第3話

[なんなの、これ...]

屋上の扉を開け、まず目に映ったのは倒れている複数の人間だった。その服装がメイド達の制服だったので、すぐにそれがうちに仕えているメイド達であることがわかった。そして、なによりも...

[血...]

屋上は紅く染め上げられていた。そう、メイド達の血によって。私はさらに奥の方を見た。

[父さん...?母さん...?兄さん...?]

そこにはメイド達と同じように血塗れで倒れている私の家族がいた。

[志織様...逃げてください...]

右の方から今にも消えてしまいそうな声が聞こえた。

[宏哉...?何があったの?あなたは大丈夫なの...?]

[私の事はいいです!早くお逃げください!]

[おや、まだ誰かいたのか]

私は視線を宏哉の方から声の主の方に移す。

そこには血塗れで立っている一人の男がいた。

[貴様...志織様だけには手を出すな...!]

[君すごいね。よくその傷と出血量で意識があるもんだ]

宏哉とその男の会話から察するに、この屋敷の住人を殺害したのは目の前の男なのだろう。

[あなたは...誰?]

[俺か?俺はな...]

少し間を置き、男は言う。

[吸血鬼だ]

[...吸血鬼?]

[そう、吸血鬼だ]

理解が追いつかなかった。吸血鬼?私が小説で読んだあの吸血鬼か?意味がわからない。なんで吸血鬼が目の前にいる?そもそもこいつは本当に吸血鬼なのか?いや、ありえない。こいつはきっと頭のおかしい殺人鬼なのだ。

私は混乱する頭をなんとか制御し、その結論に至った。

[誰からの差し金ですか?]

[はい?]

[あなたは父のライバル会社の誰かから依頼された殺し屋なのでしょう?それで父以外の複数人を殺すのはやりすぎだと思います。私も、そしてそこの宏哉を今すぐに殺すのですか?]

[えっと...志織さん、かな?今君は現実を受け入れられないのかもしれないけど、冗談でも殺し屋でもないんだ俺は]

[じゃあ、本当に何者なんですか?]

[さっきも言っただろう、吸血鬼だって]

...こいつ本気か?私は理解した。目の前の男は頭がおかしいということに。

[もうなんでもいいです。殺すなら早く殺してください。なるべく楽に殺してください]

[生憎ともう満腹だ。君のことは殺さない。そこの執事もね]

[見逃すんですか...?警察に通報しますよ]

[俺は吸血鬼だ。残念だけど法律じゃ裁けないんだよ。それにしても君はすごいな]

[何がですか]

[いや、殺した本人が言うのはおかしな話なんだけど、普通目の前に大事な家族とか殺されてたりしてたらさ、発狂なりなんなりするもんじゃないの?]

そういえば、私は骸と化した家族やメイド達を見ても、大きな動揺は見せなかった。悲しさや辛さよりも疑問の方が勝ったからだ。

[まあなんでもいいや。とりあえずご馳走様でした。久しぶりの食事だったから助かったよ。君も早くそこの執事を連れて治療でもしてあげな。さっさとしないと多分失血死する]

私は動けずにいた。なぜか私は吸血鬼を名乗るその男から目を離せずにいた。

[どうした、早く行け]

その瞬間だった。吹き荒れる風はより一層強まり、大きくたなびく雲を動かした。雲が動き、今まで塞がれていた月明かりが屋上にまで届き、男の顔を照らした。私はそこで初めてその男の顔を、表情を見た。

...!

[綺麗...]

私は魅入ってしまった。その男の、吸血鬼の姿に。 気づいたら足は動いていた。他でもないその吸血鬼に。

[何をしているんだ?]

吸血鬼の目が細まる。

私はこの時点で男が吸血鬼であることを信じていた。その美しさは人間のものではなかったからだ。

[なんて美しいの]

落下防止の柵の上に立っている吸血鬼の足元にまで私はきていた。

[なんのつもりだ]

私は何も言わず月明かりに照らされている吸血鬼を見る。

[妙な真似をするようだったら、お前も...]

[吸血鬼さん]

吸血鬼の言うことを無視し、私は言う。その衝撃的な内容を...

[好きです、私と付き合いませんか?]

初恋だった。生まれて初めての恋だった。私は人生で初めて恋をしたのだ。目の前の吸血鬼に。

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