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汚い叫び声に足がとまる。
見ると、
「あっちへいけ! あっちへいけ!」
ユリちゃんっ
なんと、ユリちゃんが釣竿を手に、刺客の目を突いていたのだった。
目を抑えた手から血を流してうずくまる男を、ユリちゃんは泣きじゃくりながら釣竿で力任せに突いている。もう目だけじゃない。背中から、腕から、足から、血が滲んでいる。
「お嬢ちゃん! もうよしときなさいよ!」
どうやらそれはとなりに座っていたご夫婦のものらしい。しわくちゃの顔をした坊主頭の旦那が焦りながらも手をだせないでいる。
「ぼくは、ママを許さない!」
「わたしは、おじさんを許しませんっ!」
「そうだ、いけ、いけ!」
朧月が無責任に囃したてる。
「ぼくたちは、」
「くじらさんはっ、」
ユリちゃんがいよいよ男の急所を突こうと釣竿を振り上げる。
「生きたかったのにっ」
「わたしが守るんだからっ」
あぁ、
「ぎゃぁぁあっ」
「ぁぁぁぁぁあっ」
ドン
腹に響く振動に空を見上げる。
あぁ、ユリちゃん、
夜の空に金色の大輪が咲く。
遅れて、パラパラと切ない音が届く。
その音に、
明るく照らされる夜空に、
包丁を握り、手を血に染めたチビが顔を上げるのが、記憶の奥に見えるようだ。
ひまわりみたいに笑いユリの香りがするお姉さんが手をのべる。
まだお姉さんの腰ほどもないチビは、ただその手を見つめるだけだ。その手をとる勇気はまだ、たぶんない。
「おねえちゃんはおんなのこなんだ、おれがしあわせにしてあげないと、だから」
「生意気なんだ、ぼく」
「なまいきじゃない」
「ぼくはわたしに、敵わないよ?」
たまらずかけよりユリちゃんを抱きしめる。釣竿ごと抱き込む。
「くじらさん! はなしてください! こいつ! 許さない! あっちにいけ! あっちにいけ!」
じゅうぶん、もう、じゅうぶんです。
なんだか知らないものが迫り上がるのを、ユリちゃんのあたまに顔を埋めてやり過ごす。
旅館のシャンプーの香りに、気持ちが温度を取り戻す。
ユリちゃん、
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