Scene-03 ザ・リビングデイライツ

 そっけない従業員通路へ飛び込んだ。

 地下駐車場へ続く階段を駆け下り、コの字の踊り場を抜けた瞬間だった。


「ひえっ!?」


 一気に気温が下がった。

 冷気……いや、水気!?

 階段一歩ごとに、空気が湿気でずっしりと重くなっていく。

 針で突けばパチンと破れそうだ。


 とっさに楽器ケースから銃と剣を引っ張り出す。

 ウェブリー・リボルバーは対人戦を考えて先頭二発に通常弾、残り四発は神話弾を入れてある。剣は魔剣プラトーだ。

 地下へ到達する寸前、叫び声が響いた。


「清華!?」

「お兄様!」


 続いて、ざざーんという大波が砕けたような轟音。

 これは……不味いかっ!

 そのまま地下駐車場へ飛び込んだ。


 令和よりずっと暗い駐車場は車も疎らで、中は冷たい湿気が充満していた。

 ヤマダは駐車場の中央で不動。

 天井からは水滴が垂れおち、地面には水たまりが広がっている。

 景貴、清華、井手上さん、ニュートは……いない!?


「ピアノ弾きか。どうした、地下に何か用かね?」


 銃と剣を睨み、悪党面を深めたヤマダがインパネスコートをバサリと脱ぎ捨てる。

 両手はだらりと垂らして自然体。


「――ちょっと待て!」


 一度通路に引っ込むと、現在から過去をザーっと流し見る。《幻視》!

 えーと……うお!

 ゆ、床のコンクリートが液体化してる!?

 それが海みたいに大波を立て、景貴、清華、井手上さんにニュートを飲み込んだのか。

 錬金術的な元素変性か、あるいは異界化か……やるな、ヤマダ!

 だけどそうなる前、隠れていた清華のレッドナインに撃たれて腰を抜かしたのは恰好悪いぞ。


 それはそれとして《幻視》に意識をガン集中!

 ぐぎぎぎ……

 もうちょっと、もう少し……きっとあとほんの少し……よしっ!

 

 安堵の溜息をつくと、再び地下駐車場へ入った。

 さっきと同じく床はビショビショで、そこに立ち尽くすヤマダ――あ、困惑顔から悪役顔に慌てて戻した。

 戻す必要あったんだろうか?


「おほん! お前、あのとき枢戸村にいた女だな?」

「……」


 自分の身体をチラと見下ろす。

 女じゃないんだけど、いい加減もう面倒くさいので否定、肯定どちらもせず、代わりに質問へ質問で返した。


「お前たちは何を企んでいる?」

「くく、さあて?」


 ヤマダさんが一歩前へ出た。

 帽子を取って、いまさら挨拶。


「礼儀として名乗る。ダゴン秘密教団の四銃士が一、《ジ・アビス》」

「ぷっ!?」


 唾を吹き出した。

 とっさにヤマダ――じゃなくて、アビスさんから顔を逸らす。

 いきなり変な名前を名乗るとか!


「な、何がおかしい」

「カルネは本名を名乗ったけど、なんで貴方はそんな変な名前を?」

「な……磐司ばんじの奴、シークレットネームを名乗るのが魔術師としての流儀だというのに!」


 え――あ! ごめん、いま嘘ついた!!

 なんだ、カルネレイジって中二ネームだったのか。名前では調査に引っかからない筈だ。

 ナントカのバンジさんね。おけ。

 それはそれとして、ヤマ……じゃない、アビスさんにも一応フォローは入れておこう。


「貴方のもステキな名前だと思いますよ。教団員同士で年賀状を出すときもその名前で出しているのですか?」

「やかましい!」


 ぼこり――

 床の水たまりから、大量の水が吹き上がってくる。

 知らなければ水道管が壊れたかと思っただろう。

 硬いはずのコンクリートが、みるみる真っ黒な水に変わっていく!


「かかか! 銃や剣ではオレの《魔海》を倒すことはできん。水に穴は開かず、切れもしない!」


 なんか中二っぽいワードをはきつつ、ヤ――アビスの影が深くなる。

 深淵アビスで淡い光が瞬き始めた。

 深海魚みたいに緑がかった光が、底でゆらゆらと揺れる。

 何かいるの!?

 同時にコンクリの海がざざと大波を立て、こっちに襲いかかってきた。


「このっ!」


 右手のプラトーを一閃!

 襲いかかってくる津波の先端を切り裂き、開いたV字の隙間から左手のウェブリー・リボルバー・マークⅥを撃つ!

 銃口の先にはヤマダ――じゃなくてアビスの顔!


「う!?」


 足元のコンクリがぐにゃりとたわみ、身体がガクリと沈み込む。

 それで必殺の一発を外した!

 砕けて落ちてきた津波越しに、フォルムの歪んだヤマダの嗤い顔が拡大される。

 か、身体が沈む!


