第2話 前半

 森野達が天文部で暴走している時より前。生徒の皆がようやくダルい授業から解放され、部活に向かったり、家に帰ったり、帰らず友人達と空いてる教室で喋ったりと、ある意味では学校で最も賑やかな時間。そんな楽しい時間、森野達が居る木造では無くコンクリートの校舎に二人の一年生が騒がしい廊下を歩いていた。二人とも似たような身長をしていた。体型も似ていて他の一般人に比べると細いと言える。ここまでは同じ特徴だが一人は優しげな雰囲気ではあるがどこか暗そうな男していて、そしてもう一人の方はどことなく顔がきつく神経質そうでメガネをかけているのがそのイメージを強くした。一般的な意地悪姑に近い感じである。優しそうな男がメガネのキツそうな男に向かって話しかけた。

「なぁ成瀬。部活何にするか決めた?」

「決めてない。全く面倒だ。なぜ強制なんだうちの学校は。天月はどうするんだ?」

成瀬と言われた方は冷静だが苛立ちを隠さずに言った。天月と呼ばれた方は、そんな様子を見てやれやれと思いながら

「なら俺と一緒に美術部に見学行かない?」

と誘った。

それを聞いて成瀬は心底不思議そうな顔をした。

「意外だな。絵なんて書いてた事あったか?…アニメ以外興味無いような奴なのに」

成瀬と天月は中学からの仲であり、ある程度は気心の知れた仲だった。

「最近アニメ見ても心動く女キャラがいなくて。それで俺は気づいたんだ!ふふふ。なら自分で描けば良いと!」

無駄に目をキラキラさせてる彼を見て、成瀬はなぜこんな奴と喋ってるのだろうと疑問を抱いてしまった。

 しかし友達がほぼ居ない成瀬に取っては貴重な友人では有った。

「はぁ。良い所を紹介してやる。俺に話しかけるのは治してからだ」

「なぁ。ゴミを見る目は止めてくれ」

「他の友人はどうした。なんか変な事ばっか言う奴とかいただろ」

適当に廊下歩きながら聞くと

「残念ながら諸々の事情で部活はやらないらしい」

「部活は強制じゃないのかよ。で代わりに俺と言うわけか。…でも楽そうだし見学なら付き合うよ」

 少しだけ考えて成瀬は同意した。本当は彼も入りたく無かったが、一応は強制の為、変に教師に目を付けられたら色々煩わしい為どこかには入りたいとは思っていた。取りあえず見学だけでもと、善は急げでは無いが早速二人は、下駄箱から少しだけ離れた美術部がある美術室に向かった。

 そして美術室に入ると女子が二人座っているだけで他に誰もいなかった。先生らしき人影も無かった。あれ?と二人が思っていると女子の一人が話しかけてきた。

「えーと。先輩ですか?」

 まるで風鈴の様に透き通る涼しげな声だった。髪は少しだけ黒みを帯びてるが、基本的には秋を連想される綺麗な色をしており、長さは首元を少し越える程には長いが中心は分けられていてデコを出していた。大人しそうな雰囲気の女の子だった。

 だが、成瀬は折角話しかけてくれた女の子より奥にいる女の子の方に意識が向いた。何故なら全くの赤の他人では無いからだ。最も知り合いどころか顔見知りかも怪しいレベルだが。

「えっと、その」

「いや。違う。俺らは一年で見学に来た」

成瀬がはっきりしない天月に変わってそう答えた。

「そうですか。今日は部活ある日って聞いたのに一年生しかいないんですよ」

「確かにそれは変だな」

成瀬は適当に合わせながら回りをくるっと見回した。

「その一年も二人しかいないのか?」

「えっと。ほ、本当はもう一人い、います」

おどおどしながらこれまで喋っていなかった女子が言った。背が小さく触っただけで壊れそうな硝子細工を思わせた。顔はメガネをかけているがそれよりも目立つのが少し赤くなっている事だった。

