Scene-07 第二段階

「おおう、銃と剣の二刀流ですか。中世のドラグーンみたいですねえ」

「……」


 両方を同時に抜かせたのはお前が初めてだ――と、言いかけて止める。

 コイツを強敵だと認めるのは、何か嫌。

 とはいえ、状況が厳しいことは認めざるを得ないのも事実か。なにしろカースティアズの特性が見えてこない。


「ひゅーほほほ!」


 ガン! ギィン! ギャリリリ!


 剣で回転攻撃を防ぐ。

 ゆっくり考えようにも、竜巻フォームからの攻撃が激しすぎるっ!

 一撃は重いし、後から後から連続するし。


「きょーほほほ!」

『なんだ……考えろ、こんなトンチキなことが可能な旧支配者は……ええい、さっきオレは何に反応したか!』

「ニュート、頑張って!」


 木製のコンテナを盾にするけど、一撃で吹っ飛ばされた。

 駄目だ!

 回転の内側に入り込めれば勝機はありそうだけど、伸び縮みする腕と足が厄介だ。

 フードから顔を上げていたニュートが、埃に咳き込んだ。


『けほ、こほ……くそ、この沸騰頭バブルヘッドめ……ん? 沸騰……ふっとう……』


 必死に躱し……ニュートが何か思いついたようだけど、いまちょっと手が!


 ――落ち着け、冷静になれ!

 カースティアズの攻撃は回転だから、腕を伸ばしたときに隙が生まれる筈。

 角運動量の保存……で、良いんだっけ!?


 バックステップのフェイントをかける。

 引っかかったカースティアズが腕を伸ばした瞬間、本当に回転速度が落ちた。間隙を突いて内懐へ飛び込む。

 体当たりのような突きをカースティアズの腹に叩き込んだ。

 くらえー!


「ざーんねーんでしたぁぁぁ!」

「え!?」

『沸騰……瑛音、そうだ沸騰だ。そしてマーシーヒル病院、つまり英国――ゴーツウッドのあいつらか!』


 ニュートの言葉より早く、カースティアズの腹から現れた牙がプラトーの切っ先をくわえ込んだ。

 本来は内臓がある場所には、作り物のアギトがあった。

 ご丁重に牙も。

 ――あとニュート、さっきの後でもう一回!


 カースティアズが腹の牙でプラトーをへし折りにかかった。

 だが無駄だ!

 ビクともしないプラトーに手こずるカースティアズの胸元あたりを、全力で蹴飛ばしてやる。

 このこのこのこのこのこの!

 何発目かで、辛うじてプラトーが抜けた。


「おおう、硬い剣ですねえ」

「――内臓がないってどういうことだ!? お前、何の旧支配者に仕えてる!」


 かすり傷一つない切っ先でビシ!

 カースティアズは大して気にもせず、再び伸びる腕からのパンチを繰り出す。

 繰り出しつつ――


「イア、イア、アザトート! ゴーツウッドで消えた婚約者を探しておりましたら、シャン経由でアザトースを知りまして! 天啓にうたれてそのままアザトース教団に入信、厳しい修行の末に私は地球唯一のアザトース信者となったのですよ。主を褒め称えよハレルヤ!」


 聞いたら律儀に答えるんかーい! でも早い! オタク早口!!

 早すぎてニュートが遅れる。


『瑛音、こいつおそらくアザトースの信者……ああ、もういいか』

「ちなみに婚約者さんどうしたの!?」

「シャンに課せられた第一のシャッガイ試験で使いましたが何か」


 ハンター試験みたいに言うな!


「――固体名は『アザトースの信者』おけ。ニュート、弱点! できれば《タグ=クラトゥアの逆角度》付きで!」


 タグ=クラトゥアの逆角度は、平たく言えば放逐専用の門でてけー!を作り出すための触媒みたいなものだ。

 テルミヌス=エスト叩き込むには、この逆角度を知るのが一番手っ取り早い。

 無くても何とかなるけど……色々と準備がですねー!


『アザトースの信者については前例がなさすぎて分からん。シャン……シャッガイからの昆虫くらいしか信者おらんし』


 ですよねー、何しろアザトースだもの。

 旧支配者なのかも疑わしい、無限の中核で沸騰する白痴の混沌。

 信奉しても『きょーほほほ!』くらいしか神託降ろしてこないと思う。百歩譲って『ひゅーほほほ!』かな。


 苛々と唸るニュートだったけど、ふと正気に返った。

 ん? 何かある!?


『ん……あ、待て! 弱点になりそうな物はあって、お前は既にソレを持ってる!』

「へ? 僕が??」

「ひゅーほほほほ! 封印解除シマスヨー!」


 正気の枯渇した叫びとともに、飛び込んできたカースティアズの天地がひっくり返った。

 な、なんだ!?


