第2話

夕方目が覚めると外は暗くなっていた。雨でも降るのだろうか。朝から吹いていた風はより一層強まり私の部屋の窓を乱暴に叩いた。朝起きてから何も口にしていないのを思い出した私は、急激に空腹を感じた。そういえば昼食は食べると宏哉には言ったのだが、宏哉は心配しているだろうか。宏哉は誰に対しても、もちろん自身に対してもだが、私に対しては特に心配性なのだ。昼食も摂らなかった私の体調を気遣ってくれているに違いない。彼はそういう男だ。彼に余計な心配をかけたことを反省し、謝罪をするために自室を出た。宏哉一人しかいない執事室を目指し私は階段を登る。

この屋敷は3階建てとなっており、1階に私の部屋や洗面台、食堂があり、2階には兄の部屋とメイド室と執事室、3階には父と母の部屋がある。そしてその上には洗濯するための屋上がある。

なぜ私が一階に住んでいるかというと、私がまだ小さい時、急に気を失ったことがあるらしい。元々私は母と同じ部屋で過ごしていたため、その時は3階ににいたらしく、急に顔を真っ青にして倒れたらしい。119番通報したあと、刺激を与えないよう下手に動かせないため救急隊の担架で運ぶのまでに苦労をしたらしい。そのことがあってから、私は1階に部屋を用意された。自身の虚弱エピソードを思い出しまた少し嫌な気分となったのだが、宏哉に顔を合わせるときに暗い顔をしているとそれこそ本当に心配をされるので、感情が表に出ないように努めた。

執事室の扉をノックする。しかし、中から返事はない。

[いないのかな]

そう言葉をこぼし、宏哉が行きそうな場所を想像した。まだ夕食の時間ではないので、食堂はない。入浴をするにしても宏哉は父より後に入る。(父は夕食の少し前に入浴するため。)

そうなると必然的に1階と2階にいる可能性は低くなるので、残された可能性は3階と、単に外出をしているかだ。ただ3階に用がある人間はほとんどいないし、この暗さと強風の中外出するとも考え辛い。あとは屋上だが、屋上はメイド以外が出入りすることはほとんどないため、私はとりあえず3階に行くことを決め、執事室の扉前を後にした。

久しぶりに三階まできたのだが、そこまできて私は違和感を感じていた。

 誰もいない...

そう、この時間ならまだメイド達も何かしらの業務をこなしているのだが、珍しく今日はメイド達を目にしない。それだけならいいのだが、音すらしないのはあまりにおかしい。さっきからこの屋敷の中で響く音は私が階段を登る足音だけだ。

[どうなってんだろう...]

正体のわからない不気味さに、私は思わずぼそりと声を出した。もしかしたら父の部屋に全員集まって、大事な話でもしているのだろうか。例えば、契約の話とか。考えてみれば今はもう春、出会いと別れの季節だ。もしかしたら契約の更新などを父や母としているのかもしれないな、と私は勝手に納得した。

そうして私は息を荒げながら3階にまで辿り着くことができた。体力がない私は、3階にまで登ることすら苦痛なのだ。

息を整え、父の部屋の前に立つ。やはり父と話す前は緊張をする。何拍か置いて、思わずプレッシャーを感じてしまうその扉をノックする。だが、中から返事はなかった。父の声が返ってこないことに軽く安堵してしまった自分がいるのが情けなかった。

宏哉、メイド達、父すらもいない。母と兄の部屋は訪ねてないが、この感じだとその二人もいないだろう。本当にどうなっているのだろう。そうなってくると残された線は二つ。一つは屋上。そしてもう一つは

[私を置いて慰安旅行...かな]

私というお荷物を置いての旅行、考えてみればそこそこ納得はいく。私は旅行に行ってもみんなのように楽しめる自信はないし、宏哉以外とまともに話せる気がしない。本当に私は弱くて、宏哉がいないとだめなんだなと自覚する。後者の説を確信した私は自室へ戻ろうとした。

ガタッ

と上の方から音が聞こえた。この強風だ、一段と強い突風が吹いて屋上の扉を叩いたのだろう。

だが...

私はなぜか、屋上の方を見ることをやめられなかった。なぜかそこから不気味なオーラを感じ取ったのだ。行こう、そう決意した私は小さく悲鳴をあげる体に鞭を打って屋上への階段を登る。踏みしめるように屋上まで登り、ついに扉の前まで来た。父の部屋の扉より、より一層プレッシャーを感じたその扉を私は開ける。月明かりは大きな雲で塞がれ、さっきよりも暗くなった空の下で私が見た景色は...

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