Scene-08 フェイタルプロトコル

「……っ!」


 喉に魔力を集中させながら、息を思い切り吸い込む。

 ぐ……喉が熱いっ!

 肺腑と吐息に魔力が暴風みたいに渦巻き――ぐぐぐ、いけぇー!


 声は出なかった。

 代わりに、音から昇華させた魔力の奔流が放たれる。


「ひょーほほほほ……ほおおおっ!?」


 天地ひっくり返りの間抜けな仮面の奥から、激しい動揺が伝わってくる。

 僕の放った声が、カースティアズの集中を完全に奪っていた。

 奴の手のスパイクが倉庫の床を引っかけ、その勢いで全身がタイヤみたいに高速回転を始め、勢いよく壁に激突した。

 分厚い木の壁をへし折り、服とかを瓦礫や折れた柱に引っ掻き取られつつ、カースティアズが雨の中へ飛び出していく。


『やったぞ、瑛音! よくあの一瞬で《ツァン》の声に気付いた……おい、どうした!?』

「ぐ……ごほ、ごほっ」


 限界がきて、ガクリと膝を突く。

 口から小さな血の塊がたぱ、たぱっと床に落ちた。


 周囲には異形の音がまだ聞こえる。

 正確には僕の《声》が。

 声は耳とか頭ではなく、空間そのものに残っている。

 僕の喉にある《ツァン》の声は、本来アザトースの宮殿に捧げられる混沌の《音》であるらしい。

 それをオーバードライブさせた――ので、頭にガンガン響く!

 一歩遅れてVR酔いも襲ってくるし……ぐぎぎぎ。


「瑛音さま!?」


 景貴と清華も飛んできた。

 清華は途中でふと気付き、落ちていたカースティアズの上着から手帳を拾ってくる。

 井手上さんの持ってた奴か。


『大丈夫か、瑛音?』

「色んな意味で死ぬかと思った……でも、苦労した甲斐はあったみたい。プラトーでブッタ斬るってくる!」


 倉庫から出ると、雨の下で正体を現したカースティアズに相対する。

 あいつの身体はほぼ作り物で、胸部には匣があった。

 その中に、生存に必要な最小限の器官が収められてるんだろう。

 腰部にはシャンの動力装置や制御装置の類と思しきブラックボックスもあるようだ。

 あと、それと!


「マーシーヒル病院で犠牲になった四人は練習台だな、その身体の」

「ええ、ザイクロトルクリーパーから削り出した素材のテストですよ」


 ザイクロトルクリーパーを素材に使ってるのか!?

 シャンの奴隷種族で、確かに『木』だけど。

 こっちの驚愕を余所に、ロボット的な内部構造を晒したカースティアズが仮面の奥でニタリと笑う。


「それはそれとして……貴方、私と合体しません?」

「いきなり何を言いやがる、断る!」

「シャンからは三位一体を進められてまして、ほら彼らって頭三つあるでしょ?」

「い・や・だ! 聞け!」

「あれは三体の個体がくっついてるんです。私も既に一体この中にいるんです……みっちりとね。まあ、いるだけなんですが」


 カースティアズにコツコツと胸を叩かれる。


「三人目は娘にしようと考えていましたが、貴方の喉の方がずっといい」

「つまり、彼女の家族が……その中に?」


 胸の奥で熱い塊がごそりと動く。

 カースティアズを睨む目が、とても険しくなった自覚があった。

 睨まれた本人は派手に肩をすくめる。


「――おおう、貴方はやはりイーフレイム・エフォーと違いますなあ。奴は、そんなに燃えた目などはしない」


 僕の手の中で、構え直した《プラトー》が怪しく光った。

 ツァンの声で干渉した際に《逆角度》は掴んでいるから、必殺剣は放てる。テルミヌス=エストを……


「かかか! 喉だけでも頂いていきましょうか、力尽くで!」


 カーディアスがチラりと景貴、清華をみた。

 正確には手帳を。

 なんだ?

 カースティアズの目がぐわりと開き――あ、そういえばコイツ、魔術が使える!


「存外、詰めが甘いようで」


 高揚と興奮、それに反するような陰鬱と呵責が同時に襲ってくる。

 万能感と無力感。歓喜、悲憤。

 メチャクチャな感情が胸と腹と頭からわき上がって――


『二度も同じ手にかからせてやるモノかよ!』

「あたーっ!?」


 景貴の肩から飛び込んできたニュートが耳たぶを噛んで、しかもぶら下がる。

 優しさがないっ!

 でもお陰で正気は取り戻せた。


「きょーほほほ! 動物を使役する旧支配者ですか……ズバリ、バースト!」

『オレはな』

「僕は違うよ!!」


 カースティアズの脚部がぐいんと伸び、ジャンプを加速させて突っ込んできた。

 こういうときは……前へ避ける!

 奴のスパイクが伸びて、両サイドから襲いかかる。

 ニュートは肩にしがみついた。爪ぇーっ! ――帰ったら絶対爪切るからね!


