追憶1

 朝起きる。学校へ行く。

 息を殺して教室に入る。舌打ちが聞こえた。


 教室の隅。縮こまる。

 喧騒の中、呼吸すら控えてじっとする。


 チクリチクリと言葉が刺さる。

 ここに私の居場所は存在しない。




 朝起きる。布団にこもる。

 母が来る。学校に行け。学校に行け。なんで行かないの。なんでなんでなんでなんで。


 ここにも私の居場所は無い。




 夜になる。母が来る。

 私はクローゼットの中に隠れた。


 見つけ出され、叫ばれた。

 なんで学校に行かないの。なんでなんで。


 


 夜になる。父が来た。

 私の腕を掴む。私は悲鳴をあげる。

 痛い痛い離せ離せ離せ離せ離せ離せ。




 大きな足音。遠ざかる。

 何かを叩く音。ガラスが割れる音。


 自業自得だろと叫ぶ声。

 私の居場所は、どこにもない。




 朝起きる。母が来る。

 今日も叫ぶ。学校に行け。学校に行け。


 夜になる。また母が来る。

 私は叫び返す。うるさい。うるさい。うるさい。




 また朝になる。母が来る。

 夜になる。何度も何度も何度も。


 母が叫ぶ。私も叫ぶ。

 動物みたいに、ぎゃんぎゃん叫ぶ。




 また、朝になった。

 母が来ない。誰も来ない。


 夜になった。

 私は一人。ずっと一人。




 ドアが開いた。

 ビクリと身体が震える。


 寒い。怖い。

 何もされてないのに、痛い。


「……?」


 クローゼットの外。

 ことん、と音がした。


 ドアが閉まる。暗くなる。

 私はそっと、クローゼットを出る。


「……」


 机の上に料理があった。

 不格好だけど、温かそう。


 お腹が空いた。

 だから、むしゃむしゃ食べた。


「……う、ぁ」


 どうしてか涙が出た。

 その料理の味は、ずっとずっと記憶に残っている。


 


 朝が来た。誰も来ない。

 こっそりとクローゼットを出る。


 机の上に、パソコンがあった。

 使い方は知らない。だけど、なんとなく、惹かれた。


 私の居場所が、そこにあった。




 朝が来た。誰も来ない。

 私はパソコンをカタカタする。


 夜が来る。足音がした。

 直ぐにドアが閉じて、静かになる。


 クローゼットを出る。

 机の上に、料理があった。




 朝が来た。夜が来た。

 何日経った? 分からない。


 最近、料理が来ない。

 だからお腹が空く。私は深夜に部屋を出て、ゴキブリみたいに冷蔵庫を漁った。




 朝が来た。夜になる。

 ただそれだけの日々が繰り返される。


 何も無い日々。

 同じことを繰り返す日々。


 私は生きてるの?

 それとも死んでるの?


 分からない。

 何も分からない。


 ただただ繰り返される。

 まるで時が止まった世界で、自分だけが動いてるみたいに。




 朝が来た。夜になった。

 朝が来た。夜になった。

 朝が来た。夜になった。

 朝が来た。夜になった。

 朝が来た。夜になった。

 朝が来た。夜になった。

 朝が来た。夜になった。

 朝が来た。夜になった。

 朝が来た。夜になった。

 朝が来た。夜になった。

 



 車に乗った。

 あれは、誰だっけ。


 分かんない。

 でも、怖くない。


 なんでだろ。

 分かんない。


 お引越しをした。

 新しい部屋は、広かった。


 朝が来た。

 夜になった。


 部屋を抜け出す。

 机の上に、料理があった。


 食べる。思い出す。

 私はこの味を知っている。


 人の気配。振り返る。

 たった一人の味方が、そこに居た。

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