛び降り、ちょこちょこと走って部屋の壁をすり抜けていった。


(破廉恥過ぎるだろ。しかも発育良かったし)


「…………いってぇ」


 わたしは涙目でつねられた頬をさすった。

 生理的な涙だったが、もう本当に泣きたい気分だった。






  ***






 こんな怪奇現象が一週間も続いたので、さすがにタカ兄に相談することにした。


「実はこのアパート、駅からも近いし家賃も安いのに、必ず空き部屋があるんだ。なんでか分かるか?」

「なんでって言われても………」

「ここには神さまが住んでいて、おかしなことが起きるって言ったろ? つまり、そういうことだ」

「確かに、口で説明できることじゃないね。ていうか、あの変なトカゲもクソうぜぇ猿共も破廉恥な小人少女も……みんな神さまなわけ?」

「らしいな。ここの住人はみんなそう呼んでる」



 わたしの中の神さま像が音を立てて崩れていく。世界って、ホントに広いね。



 とはいえ、さすがにすんなりと納得できるはずもなく、悪あがきと分かっていながらも食い下がる他なかった。


「で、でも、いくらなんでも神さまはなくない? 神さまってもっとこう……あがめられる感じじゃん。あれはどっちかっていうと、妖怪とかの類だと思うけど」

「アパートが出来る前は八百万の神々を祭る神社だったから、今でも自分たちの寝床だと思ってるって説が最有力だよ」

「とばっちりもいいところだよ!! 大家さんその事実知ってんの!?」

「いや、知らないよ。あの人はお化け屋敷にしか興味ないから」

「なんてこったい……」


(あぁ、せめて大家さんにも見えていれば……ん?)


「ちょっと待って。わたし、この一週間、夜中とか朝でも馬鹿みたいに叫びまくってたんだよ? それなのに、苦情一つ来てないんだけど」

「…………」

「タカ兄?」

「それが、部屋の外には一切聞こえないんだよ。まるで、神さまがいる時だけ、部屋の存在が切り取られているかのように」



(――――え?)



「聞こえないって……嘘でしょう?」

「事実なんだよ、これが。その部屋の住人以外には見えないし聞こえないんだ。誰かを部屋に招き入れても同様にな」

「…………」



 今のところ、流しを塞がれるとか、冷蔵庫の中身を食べられるとか、皿を割られるとか、頬をつねられる程度で済んでいる。


 でも、もしそれ以上のことがあったら……?



「……つまり、住人たちはその訳分からん存在を『神さま』として持ち上げることで、最悪の事態を回避してるってこと?」

「いや、そこまで恐ろしい存在じゃないよ」

「ん?」

「悪戯っていっても全部がそうなわけじゃなくて、中には友好的な奴もいるんだ。一緒にテレビ見たり雑談したりすることもあるよ」

「フレンドリーな神さまだなおい!!」


(ビビったわたしが馬鹿だったわ!!)


「でもまぁ、特別なものを感じてるってのは事実だよ。『神さま』って呼ばれてるのも、住人の一人が『神がかってる』って言い出したからだし」

「そんなんで神さま扱いされてんのあいつら!?」


 話を聞けば聞くほど、神さまが崇められるものだという概念がガラガラと崩れ去っていく。元から信仰とかないけどさ……。


「ちなみに、被害の具体例とかある?」

「うーん……最も多いのは、やっぱ冷蔵庫の中身を食べられるとか、食事をかっ攫われるってパターンだな」

「神さまのくせに食い意地張り過ぎだろ!!」

「あはは、確かに」


(そもそも、食べる必要あるのか?)


 いろいろツッコミどころはあるものの、全部にツッコんでいたら話が終わらなさそうなので、あえてスルーすることにした。


「そのせいで、半端な精神力の持ち主だと、ちょっとしたノイローゼになるんだ。そんで『もうこんなアパートは御免だ!』って出て行くわけ」

「マジかよおい!?」

「食は生活に直結してるからな。無理もないよ。被害のほとんどが食い物関連だからか、このアパートの通称として『神さまの台所』なんてのもあるしな」

「通称だけ聞くと高尚な気がするな!! ていうか、そんな物騒な所を可愛い従妹に紹介するとかあり得ないでしょ!!」

「従妹だからこそだよ。身内だから、こんな厄介な場所を紹介できたんだ。実際、ここより良い物件が見つからなかったわけだし」

「う……」


 そもそも、このアパートを紹介してくれるように仕組んだのが、他でもないわたし自身だ。何も言い返せない。


 第一、タカ兄がここに住んでいる以上、天変地異が起きようとも出ていくつもりはないのだから、タカ兄を責めるのはお門違いもいいところだろう。


「それに、ユキの精神力は鋼以上だと見込んでたんだ。実際、平然としてるし」

「いや、かなり参ってんですけど!?」

「一週間でその様子ならまだまだ大丈夫。本当にノイローゼになってたら分かるよ。目がイってるからな」



(あぁ……優しくてカッコいいタカ兄が、笑顔でおかしなことを口走ってる)



 大好きな従兄の新たな一面を垣間見てしまい、少し泣きたい気分になった。こんな所で平然と暮らしているのだから、おかしくなるのも当然かもしれない。



(あ、でも、タカ兄が優しくてカッコイイのは変わってないや)



 さすがタカ兄だ。それに気付いて、また一つタカ兄が好きになった。


「でも、話を聞いてるとまだ被害は少ない方だよ。酷いところだと、二十四時間体制で悪戯されるらしいからな」

「コンビニかよ……」


(どんだけ暇なんだよ神さま。つーかその人、気の毒過ぎる)


「ちなみに、俺も被害は少ない方だ」

「え、そうなの?」

「ここに入居して間もない頃、『君は身にまとっている羽衣が人より輝いていて、幽霊や怪異の類に敬意を払われるんだよ。とはいえ、そのほがらかさでおそれられるまでには至っていない。まさに、とうとく朗らかという名にふさわしい体質だね』って、住人の一人に言われたんだ。多分、ユキも俺と同じ部類に入るんだろうな」

「頭のイカレた中二病じゃねぇか。タカ兄、よく話聞いたね」

「まぁ、ここに住んでる時点で、その手の存在を否定できないわけだし」

「確かに……」


 よく分からないけど、内容から察するにオーラみたいなものだろう、多分。


「でもまぁ……ユキがどうしても嫌だったら、無理をすることはないよ」

「というと?」

「最初の条件からは外れるけど、他にも良さそうな物件はあ――」

「絶っ対!! 出ていかない!!」

「えっ?」


 思わず大声を上げてしまった。


 内心しまったって焦ってるし、タカ兄も目を丸めているけど、構わない。引っ込めるわけにはいかないのだ。



 だって、この想いだけは、絶対に譲れないから。



「神さまだか何だか知らないけど、どんなに追い立てられたって出ていってやるつもりないから!!」

「そ、そうか? ユキが大丈夫ならいいけど……」


 この一週間、度重なる悪戯に辟易していたわたしだが、出ていくなんてことは欠片も考えなかったし、考えるつもりもない。


(神さまだから、どうした?)


 これは、わたしの恋の第一歩なんだ。

 いつも遠くに行ってしまうタカ兄の傍に、ようやくいられるようになったんだ。




 その邪魔をするのなら、神さまだろうが妖怪だろうが片っ端からぶっ潰す!!



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