2


 汚い叫び声に足がとまる。

 見ると、


 「あっちへいけ! あっちへいけ!」


 ユリちゃんっ


 なんと、ユリちゃんが釣竿を手に、刺客の目を突いていたのだった。


 目を抑えた手から血を流してうずくまる男を、ユリちゃんは泣きじゃくりながら釣竿で力任せに突いている。もう目だけじゃない。背中から、腕から、足から、血が滲んでいる。


 「お嬢ちゃん! もうよしときなさいよ!」

 どうやらそれはとなりに座っていたご夫婦のものらしい。しわくちゃの顔をした坊主頭の旦那が焦りながらも手をだせないでいる。


 「ぼくは、ママを許さない!」

 「わたしは、おじさんを許しませんっ!」


 「そうだ、いけ、いけ!」


 朧月が無責任に囃したてる。


 「ぼくたちは、」

 「くじらさんはっ、」


 ユリちゃんがいよいよ男の急所を突こうと釣竿を振り上げる。


 「生きたかったのにっ」

 「わたしが守るんだからっ」





 あぁ、





 「ぎゃぁぁあっ」

 「ぁぁぁぁぁあっ」




 ドン




 腹に響く振動に空を見上げる。




 あぁ、ユリちゃん、




 夜の空に金色の大輪が咲く。

 遅れて、パラパラと切ない音が届く。


 その音に、

 明るく照らされる夜空に、

 包丁を握り、手を血に染めたチビが顔を上げるのが、記憶の奥に見えるようだ。




 ひまわりみたいに笑いユリの香りがするお姉さんが手をのべる。

 まだお姉さんの腰ほどもないチビは、ただその手を見つめるだけだ。その手をとる勇気はまだ、たぶんない。

 「おねえちゃんはおんなのこなんだ、おれがしあわせにしてあげないと、だから」

 「生意気なんだ、ぼく」

 「なまいきじゃない」

 「ぼくはわたしに、敵わないよ?」




 たまらずかけよりユリちゃんを抱きしめる。釣竿ごと抱き込む。


 「くじらさん! はなしてください! こいつ! 許さない! あっちにいけ! あっちにいけ!」


 じゅうぶん、もう、じゅうぶんです。


 なんだか知らないものが迫り上がるのを、ユリちゃんのあたまに顔を埋めてやり過ごす。

 旅館のシャンプーの香りに、気持ちが温度を取り戻す。


 ユリちゃん、

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る