魔法少女の軌跡

雪屋敷はじめ

序章 流れ星

 辺りを吹き渡る春の夜風が少女の体を優しく包み込む。

 こんなにも心休まる夜は久々だった。


 食料を求め少女は普段暮らしている森を抜けて遠く離れた草原へとやってきていた。


 暗い夜道は今にも悪魔や魔獣が飛び出してきそうでとても心細かったが、その先に広がる光景を目にした時にはその恐怖もすっかり吹き飛んでいた。


「わあ、苺がいっぱい!」


 少女の心が躍る。

 気温も温かくなり旬を迎えた野苺があたり一面に生い茂っていた。


 苺は少女の大好きな食べ物の1つだ。

 小さくて柔らかいその実は空腹を満たすには物足りないが、口に入れた途端に広がる甘酸っぱい春の味は心を幸せな気持ちで満たしてくれる。

 

 到着した少女はさっそく苺の収穫に取り掛かる。


 色よく熟れた果実を1つずつもぎ取ると、家から持ってきた麦編みのバスケットの中へ放り込んでいく。

 せっかく遠くへ出かけるのだからと一番大きなものを持ってきたのは正解だった。


 バスケットは所々黒焦げており、片方の持ち手が取れかけている。

 もしかしたらあまり入れ過ぎると帰り道の途中で取れてしまうかもしれない。

 その時は雑草の葉や茎を使って取れたところを補修しようと少女は考えた。


 こんな恵まれた機会はそう無いかもしれない。

 できるだけ多く持ち帰りたかった。


 バスケット一杯に持って帰ったら一週間ぐらいは持つかな……?


 近頃は冬が去り段々と暖かくなってきたとは言え、日の当たらない所なんかはまだひんやりとした冷気が残っており食物を日持ちさせるにはちょうど良かった。


 作業に勤しむ途中でその瑞々しい果実を一粒だけ口に含んでみる。

 心地のいい甘味がこれまでの長旅で疲れた体に染み渡る。


 少女は一息つき夜空を見上げる。

 見慣れた月と星々がいつもと同じ場所でキラキラと輝いている。


 こんなにも遠くへ来たはずなのに普段と何ら変わらぬ夜景色に少女は不思議な気持ちになった。

 まるでお星さまが自分の後を追いかけてきたかのようだ。


 その時、澄んだ夜空に一筋の光が走る。


「あ、流れ星!」


 流れ星――それは以前に父と母から教わった星の名前。


 少女は何とも言えない懐かしい気分になる。

 親子3人で過ごしたあの夜の記憶が色鮮やかに蘇ってきた。


 ◆


「ねえ! あのキラキラ動いているのはなぁに? あれ、もうどっか行っちゃった……」


 その夜、初めて見る流れ星に少女は夢中になっていた。

 明るく光る星が夜空の彼方からやってきたかと思えばあっという間に駆け抜けていく。


 なんとも不思議な光景だった。


「あれはね、流れ星って言うのよ」


 少女の母が答える。


「流れ星? あれも星なの?」


 聞き慣れない言葉だった。

 少女の知っている星はいつも同じ場所で佇んでいるのだ。

 動く星なんてものがあるんだと、感心した気分になる。


「そうよ。流れる星だから流れ星。お星さんだって全部がじっとそこにいるわけじゃないの。元気いっぱいに空を走っていく物もあるのよ」


 母が言うのならそうなんだろうと少女は納得する。

 自分の知らない事を母は何でも知っているのだ。


 新たに現れては消えて行く星々を少女は楽しそうに眺めた。

 

 するとその時、隣にいた父が口を開く。


「流れ星の正体は砂粒みたいな小さなチリなんだよ。それが地球の大気とぶつかる時に高温になってあんなにも明るい光を放つんだ」


「そんな話、子供にはまだ難しんじゃない」


 諭すように母がそう言う。


「なぁに大丈夫さ。この子は俺たちが思っているよりも利口だよ」


 優しく父が微笑みかける。

 どうやら褒められているようで少女は嬉しくなる。

 

 しばらくみんなで流れ星を眺めていると不意に母が言う。


「流れ星が消えるまでにね、お願い事を3回できたら願いが叶うって言われているのよ」


「そうだな。せっかくだからみんなで何かお願い事でもしようか」


 その後、親子3人は静かに目を閉じ、そっと祈るように願いを口にした。


  ◆


 そうだ。

 あの日、魔法が使えるようになりたいってお願いをしたんだ。


 それはまだ親子3人で幸せに暮らしていた頃の大切な思い出。


 結局あの日の願い事が叶うことは無かった――。


 遥か彼方を流れる星を見つめていた少女は、もう一度お願い事をしてみようかなと思った。


 でも次は叶いそうな小さなお願い事にしよう。

 そうしたら叶わなかったとしても悲しみは小さい。


 あの日と同じように目を閉じ、「明日も何かいい事がありますように……」と呟く。


 明日も食べるものがあって、いろいろな危険から身を守る事ができて、その中にちょっと嬉しい事があればそれで十分。

 それ以上の事を望んだりはしない。


 だから今度こそは叶いますように――。


 そうやって3回唱え終えたところで少女は目を開ける。


 良かった、まだ消えてない。


 少女はほっとする。


 だがその時、奇妙な事に気付く。

 それまでスーと夜空を移動していた星の動きが段々と遅くなり最終的にはピタッと止まったのだ。


(あれ? 止まっちゃった……)


 どうしたのだろうと不思議に思い、その様子をじっと見守る。


 それからしばらくすると今度は逆の方向に向かって動き始めた。


 こんなおかしな事があるのだろうか……。

 星の大きさも前見たものより心なしか大きいような気がする。


 もしかしたら流れ星にもいろいろな種類があるのかもしれない。

 お父さんやお母さんがいれば教えてくれるのに……。


 今は亡き父と母の姿を少女は寂しい気持ちで思い浮かべた。

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