「もう一人いるのか」

天月が聞くと

「はい。他の部活も入ってるらしく今日はそこに行くと……。あっ言い忘れてましたけど私は大島梨花と言います。それでこっちが」

「えっと、わ、私は霧島薫です。よ、よろてぃく。えっとあと」

少し噛んだようだ。更に何かを言おうとしたがもう喋らない程に赤くなっていた。どうやら完全に熟したようだ。

「えっと俺は天月悟と言います。よろしく」

 天月の簡単な自己紹介が終わると次は流れで成瀬の番だが動かない為不振に思った天月が成瀬を肘で付くとようやく動いた。

「すまない。私は成瀬周作と言う」

その後どうぞどうぞと大島に促され大島や霧島が座っていた席の前にそれぞれ座った。

「そういえば顧問の先生は誰だ?」

「私も知らないんですよ」

「わ、私も」

「先輩もいるか分からないですし」

まぁ良いですけどねと大島は付け足して

「さて。じゃ一応美術部だしやりますか」

と言って鞄から道具を出して絵を書き始めた。霧島もなにかスマホで見ながら書き始めた。そして天月もごりごりのアニメ絵のポスターを出してそれを写し始めた。

「流石だな」

ドン引きしながら成瀬は言った。よく他人がそれも女の子が居る前で出来る物だ。一方手持ちぶさたになった成瀬は教科書を開き勉強を始めようとした瞬間霧島が

「えっとあの時はありがとね。その成瀬さん」

「もういいよ。それに何度もお礼聞いたし」

成瀬は自分で言って後悔した。なぜそんな冷たい返ししか出来ないんだと。そしてその会話を聞いて

「あれ。二人とも知り合いだったんの?」

「あ、うん。その」

「まぁ、色々あってな。で天月は何でこんな顔してるんだ」

成瀬はあからさまに驚いた顔をしている悪友を見て言った。

「だって女の子の知り合いどころか男の知り合いすら数えるほどしかいないお前が」

「お前だって女の子の知り合いに関しては似たような物だろ。あとお前は知ってるだろ」

「俺は違います。少しは居るし」

「どうせその友達は画面から出てこれないんだろ?」

「そんな醜い言い争いはどっちでも良いんで。何で二人は知り合ったんですか?」

バッサリと二人同時に大島は斬った。

「えっと」

霧島が説明しようとしたが見ての通りしどろもどろしていた。代わって説明するよう無言の圧力がかかった成瀬が仕方なく話す事になった。


 事の始まりは高校生になって三日目だった。朝の登校中、いつもの様に気だるく4月の為暑くは無いがそれでも何かの罰ゲームかのように自分の真上で輝いている太陽を敵につけながらも友達の少ない成瀬が一人で歩いていた。

 そして高校へ向かう途中に存在している公園に面している歩道に足を進めた時、ふと目線を下に落とすと何かが落ちていた。

なんだこれと成瀬は疑問に思い良く見てみると、それが財布というのが分かった。シンプルなピンク色をしていた。

 見つけた以上放置は出来ない性格である成瀬は少しだけ何となく回りを警戒しながら誰も居ない事を確信してから手に取った。最初は高校の通り道だし通っている高校の人の落とし物だと考えたが、それにしてはシンプルで子供向けのように思えた。しかし警察に届けるにもここからは距離があり、まだまだ学校の始業時間に余裕が有るとはいえそこまでの余裕は無かった。

(一応学校近くで拾ったし学校に届けるか)

もしこれがお人好しの天月だったが交番まで届けたかもしれないがと考えると少し卑屈な気分になる。だが暫く経つとなぜ拾ったのに自己嫌悪しないといけないんだと誰にも向けれない苛立ちを覚えながら学校に向かって行った。


その翌日いつも通りボッチ登校して、午前の授業を真面目に受けて昼飯を天月らと教室で食べている時だった。

 突如まだ一回も喋った事もないクラスの自分とは余り関わりが無さそうな活発ギャル系女の子から

「えっと成瀬くんだったよね。内気そうな女の子が呼んでだよ」

と言われ教室から出ると顔を真っ赤にしながら霧島が立っていた。そしてお辞儀をして

「え、えっと、その拾って、と、届けてくれてありがとごじゃいます」

 最後の方は噛むは、声は小さいはで台無しだった。しかし感謝していると言うのは、真っ赤が飛び散った顔を見れば伝わった。一方霧島は噛んだ為かもう一回言い直そうか顔色を見て判断しようと考えたのか上目遣いで少し恥ずかしいさからか涙目になりながらこっちを見ていた。

