第5話 それぞれの想い

まったく昨日の諒は何だったんだ!?

いきなり告白してきたかと思えば、キ、キスまでねだりやがって・・・。

朝の身支度をしながら、不意に昨日の事が思い出され、自分が唇に手を当てていることに気付き慌てて手を拭う。

朝から何、センチになっているんだっ!?

恥ずかしさの余り、せっかく整えた髪の毛をわしゃわしゃと掻きむしる。

と、とにかく、諒が迎えに来るまで気持ちを落ち着かせなきゃ・・・そう自分に言い聞かせ、階段を降りキッチンへ向かうと何故か諒が食卓でパンを食べていた。

「お、お前っ!何してるんだ!?」

俺の声に平然と振り返り、咥えたばかりの食パンを噛み切る。

「今日、母さん夜勤明けだから、学校に行きながら何か買おうと思ってたんだけど、おばさんが食べてけって言うからお言葉に甘えてみた」

モグモグと口を動かしながら喋る諒に呆れながらも、隣の椅子に腰を下ろす。

向かい側では母と妹が一緒に食パンを齧っていた。

俺も皿の上に乗った食パンを手に取り、ジャムを塗り始める。

「瑞稀、早く食べないと遅刻するぞ」

もう食べ終えたのか、舌を出し自分の唇を舐める諒を見て、また昨日のキスを思い出し顔を赤らめる。

「わかってる!もう、食べながら行くよ。ほら、行くぞ」

塗り終わった食パンを片手に席を立つと、諒はご馳走様でしたと挨拶して後ろからついてくる。

諒の家は母親だけで、看護師をしている母を気遣ってか夜勤明けは朝ごはんとお弁当はいらないと、いつも断っていた。

小さい頃に父親は亡くなっていて、いつも1人だった諒を見兼ねて今でもこうやって家で食事を共にしていた。

いつもだったら見慣れた風景だが、昨日の事があったせいか今日は気まずい。


「なぁ、瑞稀。手を繋いでもいいか?」

家を出るなり、そう声をかけてくる諒にバカか?と慌てて答える。

「人前でできないだろっ!?」

「俺はできる。いや、むしろしたい」

「お前・・・昨日からキャラ変してないか?どこからそんな自信が出て来るんだ?」

若干引き気味の俺に、諒は不満そうな顔で見つめてくる。

「せっかく両想いになったんだ。俺はそれを実感したいんだ。できればイチャイチャしたい」

クールで大人しい見た目の諒から恥ずかしい言葉が、惜しげもなく溢れでる。

「昨日は俺の不甲斐なさで色々と惜しかったが、俺はこれからも沢山触れたいし、キスもしたい。もちろん、その先も・・・」

次々に出てくる言葉攻撃に、俺は顔が真っ赤になるのが自分でもわかる。

「お、お前は朝から何を言っているんだ!?可愛い俺の諒はどこにいった?今のお前はただのエロ魔人だっ!」

「エロ魔人って・・・なぁ、普通は好き合った奴らが付き合ったら、そういう考えに行くのが正常だろ?瑞稀は俺に触れたいとか思わないのか?」

諒の問いかけに一瞬口を籠らせるが、ここはきちんと俺の気持ちを伝えておかなくては・・・。

「そりゃあ、普通のカップルみたいにしたいと思うよ?でもな、俺達は男同士だ。男女間みたいに堂々とは出来ないだろ?それに、俺、付き合いたいとは言ったけど、まだ、そこまでは考えてない。ただ、諒を独占したいと思って・・・。ごめん・・・俺、正直、先の事は考えてなかった。ただ、離れ離れになったらこの気持ちをずっと伝えられないまま、諒は他に目が行って誰かの物になるんじゃ無いかって不安で焦ってたんだ」

そう呟きながら俯いていると、諒が制服の袖を引っ張る。

「俺は昔も今もこの先だって瑞稀の物だ。瑞稀以外の誰かの物になるなんて、考えた事もない。俺は今まで瑞稀を独り占めにしたかった。でも、親友でいる為にはそれはいけない事だと思ってた。

だから、今までワガママも言わず、ただただ諒の側に居られるように色んな努力をしてきたんだ。どんな事でも瑞稀が優先で、瑞稀が俺をただの幼馴染で親友としか思ってなくても、いつまでも弱い弟分だと思っていても、それでも側にいられるなら構わないと思ってた」

「・・・でも、俺はゆっくり進みたいんだよ。ずっと隠してきた気持ちを、やっと伝えてお互いに受け止めたばかりだ。だから、新しい俺たちの形をゆっくり作って行きたいんだよ」

「俺は・・・・」

言葉を詰まらせる諒に、俺はつい声を荒げる。

「それに!ずっと大人しくて可愛いと思ってたお前に、そんな風にグイグイ来られるとどうしていいのかわからないんだよ!本当は俺がリードするつもりだったのに・・・・言っとくがな、先に進むとして、だっ、抱くのは俺だからなっ!」

捨て台詞の様に吐き捨てて、俺は学校へと走り出す。

また、諒を置き去りにして・・・

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