Scene-02 汐がかり

「清華が学校へ来てない?」

「友達と一緒に行くといって送迎の車から降りたところまでは確認できてますが、そこからプッツリと行方が……!」


 チラと時計を見る。

 登校中に行方知れずになったなら、失踪して一時間ってところか。

 景貴が大げさだとは言い切れなかった。

 僕や結社に絡んでいるなら神話事件もあるだろうし、普通の営利誘拐だってある。大正にもロリコンだっているしね。


 焦りまくった景貴だったけど、僕の着替えは手伝ってくれた。

 でもその手は小さく震えていて、綺麗な目にはじんわり涙で滲み……うん、いいお兄ちゃんだな。

 ただ全身から立ち上る火薬の匂いは頂けない。

 こいつ、どっかから持てる限りの武器弾薬その他を持ってきたな?


「実家には伝えてる?」

「はい! 僕から藻伝えましたし、運転手も報告を上げている筈です」

「なら警備の人たちも動くだろうけど……念のためだ、僕らも行こうか」


 白いフード付きマントを羽織ると、景貴がニュートをフードに運んでくれる。

 僕はスィートとオースチン7の鍵を取った。


「瑛音さま……清華の居場所をどうお探しになりますか」

「景貴、僕の目は何を見通す?」


 振り返ってちょいちょいと、自分の目を指す。

 真っ正面にいる景貴の目に、パアっと理解の光りが灯った。

 でもすぐ不安で翳る。


「あの……僕らのために《力》を使うのはよろしいのですか……?」

『さっきも言ったが、別にルールとかはない』

「大丈夫。それに清華は僕にとっても大事な人だしね?」

「え、瑛音さま!」


 ひしっ!

 抱きついて離れない景貴を引きずりながら、地下駐車場へ続くエレベーターへ乗り込む。

 前回の怪我がまだ完治してないので、ちょっと痛いけど……ま、普通の誘拐なら問題はないだろう。うん。


 もし普通のと違ったら、に考えればいい――






「うーん……?」


 神奈川に入って、しばらく走った――

 僕と景貴は村ごと隠れんぼでもしてるのかというくらい、やったら辺鄙な村に来ていた。

 山が海ギリまで迫ってる地形。

 ニュートが半欠けの道祖神から読み取った名前は、柩戸くるるとだ。


 既に日は陰っている。

 幻視しながら停まりつつ来たから、時間かかったんだよね。

 ちょっと嫌な予感がしたので、オースチン7は村の端っこにあった山間の廃教会の納屋に隠した。


 そのまま景貴と一緒に屋根へ登って、さっきから村を見張っている。

 そうやって死にかけの漁村を見下ろしつつ――僕は、必死に考えていた。


「瑛音さま、清華はこの村にいるのでしょうか……?」

「――ちょっと待って。だから考えてる」

「?」


 景貴が焦りまくっているけれども!

 改めて村を見下ろした。

 山海の境に僅かばかりある平地には、木造の家々がみっちりと寄り添って建てられている。


 家屋は江戸時代と開国第一期のものが混在しているようだ。

 開国直後くらいの家屋だけが立派なので、村は明治の始めに急激に栄え、近代で没落したのだろう。

 まだ高い日の下、小さな村は蛇の死骸みたいに見える。


 村に入るためには、人力で掘ったような煉瓦製の小さなトンネルを通らなければならない。

 あそこを封鎖されると、ちょっと辛そう……なんてマトモなことも考えつつ溜息。

 横ではテンパった景貴が泣きそうになっている。


「瑛音さま……!」

「状況を説明すると、清華はここの一番大きな屋敷に連れこま――待て待て」


 屋根から突撃しようとする景貴を押さえる。

 鞄が重いな!


「この村、何か変なんだよ。清華の誘拐は村ぐるみっぽいし、あと何て言うか……」

「村全部が敵なのですか!?」

「うーん……ううん。ニュートさー?」

『どうした』

「魚とか海に関係した《旧支配者》っている?」

『……くわしく』


 景貴の手帳と万年筆を拝借し――って、これ《レテの書》だ!?

 ありったけを持ってきたと言ってたけど、これもその一つか。


 これは井手上さんの脳味噌を取り出したような代物なんで、流石にラクガキは不味いな。

 仕方がなく屋根に指で簡単な絵を描く……下手? 悪かったな!


 書いたのを簡単に説明すると――顔族だ。


 顔は縦より横が長く、額の形状は上下が狭くて幅が広い。

 首は短くて、肩にめり込んでる。

 それなのに目はぎょろりと大きくて形状も丸すぎる。瞼閉じるの、これ?


 顎も張っていて、口の端がブーメランみたいに下側へ歪んでいる。

 あと、やったら皺が多い。

 一人だけならともかく、中年以上の村人全員がそんな感じの特徴を持っていた。


『……』


 ニュートが絵を見てから僕を見て、もう一度絵を見た。

 ずっとイカ耳。

 あら珍しい、尻尾もふわっと膨らんでる。


『こやつらは……おそらく、イプの住人イプティックだ。《旧支配者》の神性に侵されて生まれた突然変異の血族。神性の主人は――クトゥルフと言われる』


 帰ろう、という言葉を飲み込む。

 遂に来たかー!


『だが……この村からは旧支配者との接触者たる魔術師がいるような気配はせんな。旧支配者とのつながりは既に切れているのかも知れん』

「それで、せめて突然変異を増やそうと……でも神性がないなら、数代で元の人間に戻るんじゃ?」


 《神性》の侵食は単なる副作用だから、旧支配者と接触できないなら消えていくだけだ。

 先祖返りはあり得るかもだけど単発だろう。


『連中がそれに気付くのは次か、その次の世代だろうな』


 やれやれ。


「景貴、ニュート、作戦を練ろう。僕らの持ってる武器と装備と智慧と勇気を総動員だ!」

「はい、瑛音さま」

『うむ、仕方あるまい』


 景貴は武器弾薬がどっちゃり入った鞄を取り出す。こーいつー

 僕は『レテの書』を手に取った。


「気が引けるけど……ご免なさい!」


 さらさら……






 明け方――村長の屋敷が火球で真っ二つになった。


「瑛音さま、助けに来てくれると信じておりました! お兄さまも!」

「清華、いいから走れ!」

「景貴、持ってきた火薬は使ってない筈なのに、この爆発は何を――っと、こっち!!」


 離れの土蔵で清華はかなり危機一髪の状況だった。

 まあ、エロ男たちい囲まれ――

 そこを僕の銃と景貴の爆弾で助け、あらかじめ探っておいた要所を爆破し、そして煙に紛れて最短コース――を、さらにショートカット!

 ちょ、ちょっと焦げたかもだけど……お陰で、右往左往する平たすぎる顔族には誰にも会わずに済んだ。


「ええと、この屋敷にも大量にあったので……つい」

「無茶にも程が!」

『無茶はお前もだ、瑛音! たまたま上手く行ったからよかったようなものを、脳筋にも程が……あ、さては!?』

「あははは、これだよー」

『おまっ、猟犬に見つかればただではすまんというのに!!』


 タシタシタシとニュートの前脚で後頭部を叩かれつつ、僕らはひとかたまりになって全速で逃げる。

 祭壇の間みたいのとか、司祭の間みたいなところを滅茶苦茶に引っ繰り返したりしつつ、全力!

 騒ぎは村中に広がりつつあった――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る