 プロペラ状に回転するスパイクの間をギリギリで避け、奴の鼻先で思い切り地面と空を蹴った。

 空中で転回――エアリアルからのムーンサルト!


「おお!?」


 逆しまにカースティアズを見下ろした。

 奴の手足は完全に伸びきっており、空中からの攻撃を避ける手段はない。構え直した《プラトー》の刃が、非物質化してゆく。


境界よ、あれテルミヌス=エスト!」


 狙うのは――

 必殺の一撃がカースティアズを直撃した!


 プラトーの刃が、溶け合い、融合していたと旧支配者との境界ヴァージを一直線に分かつ。

 狙ったのはカースティアズ――では、ない。

 誰がお前に、そんな上等な死を迎えさせてやるものか!


「よし、次!」

『瑛音、おい何をする!?』


 着地して反転し、何ともないことを不思議がっているカースティアズへ再び剣を叩き込む。

 プラトーの絶対時間は維持!

 い……維持、するったら、維持するっ!!


境界よ、あれテルミヌス=エスト!」

「きゅーほほほほほほほほっ!」


 飛び上がるように起き上がったカースティアズからの一撃が、肩にザックリと突き刺さる。

 でも浅い!

 その真っ正面からプラトーを叩き込んだ。


「――ヴァージッ!」

「くぅっ!」


 テルミヌス=エストの反動で吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられる。

 ニュートのため、必死に受け身を取った。

 背中の水たまりから血混じりの盛大な水飛沫が上がる。


「ひゅー、ひゅほーほほ、ほほ……」


 カースティアズは立ったままで――

 ザイクロトルの仮面がパカンと真っ二つに割れた。


「ナ、んだ、これハ……!!」

「イースの魔術だよ。時間と空間を操作することに長けた彼等の――まあ、奥の手さ」

「アア、時間ヲ操作するしか能の無イ……カカ! 続きと行きマしょう……!」


 ぬぞりと、案山子のようなカースティアズが一歩踏み出した。

 素顔も仮面とさして変わらない。

 双眸に蛍光グリーンの光が宿り――ぷつ、ぷつ、と、光点が広がっていく。


「あ、ア……?」


 カースティアズは、緑色に輝き出した自分の身体に困惑しているようだ。

 ボディの一部からは光る液体がジクジクと漏れ出した。

 そのままガクリと脱力してバランスを失い、グシャリと泥だまりに顔を突っ込む。

 緑光の液体が混じった泥水がぐつ、ぐつと沸騰していく。


「あ……アあ、アアっ? ぎゃ……ぎゃがが、がああああーっ! ソんナ!?」


 閉じられなくなった口で、カースティアズが悲鳴を上げた。

 カースティアズが胸の匣をドンドンと叩く。

 その中に押し込められていたもう一人――井手上さんは、最初のテルミヌス=エストで亡くなっている。

 こいつ、やっぱり匣の中の井手上さんを何かに使ってやがったな!


『瑛音、そうか……二回撃ったのは、そういうことか』

「シャンの動力は《アザトースの種》だ。匣の中にいる人を、そんなのの巻き添えにするのは忍びなかったから」

『双子も逃がせよ、危ないぞ』

「かげたかー、さやかー、はやく離れて!」

『瑛音、オレたちもな。《アザトースの種子》は白痴のエネルギー生命体みたいなものだ。ひとたび制御を外れたら終わりだぞ』


 未だヒクヒクと痙攣しているカースティアズは、全身が毒々しい緑光に覆われている。

 でも、まだ生きてるっぽい。


「でもアイツが死んだかちゃんと見届けないと……」

『離れてから対神話弾で撃てばいい。今なら十分な効果がある筈だ』

「ああ、そっか!」


 トライアンフに乗ったまま、こっちの様子を見張っていた景貴と清華に手を振る。

 どうやら、二人には僕を置いて逃げるという選択肢はないらしい。

 尽きかけた体力を絞り、オースチン7まで戻った。


「景貴、清華、先に逃げて。僕もすぐ逃げるから」

「はい、お気を付けて、瑛音さま!」


 セブンのエンジンを始動させる。その後ろで双子を乗せたトライアンフが走り去った。

 周囲は緑色に照らされている。

 セブンの運転席で立ち上がるとウェブリー・リボルバー・マークⅥを取り出した。

 怪我がズキズキ痛むけど、我慢できないほどじゃない。


 カースティアズが身体を突っ込んだ水たまりは、ぐつぐつと沸騰していた。

 アイツが信奉してる存在のように。


「最後まで沸騰してた奴だったな」


 ウェブリーの引き金を引いた。

 ドン!

 毒々しい緑色に、静謐な翠の華が咲いた。

 轟音が夜と雨を切り裂く。

 何処かから、アザトースを讃える歓喜のハレルヤが聞こえたような――


『よし、逃げるぞ!』

「りょ!」


 オースチン7に飛び乗るとアクセルを全開。

 背後から、僕らを追いかけてくるように閃光と爆風が襲いかかってきた――

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