第10話 魂も知らない肉体

『おっはろ~!』


:おはー

:深夜なんだよなぁ


 チャレンジが失敗した翌日。

 ミーコは今日も元気に配信を始めた。


『聞いて!』


:おっ?

:なんだなんだ?


『今朝の配信、なんか人いっぱいだった!』


:おお!

:何人くらい?


『百人くらいおった!』


:草

:すごくない?


『たまたまフォロワーが全員集合したのかな?』


:ミーコ嬉しそう

:そんなことあるか?


 ミーコのチャレンジは失敗した。

 しかし、フォロワーが増えたことは事実である。


 塵も積もれば山となる。

 寿命が先か、百万人が先か。


 そんな名言、あるいは迷言を口にして。

 昨夜、ミーコはいつも通りの笑顔で活動継続を宣言した。


 そして有言実行。

 ミーコは今日も元気に活動を継続した。


『今日を記念日にしよう』


:ミーコ、ツイッター見てない?


『見てないけど?』


:見ろ!


『やだ!』


:_| ̄|○ ガックリ


『ヌヒヒッ、それ久し振りに見た』


:キタ――(゚∀゚)――!!

:苧麻何之ミーコくぁwせdrftgyふじこlp;@:「」


『なになに、どゆこと?』


 ミーコは混乱した。

 こんな反応は見たことがない。


『ツイッター?』


 は首を傾ける。

 とりあえず、兄特製のツールを起動した。


『おわっ、なんか通知多い!』


:呑気かw

:ミーコお兄様のツール使ってる?

:ブラウザ! ブラウザ!


『んえー、なになに、どゆこと?』


:んえー

:んえー

:んえー

:んえー


『ヌヒヒッ、謎の一体感やめろ』


 彼女は肩を揺らし、ブラウザを立ち上げた。

 それからマウスカーソルをショートカットに合わせる。


 あとは指先に力を込めるだけ。

 だけど彼女はその寸前になって動きを止めた。


『……怖いことないよね?』


:めっちゃ怖い

:腰抜かす

:泣いた

:はよ! はよ!


『むー』


 彼女はパソコン画面を共有した。


『お前ら道連れな』


 カチッ、と音が鳴る。

 コンマ数秒の読み込み時間を経て、ミーコのプロフィールが表示された。


 彼女は目を細め、フォロワーの部分を見た。

 18──


『んぉ! 一クラス分くらい増えてる!』


:一クラス??

:ミーコ桁間違えてないか?


『桁?』


 彼女は目を擦る。

 それから、もう一度だけ数字を見た。


 1892。

 

『……』


:どした?

:フリーズした?


『……』


:ミーコ?

:驚き過ぎてケーブル抜けたか?


『……』


:何か聴こえるかも?

:息遣い?

:エッチだw

:マジ? ボリューム上げるわ


『んぉぇぇぇぇぇぇ!?』


:!?

:でっか

:やっと気づいたか

:驚き過ぎてヘッドホンのケーブル抜けたわ


『……』


:どした?

:またフリーズ?


『んぇっ!?』 


:時差

:草


『なにこれ、なにこれ、なにこれ!? お前ら何かした!?』


:してない

:分かんない

:した

:ちょっと待って今ボリューム下げてる


『はい見つけた! した!? 何したの!?』


:DM送った


『ディエィム!』


:このテンションすこ

:かわいい


『動画ァァァア!』


:勢い草

:かわいい


『見覚えのある猫ォ!』


:猫ォ!

:猫ォ!

:猫ォ!

:猫ォ!


『再生したァ!』


:これもうコメント見てねぇなw

:こんなミーコ新鮮かも


 かくして、動画が再生される。

 普段ゲームをプレイする時は雑談を交えるミーコも、この時ばかりは無言だった。その集中した雰囲気はリスナーにも伝わり、コメント欄も沈黙した。


 それは、いわゆる切り抜き動画だった。

 ミーコのリスナーが投稿した動画であり、その人物は有名Vtuberの切り抜き動画を投稿することで生計を立てている。


 切り抜き動画とは、長い動画を編集し、要点だけを抽出したものである。ただし、単なる要約ではない。文字やエフェクトの追加による演出力、面白い場面を取捨選択するセンス、そして時には過去の動画を引っ張り出し、「その場面がどうして面白いのか説明するテクニック」、さらには誰よりも速く投稿するスピードが求められる。


