9

 *


 スマートフォンが短く鳴って、目を開く。


 ふてくされたまま眠ってしまったユリちゃんを起こさないように布団から這いでる。

 部屋のドアを小さく開けると、隙間から小さな手だけが差しだされる。


 小さな、少年の手だ。


 その手に小型盗聴器を落とす。


 「あしたの波はいい、うまくいく」

 「ありがとうございます、よろしくお願いします」


 まだ声変わりもしていないのに返事は一丁前だ、小声ながら歯切れ良く礼を口にする。彼は一礼すると大切そうに盗聴器を握りしめて、暗い廊下へ消えていった。




 そっとドアをしめ布団に潜り込む。

 ユリちゃんはふくれっ面をしたまま眠っている。


 オレがこれまでしてきたことを知っても、ユリちゃんはこんな顔をしてくれるんだろうか。

 こうやってそばで安心して眠ってくれるだろうか。オレがユリちゃんを大切にしていると信じてくれるだろうか。


 そんなこと知ってますよ!


 そういって、笑ってくれるんだろうか。

 マシュマロみたいな頬にそっと触れる。


 ユリちゃんがほしい。


 けれど、


 手をはなす。


 オレには分不相応だ。家族さえ愛せなかった、こんなオレには、


 *


 「くじらさん! くじらさん! 起きてください!!」


 地震か! ってくらい身体をゆすられて飛び起きる。視界にとびこむ凶悪な残暑の朝の陽と、


 「くじらさん! きょう見せてくれるんですよね! サーフィン!」


 きのうの不機嫌が嘘みたいなユリちゃんの笑顔があった。

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