 背筋に冷たい電撃が駆け上がった――その瞬間だった。

 巨大な塊が魔海の底からグネリと起き上がり、丘のように盛り上がる。

 そして水の塊が砕けた。


「ぷはっ!」


 誰かが大きく息を吐き出す。

 ああ、井手上さんか!

 びしょ濡れのハイカラさんが天井付近まで飛び上がる。

 その両手には景貴と清華がガッチリ掴まっていた。

 清華の胸にはニュートもいる!


『よくやった井手上、スペル破りアジュアリート成功だ!』

「ぷは……瑛音さま!」


 三人と一匹は、そこだけディスク状にコンクリへ戻った床に落ちる。

 ニュートがこっちにアイコンタクトを飛ばす。

 パチ、こっちもパチ。

 皆には僕が来ていることをちゃんと伝えていた。

 《幻視》をされた人間は視られていることに気付くことがあるけど、これは敵対者だけじゃない。当然、味方にも気付かせることができる。

 今回は景貴、清華に、井手上さんとニュートの全員が気付いてくれたようだ。

 

 即座、清華がレッドナインの射撃準備に入る。

 軍用だから泥水に浸かった状態でも撃てはするけど、油混じりの熱湯が飛び散ったりすることがある。それを嫌ったようだ。

 景貴がその前で盾になり、ヤマダ――じゃなくて! えーと……いけね、名前が出てこない!

 ええと――アマダ? 違う!

 とにかくヤマダに投げナイフを放つ。

 タイミングを合わせ、こっちもウェブリー・リボルバー・マークⅥを放つ。

 二発!


「猪口才な!」


 ヤマダ――じゃなくて!

 ええい、世の中のヤマダさんに大変申し訳ないからもう一つの方で呼びたいんだけど!

 とにかくヤマダが再びコンクリを海みたいに変え、水柱でナイフと銃弾を弾く。

 ただし防げたのは、景貴のナイフと一発目の通常弾までだ。

 ウェブリーの二発目を飲み込んだ水柱の真ん中で、翠の閃光が走った。鋭い破裂音とともに飛沫が四方へ飛ぶ!

 距離と位置的にヤマダがモロに被った。


「うわああああ!」


 ヤマダは飛沫がかかった顔の半分を押さえてのたうち回る。

 翠の飛沫は、神話弾のだ。

 残弾は三発!

 顔を押さえてのたうち回り始めたヤマダの背に、九ミリルガー弾の雨が降る。清華のレッドナインか。

 だが水の塊が再び銃弾を弾いた。

 もっとも、爆発を恐れて凄い狼狽えているけど。


「こ、このガキども……オレを誰だか知っての狼藉か!?」

「――すいません、さっき名乗って貰ったのに申し訳ないのですけど! 新規が増えたのでもう一回名乗って貰ってよろしいでしょうか!!」

「え……?」


 忘れたら聞く!

 あと、これから撃ち殺すかも知れない相手にもちゃんと敬語を使う。

 我ながら大変よい態度、グッド。

 景貴と清華が鋭く目を細めた。


「その人の名前……ヤマダさんですよね?」


 ヤマダではないとしたら別人を襲った可能性が出てくるからだろうけど、ちょっと目が険しい。

 でも様になってる険しさというか。

 

「ヤマダは本名。ダゴン秘密教団にはシークレットネームみたいのがあるんだってさ。魔術師ならばそういう名前を名乗るべきって、さっき本人がそう言った」

「い、いや……そう、だけど」


 そうですよね? って感じで見つめてやると、火傷跡を押さえたヤマダさんが下を向きながら頷く。

 本当にそんな作法があるのかは知らないけど……というか、ニュートの表情からして無いとは思うけど、でも名乗ったしな。

 もう一回名乗って貰うのもいいだろう。

 魔術でテンパったままの井手上さんが落ち着く時間も欲しいしね!

 ヤマダも火傷のダメージで肌が真っ赤になり始めてるから少し時間欲しいだろうし、バーターだ。


「ああ、そういえば返礼で名乗れずに申し訳ない。僕は本名しか持ってなくて、後で考えておきます。どうぞ、お先に名乗りあげを」

「ダ、ダゴン秘密教団……四銃士が一、ザ・アビス」


 それだ!

 アビス……アビス、あと『ザ』じゃなくて『ジ』じゃなかったっけ?

 ザ・アビスも言い間違いに気付いたようで、羞恥で紅くなっている。

 ゴホンと咳払いすると、話題を逸らそうとし始めた。


「と、とにかく……お前たちは、全員この場で殺す!」


 ザ・アビスの足元がぐにゃりと歪み、再び水となった。

 そのまま水中に没する。

 ザ・アビスが何を企んでいるか、すぐに気付いた。


「ザ・アビスがセンプクしたよ、裏取りに気をつけて!」

「??」

『瑛音、オレは分かるが他の面子に分かるように言い換えてくれ』

「ええと……アビスさん、地面の中に水みたいに潜れる!」

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