第2話 平山浩大

 俺の元妻は男の1歩後ろを歩くような女だった。

「浩大くんに任せるよ」

 それが口癖だった。

「あ、ごめんね」

 これも口癖。

「本当にお前って俺がいないと何も出来ないよな」

 これが俺の口癖。

 咲良と出会ったのは高校生の時。当然陽キャと陰キャに分けられるような俺ら。そんな2人が知り合い結婚に至った経緯は呆気ないものだ。

 俺に主張して来ない。それだけだった。

 俺が部活終わりに教室に戻ると、あいつは教室で文化祭の準備を1人でしていた。

「あ、平山くん……」

『誰だっけ』

 その時初めてこいつの存在を認知した。

「あ、ごめんね。広げすぎちゃってた。今片付けるから」

 その一言でなんとなく『あー、こういうやつと結婚したら楽かも』なんて思った。それが本当にそうなのか確かめたくて、俺は22歳の時に咲良と結婚した。想像通りだった。あいつは俺に一切、自分の意思を主張しようとはしなかった。楽だった。だけど、それ以上に退屈だった。高校生の時から絶えず彼女のいた俺からすると面白みがない女とずっと一緒にいることは地獄だった。

 そして24歳の時に子供が産まれた。最初はイクメンという言葉に憧れ育児休暇を取ったりしたが、家の事は全て咲良がしていたので半年も必要なかった。それでも「育休を取った」と言うだけでチヤホヤしてくる会社の女の事を思い出すと、会社には戻れなかったので仕方なく家で過ごした。それもこれも『子供の面倒をちゃんと見てくれる旦那』というステータスのために。

 そもそも俺には既に『社長の息子』という強い肩書きがあるので、必要ないのだが女を釣るには色んなステータスが必要なのだ。特に今は『妻子持ち』なので良いステータスを持っておかないとなかなか釣れないのだ。

 半年の育休が終了し、会社に戻ると中途採用で入った21歳の瀬戸冬華という女性がいた。清楚なのに魅惑的な雰囲気。俺の感覚が『こいつだ』と訴えた。

 それからはあっという間で、専門大卒で社会経験の少ない女性を落とすのは簡単だった。

「平山先輩、私、先輩に奥さんと子供がいても先輩のこと諦めきれません」

『あー、なんと罪な男なのだろう』

 彼女との関係は妻にバレるまで続いた。約4年間もだ。もちろん、俺は迷うことなく冬華を選んだ。慰謝料でも養育費でもなんだって払う。あいつとの関係が終われるのなら。

 だがしかし、このまま終わるのも少し物足りないような気がした。そこで俺はあいつが働く花屋に毎週通うことにしたのだ。幸せを見せつけるために。

 冬華は別に花好きではない。むしろ花粉症なので花は嫌いだ。それでも俺は花束を買い、家に持って帰って捨てる。幸せ自慢のために。ただ1度だけ、咲良からハーバリウムというものを勧められた。見た目も綺麗だったし、これなら冬華も喜ぶだろうと持って帰ると案の定。リビングの1番目につく所に置かれた。

 そんな俺たちは再婚して約半年が経った。飽きた。冬華は一切家事が出来ないのだ。何度言っても練習しないし成長しようという意思を感じない。潮時だろうか。

「ねえ、今度家に弟連れてきてもいい?」

「え、なんで」

「引っ越したって言ったらさ、見てみたいって言うから」

「いやいや、今更お互いの家族と会うの面倒じゃね?」

「いや、別にそんな事ないけど。そもそも浩大、いまだにうちの家族と会わないじゃん。なんで」

「いや俺再婚だし。色々聞かれんの面倒だから」

「けど私はあんたの父親の顔知ってるから。"社長の息子"さん」

「どういう意味だよ」

「別にー?」

 誰が買った家だと思ってるんだ。全く。こういう所が咲良との大きな違いでありストレスだった。

「来週の水曜日に連れてくるから」

「あーそう」

 だる。

 その次の週の火曜日も俺は花屋へ寄った。しかしその日俺を対応したのは咲良ではなかった。

「すみません。今井さん丁度今外出られてて、僕でよければ対応可能ですよ」

 しつこくそういうので仕方がないが適当に花を見繕って束ねさせた。色味も全く綺麗ではないが飾るものでもないので別にいいか。

「それでは、また」

「あの、毎週いらっしゃってますよね」

「はい?」

「今井さんの"元"夫なんですよね」

 何だこの男は。

「客に向かってそんなプライベートな事を聞いてもいいと教わっているのか」

「あ、いえ、そういう訳ではないんですけど」

「じゃあ俺に答える権利はない」

「今井さんに構うのやめてもらっていいですか」

 あーこいつそういう。

「毎週のように花を買ってどこに飾るんですか」

「あいつはお前みたいな男に興味はないと思うぞ」

「そういう話してませんよね」

「飾るわけがないだろう。妻は花粉症なんだよ」

「じゃあ今までの花は」

「そろそろいいだろ。俺は客だぞ」

「どうされましたか?」

 本当に都合のいい女だ。

「今井さん……」

「ここの店員は客にプライベートな事を聞いてもいいと教えているのか?」

「いえ、そんなことは決して」

「じゃあそこの店員に教えておくように」

「申し訳ありませんでした」

 そうそう。俺以下の人間は素直に頭を下げればいい。自分のレベルを弁えろ。


「それじゃあ行ってくるから」

「わかった。今日は弟来るから覚えといてね」

 あーそうだった。まぁ俺を慕う人間を増やすつもりで会っておくか。

「わかったよ」

 なんて言った10時間前の俺。

「え、姉ちゃんの旦那さんってこの人なの」

 なんで花屋の店員がここにいるんだよ。

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