💕

1

 「くじら、」


 なんて?


 「くじらみたい、くじらさんのサーフィン」


 せっかく伊豆の海が目の前に広がるとゆうのに、ユリちゃんはさっきからGoProの動画ばかりを見ている。

 きのうの、オレのライティングだ。そんなに繰り返し鑑賞されるとちょっとさすがにいたたまれなくなる。


 「すっごく優雅で優しい」


 うっとり、そんなことをいいながら。

 きのうひとを釣竿でついたのとは別人みたいだ(きのう襲ってきた…ユリちゃんに襲われたジャンキーはプロポーズの演出だったとゆうことにして、花火のあと海へ流してやった)。


 スマートなパドルが勝手な美学だから、いつも波を選んで数回のパドルで波にのる。

 波に遊ばせてもらっている。だから波には逆らわない。波に運ばれるままのターンとアップスダウンスを繰り返す。

 それだけだ。


 それらがそのまま大きな動きになるんだろう。


 優しいわけじゃないし、ゆったりしているわけでも、


 「優しいなぁ、て」


 そんなふうにかいかぶられると、どうしていいのかわからない。困ってしまう。


 「て、思ったんです、はじめて見たとき、」


 え? なんて?


 「一目惚れでした」


 え、なんて?


 「台風の日に、逗子海岸で、」


 え、待って? きのう以前にオレのライティングを見たことがあるの?


 「去年の夏かなぁ、」


 え、それまだユリちゃん中学生だよね?


 「で、あ! 逗子高校の定時制だ! て、」


 執念のストーカー!


 「えへ!」


 あぁ、

 きっともう、

 そうか、ずっとまえに決まっていた。


 朧月、おまえのゆうとおりだ。オレはユリちゃんに敵わない。


 「敵わないものなんて、なかった」

 「え?」

 「いや」


 だけどそれがひどく嬉しい。


 さくばん、人ふたり呑み込んだなんて思えない、目のまえ、白浜の海は静かに波が割れている。


 陽を透かしてラムネ瓶色に輝く。

 光の輪が揺蕩う。

 台風うねりの波が形よく迫る。


 台風の季節、白浜は時折り犬の散歩でおばさんが通るくらいだ。


 帰りますか?


 神奈川の喧騒へ。


 「はい。あ、そうだ、くじらさん、大変なんです!」

 ユリちゃんが愉快そうに目を丸くする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る