 自分から頭をゴガシッ! と、床に叩きつける。

 身体を捻ったので顔はこっちだ。

 前転の失敗みたいな絵面の間抜けさと意味不明さに、こっちの動きが一瞬固まってしまう。


 次の瞬間、両腕と両足自体がゲタゲタと嗤いだした。

 ああ、口ができてる!

 カースティアズは頭を支点にして、両腕と両足それぞれを鞭みたいに伸ばしてきた。

 手と足は自由度の高い関節まで増えてて、鞭みたいに襲いかかってくる。

 やけに白い歯が並ぶ大口を広げて――


「きっしょー!」


 なのだけど、異様に素早い上に動きがデタラメで読めない!

 ギリギリで逃げ――損ねた!

 スパイクがガリっと皮膚を裂き、肉を削る。

 抉られた足が追撃をくらってグシャリと曲がり、破裂したように血が飛び散って激痛が襲ってくる!


 曲がり、破裂したように血が飛び散って――


 抉られた足が――足が――



 ――



 チク タク チク タク チクタク チクタク――


「……!」


 空中でしばらく悶絶しながら、ギャグ漫画みたいな自分を見下ろす。

 ぜーぜー!


「精神投影、完了……景貴と清華が近くに居てくれて助かった」


 痛いけど今の自分には関係ない。

 少し後ろでは、景貴がエロ同人みたいな恰好で凛々しくトレンチナイフを構えてる。

 血と鎖がないのが惜しいかな。

 清華は横でリロード中。

 兄の恥ずかしい恰好にはそこまで関心がないようだ。兄妹だし、当然か。


 ニュートはフードの定位置で何か叫んでる。

 さっきの話によれば、アザトースの信者カースティアズには何か弱点があって、僕はそれを持ってるらしい。

 そのカースティアズは……歓喜の表情で僕にのしかかろうとしている。

 上下逆で。

 掌と足の裏には、キラリと光る白い歯がズラっと並ぶ大口がパックリ開いていた。きっしょ!


 でも、いまは誰も動かない――うん、コレ使えるな!


 さーて、ゆーっくりとカースティアズの弱点を考えますかー

 分からないと、戻っても意味がないしね。

 あるいは余裕たっぷりで《時》を巻き戻し、直接ニュートに聞くのもいいかな……ん?


 精神投影で見える仮想の現実――虚空に、黒い点が浮かんだ。

 何だ……?


「ピッチブラックに塗った、ブロック玩具のアート?」


 もちろんそんなワケはない、ここは通常の時空ではないのだから。

 一瞬信者の危機を察知したアザトースの一部が来たのかと身構えたけど、すぐに思い直す。

 アザトースにそんな甲斐性あるか!

 というか、こられたら地球人が全滅するわ。だから誰も信奉しないわけで。

 でも……なら、一体アレは何だろう。


 ブロックは徐々に数を増やし始め、直線だけで不定形にカタチを変えていく。

 融合、離散――様々な角度が生まれては消え、消えては生まれる。

 黒単色に直線と角度だけなのに、様々なフォルムが生まれるものだな……と、そこまで考えたところで、プラトーからよろしくない気配がビリビリと伝わってきた。


 その衝撃で不意に正体に思い至る。


「直線と角度……ま、まさか、って、このことなの!?」


 その名は――ティンダロスの猟犬。

 原始の爆発より物質と時間が生まれる一瞬前、おぞましい行為により産み落とされたと言われるタイムトラベラーの天敵だ。

 僕程度のタイムトラベラーの前にも現れるのか……!!


 幸い、まだ襲ってくる気配はない。

 あの奇妙な雲みたいなのは、こっち側への《門》なのだろう。

 そう考えた瞬間、正解でーすと言いたげにブロック玩具の群れが形を変え……いや、落ち着いてる場合じゃなくて!


 おそらく元の時間に戻れば、アレは消える。

 けど現実に戻ってもカースティアズがいる。戻る前にアイツの弱点を探さないと……

 なんだ?

 僕が既に持ってるもので、アザトースに関係してるもの……


 考えてるうちに、ブロックアートが巨大な星雲みたいに広がっていく。

 カドというカドに同化し、モザイクみたいに解像度の低いセカイへと変えていいく――

 不味い、急がないと無事な《時》まで遡れなくなる!


 ええと、ええと……アザトース、 アザトホース アザトート、あざ……あっ!?

 あった!





 ――チクタクチクタク チク タク チク タク チク   タク


『弱点になりそうな物はあって、お前は既にソレを持ってる!』

!」


 ここかーっ、間に合えー!

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