Scene-04 汐ぎり

「昨日から準備していた通りに行くよ! 景貴、まずは例の物を」

「はい!」


 景貴が背嚢の中から、ロープの先端に布で丸めた重りを付けた物を取り出した。

 いわゆるスリング。

 布の中には重りと一緒に――


 気付いた清華が、景貴から渡された点火器ライターに火を付けた。


「よろしいです、お兄さま!」

「いいぞ!」


 合図とともに景貴がグルグルとロープでスリングを回す。

 ロープを付けたのは遠心力を加えて飛距離を稼ぐためと――ポーンと飛んだスリングは派手に飛び、教会を囲む木の一本に引っかかった。


 高さは空中三メートルくらいか。

 届かなくもないだろうけど、イプティックたちは無視。

 景貴が次のを用意する。


「あれでよろしいでしょうか、瑛音さま!」


 その瞬間、イプティックの頭上で爆発が起こった。

 発破一本だから威力は大したことないけど、音と衝撃はイプティックを打ち倒すに十分!

 屋根の上にも爆破の衝撃が響いてきた。


『うむ、やはりホドホドの高さで爆発させるのがよいな』

「景貴、清華、そのまま続けて道を切り開いて!」

「はい!」


 木があるところには引っかけ、そうでないところは普通に投げた。たまにフェイントで錘だけの物を混ぜる。

 僕もウェブリー・リボルバーで狂信者たちを牽制していく。

 景貴と清華がスリング爆弾を使い切った頃には、群集の中にぽっかり道が空いていた。


 双子は屋根を降りると、離れの小屋に飛び込んだ。

 元はこの教会の石炭貯蔵庫だろう。

 屋敷に比例して大きくはあるけど、母屋とは繋がっていないうえに立て籠もる役には立たないほどの安普請。

 だからイプティックには無視されている。

 それにも関わらず、スライディングした景貴は小屋の屋根に飛び移った。清華を受け止めた後、屋根の窓を蹴破って中に飛び込む。


 僕も後を追う。

 イプティックたちはこっちの動きを見て、包囲の対象を屋敷から小屋に変えた。


「瑛音さま!」


 母屋はまだいいが小屋は造りも雑で隙間だらけだ。

 崩壊の度合いも早く、壁の隙間越しに大量の狂信者たちが覗く。

 どこにも逃げ場はなく、もはや袋の鼠――そう思ったかどうか、次の瞬間エンジン音が響いた。


「いくっ!」


 一面に立ちこめた煙と埃をブチ抜き、小さな車が飛び出した。

 僕が運転するオースチン7だ。


「清華、景貴、突破する!」

「はい!」


 三人と一匹を乗せ、オースチン7のアクセル全開!

 後部座席で待機していた清華が起き上がると、まだ集まろうとしたイプティックたちへモーゼル・レッドナインを叩き込んだ。

 助手席の景貴が、火を付けた発破を後ろへ放り投げる。

 バトンみたいのが転がり、ワンテンポおいて爆発が起こった。誰にも当たらなかったようだが、それでも怯ませる役には立っただろう。

 どこかで馬の怯えきった嘶きも響く。


 セブンは人気の絶えた集落の真ん中を走り抜け、丘陵地帯に開けられた小さなトンネルへ向かう。

 入口にはイプティックが数名いた。

 どうやらバリケードでも作ろうとしていたらしく、木切れや木槌を持っている。

 だけど僕らの方がずっと早い。

 バリケード構築を諦めたイプティックたちは、スクラムを組んで飛び出してきた。


「瑛音さま、武器はさっきので最後です!」

「景貴、じゃあこれ」


 ホルスターからウェブリー・リボルバー・マークⅥを渡す。

 受け取った景貴と、リロードを終えた清華が銃を連射し、イプティックたちを蹴散らす。


「飛び込むよー!」


 無理やりトンネルに突入する。

 中は人力らしいレンガ造り。天井は低く幅も狭いけど、オースチン7なら問題なく通れる。

 見る限り、障害となる物は何もない――


『瑛音、何もないのも気になる。注意しろ』

「りょ!」


 セブンでトンネルへ突っ込む。

 暗さに慣れない視界が一瞬だけ真っ黒になり、輪みたいな中を通り過ぎる。

 ゾワリ!

 背筋に冷たい電撃がはしった。

 後ろに跳ねたフードにいるニュートの毛も逆立ってる。


『瑛音、これは神話だ!』


 まるで何十ものカドがぐるりと重なるように目の前が歪み――気付くと、トンネルがどこまでも続いていた。

 セブンで走りながら奥を見透かそうとするけど、真っ黒い点があるだけだ。

 景貴と清華はシートへ折り重なるように倒れ、意識を失っている。


『カドに、凄まじい瘴気……これは、ザーツ・ツァルムの《宮殿》か!?』

「またかー」


 遠くの方から太鼓を打ち鳴らすような音が聞こえてきた。

 ざざ……ざざ、と波音も響き、トンネルの奥から強い磯の臭いが漂ってくる。

 やがてトンネルの奥に真っ黒なシルエットがゆらりと現れた。

 肩から乗り出したニュートが目を細める。


『瑛音、正面に誰かいるぞ』

「この迷宮の主かな」

「現世の名利に狂う小娘が……」


 前方に居るシルエットの手で抜き身の日本刀が怪しく光る。

 濡れ鴉みたいな黒ずくめの……詰め襟?

 高校生かと思ったけど、大正時代は大学生でも学生服を着るんだっけ。なら、もうちょっと年上かも知れない。

 顔には金属製のマスクを付けていた。

 あれ何て言ったっけな。あれだ、えーと……あの、ほら!


「ニュート、あのマスクだけど」

『――瑛音、奴を轢き殺す気でいいのか?』

「うん」


 アクセルぐいーん。


「はあああああ!?」


 男がカエルみたいにぴょーんと飛び上がった。

 やるねー

 そのまま低い天井に張り付いたので、真下ギリギリをオースチン7で通りすぎる。


 ちっ。


 果てがなさそうなので、適当な場所でオースチン7を停めた。

 降りて車の横で待つ。

 男も、ずっと先でペチャっという感じで落ちてきた。


 さかさか埃を払い、何度も咳き込む。

 物凄く怒ってるみたいだな。


『瑛音……オペラ座の怪人』

「あ、それ!」


 合点!

 そーだ、それだと納得しつつ、気絶している景貴の手からウェブリー・リボルバー・マークⅥを引っこ抜いて撃つ。二発。


「――おごっ!?」


 ガキン! ガキッ!

 居合いみたいな振り抜きに、火花二つに連続した金属音が重なる。

 最後に刀が途中からへし折れた。


「お、お前、いきなり何を……!?」

「戦うつもりだったから、《宮殿》に呼んだんじゃないの?」


 冷静に返答されて青年は動揺した。

 僕がパニクらないから焦ってる?

 ははーん、神話使い同士で戦ったことがないな、こいつ。


『二発とも刀で防いだとは、何か旧支配者の《力》を使っているようだ』

「ザーツ・ツァルムじゃないの?」

『《接触》先が一つとは限らん。複数の旧支配者と《接触》できることが我ら地球種のアドバンテージであり、ビハインドだ』


 チラっと双子を見つつ、リロード。

 弾はこれが最後だ。

 清華の手にも銃があるけど、そっちは口径が違うから弾を融通して貰うことは出来ない。


「まあ……いいか。ちなみに僕も複数接触できるの?」

『《混沌》の旧支配者と接触すればいい。ただし、イース人との理想的な接触状態を保てなくなるが』

「《時》の力を失うのは絶対嫌だ! りょーかい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る