Scene-02 ライブ・アンド・レットダイ

 日比谷三角。

 その名の通り、日比谷の中心的ランドマークになる。

 アクセスは幾つか。

 車、電車、路面電車トラムかな。あと都営バス?


 ヤマダ=タケオさんはトラムを使ってきた。

 ご実家のお屋敷は牛込区――令和では新宿区の一角なので、まあ普通かな。

 格好はスーツにインパネス、カンカン帽にレザートランクと、よくある旅行者スタイル。

 日比谷三角へ入るとラヴォアールへ直行した。

 どうやら寄り道はお嫌いらしい。ふむ?

 ヤマダさんがラヴォアールの扉に手を掛けた瞬間、背後を振り返った。


「……」


 

 そんな顔で、警戒しながら中へ入る。

 あれだけ《幻視》しまくれば当然だけどね……!


 

「気付いたみたい」


 日比谷三角の一階にある、古い映画のセットみたいなアパレルショップからひょこりと顔を覗かせる。

 後ろにはスーツの景貴、ゴシックドレスの清華に、ハイカラさんな井手上さん。

 あと僕のフードのところにニュートもいる。

 ヤマダさんなら躊躇するようなお店だけど、伯爵家ご令孫の双子はごく自然に馴染んでいるとも!

 井手上さんは借りてきた猫だけど。

 僕は……少なくとも、店員さんは目を合わせてこない。

 日本語を喋ると思われてない可能性もある。

 時々忘れるけど、僕の見た目は完全に外国人なんだよね……この身体、アメリカ製だし。

 そんなことを考えていると、猫脚で後ろ頭をぺしっとされた。


『計画を確認するぞ、瑛音』

「――ヤマダさんを地下駐車場へおびき出す。《幻視》に気付かせたから、誘導は容易いと思う」

「清華誘拐の黒幕です、絶対に許しません!」

「お言いつけ通り地下駐車場の人避けは済んでいます、瑛音さま」


 景貴、清華が鼻息荒く詰め寄ってきた。

 二人とも鉄と火薬の匂いがしてきそうなレザーバッグを持っている。

 

「なら手筈通り、僕がステージからヤマダさんを釣る。景貴と清華は先に行って待ち伏せを。井手上さんは僕らの後から付いてきて」

「瑛音さま、景貴さま、清華さま、《レテの書》には《退却の嘆願アジュアリート》と《幻妖光アゴニムス・レイ》を書き込んであります。いざとなれば私が!」


 ハイカラさんの井手上さんが、袂から肉球マークのついた木製ケースを取り出した。

 中には黒革の手帳が収められている。

 ――いや、それよりも!

 

「いまのスペル名だよね、すごく格好いい!」

『ウルタールの魔女が使う古い呪文を現代語訳したものだ。二発くらいなら、井手上でも十分耐えられる』

「僕も何か必殺技的なのが欲しいかも……」

『名付けて叫べばいいだろう、折角を授かったのだから』

 

 ニュートがニヤリ。

 うーん、名前かー、名前ね……考え込みつつ、皆と別れる。景貴と清華は地下駐車場へ、井手上さんと僕は従業員通路へ――



 

 ラヴォアールの裏手から入ると、井手上さんは給仕のエプロンを付けてホールへ入った。


「では、お先に行かせて頂きます」

「気をつけてね、井手上さん」

 

 僕は控え室に入って、速攻で着替える。

 髪型も少し変えて、ステージ衣装もいつもより大人っぽく背中が大胆に開いたのにする。

 手にはプラトーと銃を入れた楽器ケースを持った。


「身だしなみはコレでだいじょぶ?」

『うむ、よし』


 ラヴォアールにそーっと入る。

 英仏の様式を両方取り込んだ店内に、客の入りはぽつぽつ。

 今日はステージには立たず、従業員入口に近いミニピアノへ座った。

 ニュートはピアノの上に隠れる。


『オレはここで見張っておこう』

「よろ!」


 さって、チート能力の発動と行きますか!