 そのリスナーはミーコの配信を全て保存していた。

 単なる癖であり、切り抜き動画を投稿する意図は無かった。


 理由は、再生数を稼げないから。

 慈善事業ではなく、明日を生きる金銭を稼ぐ為に動画を作っているのだ。暇つぶしに見ているマイナーな存在の為に、わざわざ行動するわけがない。


 しかし、そのリスナーは動画を投稿した。

 きっかけは昨夜の配信。ミーコと過ごした数ヵ月の間に醸成された感情が、たった一度の「気まぐれ」に繋がったのである。



【期待の新人】一ヵ月でフォロワー千人チャレンジ、結果発表の瞬間が一生推せると話題に【個人勢】【ミーコ】



『第一回、ミーコを人気者にする方法を考える会、始まるよ~!』


 動画はミーコの台詞(1.3倍速)で始まった。

 映像にはミーコが用意した六枚の猫だけが使われている。それはミーコ自身が投稿した動画と同じ形式だが、クオリティは別次元と呼べる程に高い。


『ミーコ、お兄ちゃんみたいになりたい』


 時系列は、あえて変更されている。


『お兄ちゃんは、いっつもミーコのこと優先してくれるの』


 最も「おいしい」部分が切り抜かれ、編集されている。

 もちろんミーコの発言だけではなく、リスナーのコメントも拾われている。


『だから、有名になりたい。

 心配しなくても大丈夫。お兄ちゃんの幸せを優先してもいいんだよって伝えたい』


 投稿者がミーコと共に過ごした数ヵ月。

 それが、僅か八分間の動画に凝縮されている。


 無邪気にゲーム配信をする姿。

 たまーに真面目なことを話す姿。

 フォロワー千人を目指して一生懸命にがんばる姿。


『結果発表~!』


 そして昨夜の配信。158という数字が開示された瞬間の、お通夜みたいな雰囲気が、計算された演出によって完璧に再現されている。

 

『……すごい

 すごい。すごい。すごい。すごい』


 その言葉を耳にした瞬間の衝撃が、これ以上は無い程に表現されている。

 もちろん動画を見た全ての人に伝わるわけではない。そもそも、動画の再生数が他の有名なVtuberと比較にならないほど少ない。


 しかし、少なくとも千人以上の人物がミーコに興味を持った。

 数字を見れば大した結果ではない。だけど、決して簡単なことではない。ミーコの知名度を考えれば奇跡的なことである。それだけの熱量が、動画に込められていた。


 ならば、本人はどう思うだろうか。

 その動画を見たミーコは、どのような反応をするのだろうか。

 奇跡の「手伝い」をした張本人は、その瞬間を心待ちにしていた。


 ──動画が終わる。

 自動的に次の動画が始まり、広告が再生された。


 ミーコは沈黙していた。

 コメントも流れない。皆がミーコの言葉を待っている。


 一分、二分と時間が流れる。

 やがてミーコがぽつりと声を出した。


『……ごめん、なんも言えない』


 ミーコは笑った。

 その後、鼻をすする音がした。


『何これぇ!?』


 やけくそ気味な絶叫。


『顔あっつ! はっずぅぅぅ!』


 何も考えず、パッと頭に浮かんだ言葉を叫んでいる。


『ミーコもうお嫁に行けない!』


:草

:俺が貰ってやんよ

:ごめんなさい。あなたみたいな弟はいらないです

:お兄様ガチ勢は何目線なんだよw


『わぁぁぁぁぁあああああああああ!』


 ミーコは叫んだ。

 その感情を言葉にする語彙を知らないから、ひたすらに絶叫した。


:ミーコ、ママに連絡したら?

:そうじゃん。それそれ


『……良いのかな?』


:一日遅れなら誤差やろ


『……そうじゃなくて』


:どした?

:どゆこと?


『……これ、ズルくない?』


 ミーコの言いたいことは直ぐに伝わった。

 こんなの奇跡だ。たった四人のリスナーの中に「一流の切り抜き動画職人」が存在したなんて偶然、そうそうあるわけがない。


:どうも、リスナーガチャSSRです


 しかしミーコを否定する声は無い。


:まぁ人生こんなもんやろ

:これは調整なんだよミーコ。今まで外れを引き続けた分、確率が収束してるだけ


『でも……うぅぅぅ……でもぉぉぉ……』


:うるせぇ!


『ひどぉ!?』


:ゴールは百万人だろ!


『……っ』


 彼女は息を止めた。

 その瞳に、次々と温かいコメントが映る。


:ミーコがんばって!

:ここからここから!


 ミーコは再び唸り声を出した。

 そして──


『送ったァ!』


:よくやった!

:返事いつ来るかな?

:流石に明日以降だろ。深夜だし


『返事ギダァ!』


:こっわ

:徹夜勢か?

:ママ……


『もう投稿してあるっデェ……!』


:ふぁっ!?

:どれ?

:URL! URL!


『これぇぇぇ!』


 もはやミーコは呂律が回っていない。

 ぐすんぐすんと泣きながらパソコン画面を共有して、とあるツイートを表示した。


 ミーコ。

 たった一言の文字と共に、猫耳少女が投稿されている。

 

:待ってこれ解釈一致過ぎてヤバい

:ママまじもんの大物やんけ

:お兄ちゃんのコネやばすぎんよぉ


『魂も知らない肉体ィィィ!』


:草

:草

:魂も知らない肉体wwww


『うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!』


:情緒めちゃくちゃw

:今夜も最高に楽しいw


 それからのこと。

 ミーコは人間の言葉を喋れなくなるまで配信を続けた。


 その様子はバッチリと切り抜かれ、「超大物」と評されたママが反応したことで、軽いバズを引き起こした。


 翌日、またしてもは号泣配信をすることになる。

 しかし、これだけの奇跡を重ねても、目標である「百万人のファンを集めること」には遠く及ばない。彼女のニューゲームは、まだ折り返し地点にも到達していない。


 たった一人、自分を支えてくれた兄に「もう大丈夫だよ」と伝えるため、弱いまま歩き始めた彼女は──今、やっと、スタートラインに到達したのだった。

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