 成瀬の心に一瞬だけなにか欲が滲み出たがそれを強引にしまいこんだ。

「あ、別に気にする事ではない。たまたま?拾っただけだからな」

霧島の緊張が移ったのかこっちも支離滅裂で声が少し裏返りながら返答した。廊下に人が居ないのが幸いか。

「いや、でもえーと」

「あぁ成瀬って言う」

「えっと。でも実際拾って届けたくれたのは成瀬くんだし。な、なにかお礼出来る事が合ったらい、言ってください」

 別にそう言われても特に何も成瀬は思い付かなかった。その為暫くお互い何も言えず接点の無い上司と偶然エレベーターで一緒になったような居心地の悪い空間が広がった。

「あっ、えっとすいません。時間かけて、またなにかお礼をしますんで。えっと私は霧島って言います」

 そう居心地の悪い空間でも臆さずに霧島が再びお辞儀をして言った。成瀬は何も言えなかった自分に腹立ちながら

「いやべつに気にしなくても」

「いえ。えっとじゃまたいつか」

そう言うと霧島は三回目のお辞儀をして去っていった。

 はぁと溜め息をついて改めて自分が緊張していたのに気付きながら教室に戻ろうとした。すると教室に入った瞬間に活発系ギャルと天月がこっちを見て声を揃えた。

「「あれはない」」

「まず人の話を盗み聞きするか!」

成瀬にしては珍しく大きい声であった。だがその声は誰にも届かず暫くの間2人に成瀬は弄られる事になった。


「要するに俺が霧島さんの落とし物拾って届けただけだよ」

成瀬が簡単な説明を終えると天月が楽しそうに言った。

「なんだかラブコメの始まりみたいだな」

「そうなんですか?私ラブコメはあんまり見なくて」

天月の言葉に大島は可愛らしく頭をひねった。そして折角少し赤みが抜けてきた霧島の頬が再び赤リンゴに変わった。

「でも成瀬君良い事したね」

「長い付き合いだけど初めて良い事したよなお前」

「別についでだ。ついで。天月も落ちてたら拾っただろ」

「どうだろうね」

頬をポリポリしながら天月は返した。どこか成瀬にとって居心地の悪い空間が広がる。あまり人に人の良さで褒められる人生を歩んでは来なかったからか。

(普通の人はこういう時なんて返すんだろ)

と考えていると突然霧島が林檎を超えて太陽になりながら 

「で、でも実際に拾ってくれたのは成瀬君だから」

そしてすーと一息深呼吸して

「感謝してる。ありがとう」

にっこり笑顔で言った。そして行った後もう限界だったのかそのまま顔をふらふらさせながら机に落とした。

「えっと大丈夫ですか?」

それを見てた大島が心配になる程の倒れかただった。しかし成瀬にはその映像は見えてなかった。正確に言うと見えていたが頭にまで届かなかった。なぜなら頭にはありがとうと言った霧島の笑顔だけがインストールされていたからだ。彼が正常に動き出せるようになるまでかかった時間は短い時間では無かった。

そしてその悪友の様子を見ていた天月は顔には出さなかったが心の中で

(これは成瀬惚れたな)

と思ったが、一方で霧島に対して少しだけ何故か警戒をしていた。どこかわざとらしい演技のような気がしたからだ。


 そして少し時間が経過するとがらがらとドアが開ける音が聞こえた。美術室の独特な匂いが一瞬だけ消えて、新鮮な外の空気が入ってきた。そして四人が扉に目を向けると三人の男女がたっていた。

