第4話

[は?]

私の告白を聞いた吸血鬼は、先程まで保っていた冷静さを失ったかのような素っ頓狂な声を上げた。もちろんそれは近くで聞いていた宏哉もだった。

[お前、何を言ってるかわかっているか?]

[志織様!そいつはあなたの家族とメイド達を殺した殺人鬼ですよ!本当かどうかは不明ですかそいつの強さは人間ではありませんでした。...吸血鬼なんですよ。きっとそいつは、本当に。そんなやつを好きだなんて...ご自身で何を言っているかわかっているのですか!]

[宏哉]

私は宏哉の目をまっすぐ見て言った。

[私が嘘をついたことがありますか?本気ですよ。私は彼に一目惚れました]

[志織様...]

宏哉は呆れたのか、私から視線を外して下を向いた。

[えっとな、志織さん?俺は本当に吸血鬼だし、君の大事な人をたくさん殺したんだ。そんな男を好きになってはいけないと思うぞ]

[家族も、所詮は他人です。もちろんメイド達も。それにまだ私には宏哉がいます。そしてあなたもです、吸血鬼さん?]

[俺と君は初対面だよな...?いやそもそも俺はほとんどの相手と初対面なわけなんだけど。一応聞くけど俺のなにがいいのかな?]

[わからない]

[わからない...ってそれはないぜ。なんかしら理由はあるだろ]

[わからない...けど]

そうだ、この吸血鬼の良さは私にはわからない。だけど、

[月明かりに照らされているあなたは、何よりも美しい。それが理由じゃ、だめでしょうか...]

[美しい...って。俺は男だぞ。別にその褒め方をそれても嬉しくはないな]

[機嫌を取るためでも、お世辞でもありません。あなたのその艶のある髪、赤い目、高い鼻、そして...紅くなった口元。なんて神々しいのでしょうか。私はあなたのように美しい姿をしたものは知りません]

[おいおいべた褒めだな。そこまで言われると悪い気はしないが...]

[私と付き合ってくれると]

[もちろんその件に関してはノーだ。人間と吸血鬼の間に愛が生まれるわけがない]

そうして私の初恋は呆気なく散ったのだが。私は諦めなかった。

[そんなのわからないじゃないですか]

[いや、わかる。そもそも俺はこの屋敷の人間を殺したんだからな。恨みの方が勝つに決まっている]

[そのことに関してはさっき言いましたよね。家族も所詮は他人だと。そんなに私との間に愛が生まれない自信があるなら一つ提案があります]

[提案?聞くだけ聞いてあげよう]

私は決心し、その内容を告げる。

[私とこの屋敷で暮らしませんか!]

[...は?]

告白を聞いた時と同じような表情で吸血鬼は驚いていた。

[志織様!そんなやつと暮らしたらすぐにでも命を奪われます。どうか考え直してください!]

[宏哉...私は、死んでもいいと思っている。生まれて初めて惚れた人に殺されるなら私は笑顔で死ねる自信があるの]

[...志織様]

苦虫を潰したような顔となる宏哉。

[惚れた人...か。そもそも俺は人じゃなくて吸血鬼なんだけどな]

[じゃあ初恋相手の吸血鬼さん]

私は吸血鬼の方に向き直る。

[改めて、私と暮らしませんか?寝床も用意します。またお腹が空いたなら、私の血を吸ってください。命を捨てる覚悟はできてます]

...

長い沈黙だった。その場にあったのは心配そうに私と吸血鬼を交互に見る宏哉、真っ直ぐに吸血鬼の目を見る私、何か考えている吸血鬼、そして激しく吹く風だった。

[こちらからも一つ提案を出そう]

長い沈黙を破り、吸血鬼が口を開く。

[その提案というのは?]

[俺に血を吸わせろ]

まあそうだろうなと、なんとなく想定していたことを提案してきた吸血鬼だった。だが、と吸血鬼は付け足した。

[俺が空腹になる前に、だ。今回は数ヶ月全然血を吸ってなかった分反動でここにいる人間の血をだいぶ吸ってしまったが、普段はこんな風なことはしない。だから、一週間に一回でいい。今から一週間おきに志織、君の血を死なない程度に吸う。ちなみに言うと吸血される側は相当痛みを伴う。これとさっき言っていた寝床を用意するという条件を呑もう。君が死ぬまで僕は君と暮らすよ]

[ふざけるな!誰がそんなふざけたことを許すか!]

[本当ですか...!嬉しいです...!]

宏哉は絞り出して声で怒鳴っていたが、私はその声を無視して喜びを噛み締めた。

[でしたら、すぐに案内します]

[ありがとう。あと、そこの男も連れて行くといい。ああ安心しろ。俺はこの屋敷の人間に手を出すことは二度とない]

その指示を聞き、私は宏哉の方に歩み寄り、肩を貸す。

[志織様...本気ですか?私はあのような怪物と共に暮らすなんてありえないと思っております。志織様の命の安全を考えて言います。今すぐにでも先程までの発言を撤回してください]

そう言う宏哉にはもうほとんど活力がなかった。

[宏哉、すぐに治療をします。行きましょう。それと...私はもう覚悟は決めてます。

私は初恋の相手と共に暮らします。命の保障に関しては安心しろとは言いませんが、自分で決めたことです。どんなことになっても自分の責任です。どうか、許してください]

[です...が...志織様...やはり...私は...]

[多分そろそろそいつ死ぬぞ。早く連れて行くぞ]

[はい、...えっと、]

[ん?なんだ?]

[名前...なんて呼んだらいいですか?]

[名前...か。そうだな。せっかくだし、自己紹介をしよう、そいつのこともあるし、手短にな]

吸血鬼は宏哉のことを指を差した。

[俺は...ルイだ。俺のことはルイと呼んでくれ。そして俺は...]

[吸血鬼、だ。これからよろしくな、志織]

吸血鬼は、ルイは私のことを呼び捨てで呼んでくれた。

[はい。これからよろしくお願いします。ルイ]

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