第29話 それぞれのクリスマス
「遅かったな」
俺はそう言って諒を迎え入れた。
諒はおぅとだけ小さく返事して、靴を脱ぎ始める。少し屈み気味で靴を脱ぐ諒の髪の毛がふわふわと目の前で揺れ動き、俺は自然とその髪へと手を伸ばす。
小さくぴくりと動いた諒の体が固まるが、俺は気にせず頭を撫で続けた。
すると、諒の手が伸びて来て俺の手を止める。
「瑞稀・・・」
そう呟く諒は心底嬉しそうに微笑み、顔を近づけてくるが俺はそれをもう片手で止める。
「それはダメだ」
「何でだよ!煽ったのは瑞稀だろっ!?」
「あ、煽ったつもりはない!ただ、諒の頭が目線下にあるのが懐かしくて、つい触っただけだ」
「・・・・ずるい」
「何がだ?いいから、ほら早く入れよ。玄関は寒いだろ?」
俺はそう言いながら諒の手を引き、リビングへと向かう。
ドアを開けた先には俺の家族と、すでに来ていた可奈が楽しそうに談笑している。
その風景に純はいない。彼の元へと行ったからだ。
その事に諒も気付き、そっかと小さく漏らした。
夕食が終わり、ケーキを切っていると母さんが純の名前を漏らし、ため息を吐いた。
「純くんもこれれば良かったのにね・・・受験生だから仕方ないか」
そのため息にも似た言葉に、すかさず可奈が違うよと返す。
「お兄ちゃん、昔の恋人に会いに行っているの」
『えっ!?』
その場にいた全員が驚きの声を上げる。
「昔ね、ベタ惚れしてた子がいたのね。でも、詳しくは知らないんだけど、いつの間にか別れちゃってて疎遠になってたの」
切り終わったケーキが乗った皿を嬉しそうに掴みながら、可奈は話を続けた。
「その時のお兄ちゃんの荒れっぷりったら見てらんなかったのよ。それから、何を思ったのか、手当たり次第、誰とも付き合うようになっちゃって・・・でも最近、その子と連絡取れたらしくて、何かその子入院してるらしいの。それ聞いたお兄ちゃんは甲斐甲斐しく見舞いに通ってるのよ。全く、受験も控えているのに、お兄ちゃんの惚れっぷりには昔から呆れるわ」
呆れたようにケーキを頬張る可奈に、みんながそうなのと気まずそうに相槌を打つ。
「でもね、妹としては叶うのなら復縁して欲しいのよ。だって、2人が付き合ってた時のお兄ちゃんの顔って、本当に楽しそうで幸せそうだったから・・」
最後の方は切なそうな声で呟いていた可奈を見て、もしかしたら可奈は全ての事情を知っているのかもしれないと思った。
入院している理由は知らなくても、相手が誰で、何故別れたのか、その事情は知っているのかもしれない。
昔は純に甘えてばかりで、わがまま言っては困らせていたのに、ちゃんと兄を見ていて心配している・・・そんな可奈の姿に少し感動してしまった。
それから話題は逸れて、別の会話に花を咲かせていたが、俺はふっとある考えが頭をもたげていた。
隣を見ると楽しそうに話に混ざる諒がいて、それを取り囲む俺の両親、妹、可奈・・・その温かい雰囲気が、その考えを後押しするように何故か沸々と勇気が湧いていくる。
ぼんやりしている俺に気付いた諒が、微笑みながらどうした?と尋ねてくる。
俺はしばらくその笑顔を、何も言わず見つめる。
しばらくそうしていると、諒が不意に俺の頭を撫でる。
その温もりが嬉しくて、俺も微笑み返す。
そして、顔を前に向けた。
「母さん、父さん、美奈と可奈、みんなに聞いてほしい事がある」
俺の急な深刻な声に、皆の視線が集まる。
隣にいる諒でさえ、ポカンと俺を見ている。
「実は・・俺と諒は付き合っているんだ」
その言葉に辺りの温度が一瞬にして冷えた様に感じ、時間が止まったかの様にも感じた。
俺はそれでも真っ直ぐに、視線を一番受け止めて欲しい両親へと向ける。
2人の目は驚きの表情だった。
「急にこんな話してごめん。でも、俺は昔から諒が好きで、これからも一緒にいたいと思ってる。だから、俺達の事を、これから恋人として付き合っていく俺達を許して下さい」
そう言い終えると俺は深々と頭を下げた。
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