「フフフ聞いて驚け新入生を二人も連れてきたぞ」

「確か深浦さんも新入生やったはずでは?」

「気分だよ。気分」

「まことー、のりが悪いよ」

 その三人は、深浦、神条、片岡であった。なぜか神条に攻められた片岡だがもう馴れているのでスルー安定である。

「むっ。てか見ない男子が二人いるじゃん。二人の知り合いかい?」

深浦が女子二人に聞くと

「えっと。二人とも今日初めて来た子で別に知り合いではないですよー」

と大島が返した。

「これはあれだなもう一回自己紹介する流れだな」

天月がそう呟くと大島が

「確かにその流れだね」

「めんどうだな」

はぁとため息と共に成瀬が言った。

「私も少しわかる」

「霧島さんまで……」

 天月はため息をついた。なんかめんどくさがりが多いなこの部活。しかし結局自己紹介をするはめになった。

「えっと私は大島って言います。でそっちから霧島さんに、確か成瀬君と天月さん」

大島が適当にそれぞれ座っている三人を紹介した。

「私は深浦と言います」

こんどはこっちの番と深浦が自己紹介したあと

「私は神条伊織。でそっちはスピードースターと皆から言われているのは片岡真」

片岡は無言で神条を睨み付けてる。

「スピードスターってなんだ?」

成瀬が聞きフフフと神条が答えようとした瞬間片岡が机にのりだし手で神条の口が塞いでしまった。

「モゴモゴモゴモ」

 それでも神条は言おうと足掻いていたのを見て片岡はとどめにもうひとつの空いている手で鼻を掴んだ。さすがにギブアップしたのかモゴモゴを止めたのを見て両方の手を離した。