 ツァンの音感とホムンクルスのボディにアセットされた能力を使えば、楽器演奏なんて容易い。

 いつものように自己紹介とか一切せず、生演奏を始めた。

 何かのゲームで使われてた、詐欺師エンターティナーのテーマをピアノソロで。

 曲名とか詳細は知らないけどね。

 ヤマダさんはピアノ演奏なんて気にも止めていない。

 仮に気付いても、衆人環視の元で演奏者に手は出せないだろうけどね!


 そのヤマダさん、今日の訪問目的は――おそらく噂の調査だ。

 魔術結社の!

 これから、ここの常連にでもなるつもりかも知れない。

 そうやって何らかの陰謀を張り巡らせ、タイミングをみて前回の《枢戸くるると村》みたいに《神話事件》を起こすつもりなんだろう。

 くく……でも無駄だ、その企みは始まる前に終わっている!

 チート能力者を舐めんな。


『瑛音、ヤマダが店内を見回し始めてる。気をつけろ』

「りょ……」

 

 ヤマダさんは噂に流れてる結社メンバーと、さっき《幻視》で感知した目線の主を探しているようだ。

 入口側から初めてくるりと店内を巡り、そして一点で目を留めた――って、あれ?


「ご注文はお決まりでしょうか」


 着物に割烹着の井手上さんが伝票片手に近づき、ヤマダさんの目線がそっちに移った。

 ああ、そりゃそっか。

 オーダー取りに来たら当然そっちとメニューを見るよね……

 指さしたメニューの位置からして、おそらくビールとアイリッシュシチューを注文したようだ。

 アイリッシュシチューは肉じゃがの先祖だ。

 ちなみにラヴォアールのは意外と美味しい……のは、いいとして!


 一礼した井手上さんが下がる。

 ヤマダさんは再び視線の主を探そうと……しない? え?

 目線は井手上さんの背……じゃないな、お尻のあたりから離れない。

 おーまーえーはー!


 とか考えてるうちに曲が終わった。ええい、次!

 でも大正向けのレパートリーは少ないんだよな……まあ、古いアニメのエンディングでいいか。

 確かジャズのスタンダードナンバーだった筈だし。

 様子を伺いつつ弾き始めると、ピアノの上に隠れていたニュートがちょこりと顔を出す。


『瑛音……』

「ほへ?」

『フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーンは良い曲だと思うが、初演奏は二十年後だぞ』

「!?」


 乱れる寸前で堪えた。

 不味い、どっかの誰かが「未来のサウンドだぜ!」ってリアクションしたら、イース人から何を言われるか。

 

『他に何が弾ける?』

「えーと……スマホの目覚ましアラームのやつ」

『ビル・エヴァンスのウェイクアップだったら、初演奏は四十年後だ』

「ぐぐ、なら何か……」

最初の奴ジ・エンターティナーが弾けるならジョブリン行けるな? メイプルリーフ・ラグでも引いとけ』

「ニュート、ジョブリンって誰?」


 最初に弾いていた曲は、ゲームのを耳コピしただけだってば!

 前世で音楽が得意ってワケでもなかったし。

 てゆーか、某アニメのエンディングのも終わる。不味い!


「古いの。古くてピアノソロがある……ええい、ならこれ!」

『――おま、それネズミーの曲だぞ!? 挙げ句にそれも昭和だ!』


 きゃー!

 ヤマダー、悠長に運ばれたビールを呑んでるんじゃないー

 早くアクションおこせー!

 ぐがががが、井手上さんも給仕を終えたのに何を話し込んでるの!?


『瑛音、クラッシックにしろ。あれなら大抵は中世とかだ』

「りょ!」


 ネズミーの曲をフェードアウトさせ、なんかそれっぽい間を開けた後で次の曲。

 これも曲名は知らないけど、運動会でかかるアレだ。

 ニュートが目を丸くした。


『オッフェンバックの天国と地獄ぅ!? おま、どうしてそんなアップテンポの曲を選ぶのだ!』

「そんなことを言われても!」


 涼しい顔を維持しつつ、ニュートと切羽詰まったヒソヒソ話を続ける。

 お客さんは皆、ポカーン。

 ぐぐ、これ終わったら一度引っ込むか……いや、駄目か。僕が先に行かないと!