「全く。女の口を塞ぐのはキスだけって決まってんのに」

「文句言う所そこなんですか」

大島の突っ込みには、髙橋は知らないふりをした。

「あれ?君たちやっぱり付き合ってたんだ」

深浦が言う神条はハハハと

「いやそこまで甘い関係ではないよ。なぁ真」

「せやな」

うんうんと片岡も頷いた。

「せやけど腐れ縁って言うにはお互い人生に関わり過ぎてるしな」

「確かに。それよりは甘いね」

二人は言ったあとお互いの顔を見て笑った。まるでこの世界には今あの二人しかいないみたいに。

「まぁこんな感じや」

片岡が夢から覚めたような顔で言った。

「てか来てから思うのは変なんやけど、美術部ってなにするん?絵とか俺書かれへんけど」

そして続け質問をすると

「ここに思いっきり勉強している人居ますけど。まぁ自由で良いのでは?」

大島は成瀬を指して言った。

「じゃあ私は絵でも書きますか」

「絵なんて描くガラやっけ?そういや話変わるけど皆なぜ美術部に?」

「何もしなくて良いらしいから」

成瀬は動いているペンを止めずに顔もあげずに言った。

「私達は絵を描くのが好きだからですよ」

大島の言葉に深浦と霧島は同意をした。霧島と大島は一度始めていた絵の作業を既に一度中断してこっちも見て会話していた。

最後の一人天月は

「僕は成瀬と大島さん達を合わせた理由かな。楽なのと絵を描くのも好きの」

「美術部だけあって俺と成瀬除いて皆絵が好きなんやな」

「他にみんな趣味とかどんなのある?」

「なんか合コンみたいですね。あっそ、その別に行った事はその、無いですけど」

言った瞬間皆の目線が集まったからか少してんぱって霧島が言うと

「確かにこの歳ではな」

ふっと成瀬は少し笑った。

「おっ。あの成瀬が笑った。じゃ僕から趣味はアニメ鑑賞。主に美少女が出てくる系が好きかな。苦手な事は運動。少しトラウマがありまして。あと今期の嫁は」

ごしっと天月は成瀬に首を捕らえられ喋るのを止めさせられた。

「これ以上長くなるから強制終了だ。俺は趣味と言えるのは勉強位だ。特に数学が好きでアニメとかは天月に進められて強制的に見せられた位だ」

顔がうんざいしているのでよっぽど進められたと見れる。

「私もアニメ大好きだよ。ジャンルは色々かな。ピーンと来たのを見てるよ」

大島はにっこりとした笑顔で言った。

「わ、私はアニメとかはその少年系しか見ない…です」

「…そういうの見るのか」

成瀬が言うと照れたような笑みを霧島は浮かべた。すると悪友が

「あの成瀬が自分から話するなんて珍しいな」

と言ったもんだから霧島はさらに顔を赤くした。一方成瀬は冷静に

「話すに入らんだろ。これは」

そう言ったが心の中では少し後悔した。冷た過ぎたかと

「うーん。私はなんと言うか腐っている系だけだね」

それぞれがなぜか趣味から好きなアニメの話になってきた。深浦がちょっと問題発言したが誰も気にしなかった。

「俺の趣味はゲームかな?」

片岡が話を修正して言った

「あれ私じゃないのか」

神条がわざとらしく驚いた顔で言った。

「なんや。自分は趣味に俺の名前言うんか」

「貴方がそれで喜ぶなら言っても良いよ」

ウィンクをきれい決めて言った。片岡もキラッとウィンクを返して

「アニメとかはたまにや。でも小説のが見るな」

無視して会話を続けた。

次に神条が

「私はアニメなに見るんだろう?強いて言うならミステリーもの?かな。あとラブコメも少し」

そしてそっから暫く皆で談笑したあと深浦が言った。

「じゃまぁ自己紹介も終わったし皆自由でなにかしようか」

 そう言ったあと深浦はうーんと美術室を見渡しリンゴやミカンなどのレプリカを持ってきて鉛筆で絵を書き始めた。天月と霧島は変わらずスマホを見て何かを書き成瀬はぶれずに勉強を始めた。片岡は、何をやるか迷っていたがが隣の神条を見ると絵を書き始めていた。その為会話をできず手持ち無沙汰になった為、結局原稿用紙に何か書き始めた。

 ペンと紙がぶつかる音だけが美術部に響いたがすぐにそれも終わり集中している深浦を除き全員が話し始めた。まだ出会っても間もない為成瀬たちは探り探りだが片岡と神条は気にせずフランクだった。


 一方森野と西宮は、天文部解散後帰宅になった。山倉は仲良くなったからかそれとも有り難い事に邪魔をしない為か桜井と二人で帰って、女子たちは学校近くのパン屋に深浦が来るまで寄るらしく森野達も誘われたが、西宮が眠いと言った為大人しく帰ることにした。

 完全に桜が祝福を与え終わったあとの並木道を二人で特に会話をせず無言で歩いていると

「……別に君は行って良かったのに」

西宮がいつも通りに見えて少しだけ陰りが入っていたが森野は、西宮から話しかけてきたと言う出来事に少し感動して気づかなかった。

「さすがに女子だけの中に俺が入るのはきついって。まぁ桜花が行くなら我慢するけど」

「あと折角一緒に帰れるのにそのチャンスを棒に振る気は無いぜ」

と本人的には決めた感じで言った。

(中学は野球で帰らなかったのに)

 西宮は思うだけに止め、なんの反応もしなかった。野球が出来ないのに森野はかなりのショックを受けトラウマになっているのが分かっていた為である。

「…てか高校からは毎日一緒に帰ってるだろ」

十分だろと言いたげだが彼からしたら

「馬鹿だな。桜花と一緒だとあっという間に時間が終わるから何回一緒に帰っても足りないんだよ」

「……」

西宮は臭い台詞を言った彼の方を少しだけ目を開いて見た

「無言で睨みつけるのは止めてくれ」

 最初はそう思っていたが少し経つと自分ではなく更に後ろ見ていた事に気付いた。そして森野も西宮が見ている方を見ると

「今不幸なのはあなたのせいではありません。ただ神の加護が足りないだけなのです。大事なのは絶対に叶うと神に祈ることです」

 駅前の人通りが多い所で宗教の勧誘の人が一生懸命お守り?らしき物を配っていた。胡散臭さが全開である。なディスティニー教?と書かれた旗を持ちながら、森野からすれば逆効果としか思えない宣伝をしていた。ダサい名前だなと率直に森野は思った。しかし気がかりなのは何故そんなに西宮が凝視していたのかである。

「なに興味あるのか?」

少しの無言のうち

「……別に」

と森野ですらあまり見たこともないぐらいキツイ顔をして西宮は足早に去っていった。それを少し遅れて付いていった。

「しかし祈るだけで幸せになれるならこんな良い事は無いな」

彼は肩をやった右腕を見て言った。

「………祈ったら叶う人もいる。 …ごめ」

「まぁそうか」

 最後に西宮がなんて言ったか聞き取れなかった。祈ったら叶う人もいるか。なら俺はその人には成れなかったようだ。どれだけ野球を続けたいと祈っても結局無理だった。少しだけ暗くい雰囲気になった為話題を変える為にも

「そういやなんで天文部に入ろうと決めたのか?」

 西宮は小中と部活はやっておらず更にそこまで星に興味も無さそうだからずっと疑問に思っていた事を聞くと

「小中入らなかったのはめんどくさかっただけ」

「なるほど。天文部は楽そうだからか」

「そう。……ねぇ君は私と違って何に対しても熱量あるよな。野球だったり」

「そうか?俺自身はそんな気しないけどな。一応クールキャラで売ってるんだけど」

ふっと西宮は笑って呟いた。

「……冗談でしょ」

最近時々だが俺の前では笑う姿を見せてくれるようなった。くそ可愛い。結婚したい。

「くそっ。なら頑張ってキャラチェンジするか」

「…別に今のままで良い」

貴重なデレである。

「なら俺と付き合ってくれよ!」

「それは無理」

 残念森野はまた撃沈した。くそとわざとらしく顔に手を当てて泣いたふりをした。既に慣れた物である。

「ならどうすれば良いだよ。性格も変えられないんじゃ顔か!整形しか手段が…」

「……」

じーと話の途中で森野は西宮に見つめられた。急に見られて顔が熱くなる。

「えっと。桜花さん?」

「……悪く無いと思う。寧ろ良い方」

西宮は相変わらず読み取れない顔で言った。

「なら、どうやったら君と付き合えるんだよ!」

 遂に大声で叫んでしまった。怪しい宗教の人からお守りを無理矢理渡された人の良さそうな若奥様やジョギング中の重役っぽいおっさんなどから生暖かい目で見られてた。注目されるのは今日で二度である。

「………はぁ。帰る」

「ちょっと。待ってくれ」


 結局早歩きで歩いた為直ぐに森野の家についたが家に見向きもせずそのまま西宮に付いていった。森野の家は学校から見て西宮の家より少しだけ手前にあるが、森野が西宮の家まで着いて行くのは当たり前になっていた。西宮の家はごく普通の一軒家で森野の家と対して違いは無いが一つだけ違う所がある。それは、屋根の上に謎のアンテナが設置されている点である。他にもよく見ると設置されている家がある。その為か日常の風景に紛れている。

「…じゃさようなら」

 西宮は家に付いて郵便箱からたまっている手紙やハガキなどを取り出しながら別れを告げたがその瞬間手に持っている手紙、ハガキを落としてしまった。と言っても2,3枚だが

「……」

「手伝うよ」

 西宮はそれを無視してさっさと拾って自分の家に入っていった。森野はこの塩反応をいつもの事と放置した。しかし一つだけ気になった。あの時落としたハガキにディスティニー教と書いてあったのが見えた。自分の家にも勧誘の為来ているが一回だけでそのあとは来た覚えがない。母親が捨てているだけかも知れないが。どことなくディスティニー教に不安を覚えた。

「片岡に調べてもらうか」

片岡は何故か顔が広く色んな事を知ってたり調べてくれる時がある。森野は家路につきながらそう考えた。



「はっくしょん。誰か俺の事噂してんな」

片岡がわざとらしく鼻をむずむずしながら言った。

「悪口じゃないのか?」

「悪口やったら一番思い当たる人が目の前にいるからな」

それもそうかと笑ってる神条を無視して片岡は喋るのをやめてスマホを取り出した。

「なにやってんだ?」

勉強が一段落ついたのか暇そうな成瀬が隣の席の片岡のスマホを覗いてきた。するとSNSで誰かになにかを依頼してたのが見えた。

「勝手に見るなや。まぁ調べ物や。俺の友達が調べて欲しい事があるらしい…調べるのは俺やないけどな」

パチパチと操作をした後終わったのかスマホを閉じて雑にカバンに突っ込んだあと言った。

「てかもうそろそろ帰ろうや」

「もうそんな時間たったのか」

うーと天月は背伸びした。話を聞いていたのか大島や深浦も終わりかと作業を止め片付けを始めた。一時期は静かだった美術室に再び音が蘇った。唯一片付けをしていなかったのはイヤホンをかけ集中して絵を書いている霧島だけだった。

「うーん?どうしようか」

大島が困ってると成瀬が

「仕方ないな」

と言って一拍おいたあと

「終わりだぞ!」

霧島の近くで大声で言った。

ビクッとなって

「えっ。あっはいわかりました」

あわてて霧島はイヤホンを取った。

「す、すいません。すぐ片付けます」

周りも見て慌てたように言った。

「そんなに慌てなくても?片付ける物も少ないし」

「そうそう。慌てるともっと遅くなる場合もあるよ」

経験あるのか大島に同調して天月がうんうんと言った。

「あれ以外ですね。天月さん意外と慌てないタイプかと思ってました」

「こいつ不意に起こる出来事には弱いからな。だからよく慌ててる」

「そんな事無いと思うけどなぁ」

と抗議したが成瀬はやれやれと言った態度だった。

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