 さっさと釣られろー、ヤマダー!

 

『瑛音、待て。井手上の様子がおかしい』

「へ?」


 見ると、井手上さんがヤマダに捕まってる。

 ヤマダはすごい悪役顔で何かブツブツと呟き、デカい態度で大物ムーブを決め込んでいる。井手上さんは顔が引きつって……ん? んん?


『もしや井手上を瑛音と勘違いしたか』

「みたいだけど、そんなに似てる?」

『奴は前回の事件であそこにいたのだ、井手上の魔術を見ていた可能性はある。ついでに、瑛音の力は見ても分からん』


 あー、確かに。

 井手上さんはどうしたらいいでしょうか! って感じの目でチラチラこっちを見る。

 かなーりテンパってるようで、顔色は赤と青を行ったり来たり。

 聞こえないけど、悪役顔したヤマダに大分ヤバいことを言われてるようだ。


「井手上さん、そのまま地下駐車場に行って……駐車場……駄目かー、アイコンタクトが通じない」

『あそこまでテンパってたら、そりゃな』

「ニュート、井手上さんを逃がしてきて」

『承知した』


 ニュートを見送りつつ、次の!

 今度は大分落ち着いた曲だ。

 アニメ最終回で流れたっていうボートの曲だったような気がする。知らんけど。

 でも大正のカフェには合いそう。

 幸いというか曲を知ってるお客さんも多いらしく、皆が安心して聞き惚れてくれている。

 良かった……って、良くない。

 ピアノ演奏はどーでもいいんだってば!

 やがて井手上さんが身体中を三角とか四角にしつつ、ギクシャクと――ニュートを抱き上げた。ナイスキャット!


「ね、ねこチャンデスネー、外にヒャナシてきマスー」


 なんか日本語じゃなくなってるな。

 井手上さんがニュートを抱き上げると、ガッチガチになりながらピアノの横を通って従業員通路へ入っていった。

 ふう……何となった。

 しばらくして、ヤマダも立ち上がって井手上さんの後を……とと、こっちに来た。

 演奏に集中していると、声をかけられた。

 

「次、何か流行りの曲を弾いてくれ」

「……」


 はあ!?

 流行りって……大正十三年の流行りなんて知るわけないだろー!

 ヤマダは物理投げ銭をピアノの上に置き、ニコニコ。

 ああ、従業員通路へ勝手に入るのが不味いから、誤魔化すために僕へ声をかけたんだ!

 なら急いで弾かないと不味い。

 仕方がない、最初の曲でも弾いて――


「さっきのカンカンのがいいぞ、さあさあ、頼むよ」

「……」


 鍵盤に触れる寸前で指が固まった。

 カ、カンカン!?

 何だそれ。

 断りたかったけど、投げ銭を置いた相手をキックするのも気が引けるし……

 ぐぐ、令和人の習性が。

 ええい、せめてもうちょっとヒントを!


 ギリギリとした祈りは……どうにか通じたらしい。

 丸眼鏡の奥にある細い目を緩め、ヤマダが懐かしそうに呟き始めた。


「――帝劇より浅草のが好みであったよ。場の雰囲気が良い。年若いようだが、お前も観に行ったのだろう? 天国と地獄を」


 てんごく……あ、運動会の曲か!

 昔を思い浮かべるように目を細めつつ呟いたヤマダさんには返事をせず、天国と地獄の軽快なメロディで返事を流す。

 背中からはさっさと行けオーラを放射。

 作戦では僕が先頭だったけど、ニュートが行ったならうまく調整――駄目だ、誰もニュートの言葉が分からない!

 ええい、なら……あれ? ヤマダ……ドコ行きやがりましたか。

 

 しまったーーー!

 

 おま、行くならそう言え……いや、言わなくていいけども!

 曲を猫踏んじゃったの最後、で締めると、楽器ケースをむんずと掴んでダッシュで従業員通路へ飛び込んだ。

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