Scene-06 魔人
精神を薬で溶かされたチンピラたちを無視し、カースティアズが進み出す。
その顔には木製の仮面が嵌められていた。
塗装も何もない木目の仮面で、目の部分に小さな穴が空いてるだけだ。ほぼノッペラボウ。
カースティアズはマスクを付けるとき、チラっとチンピラに視線を飛ばした。
口の端を小さく歪める。嗤った?
「イーフレイムによく似たお人……貴方には、全人類を守ろうなどという志をお持ちでないとお見受けします、如何か」
「ないけど、お前と一緒にすんな」
仮面ど真ん中めがけて撃つ!
だがカースティアズは銃弾を物ともせず、もの凄い速さで突っ込んできた。
通常弾とはいえ、いちおー四十五口径なんだけどなー!
カースティアズの最後の一歩を見切り、半歩バックステップ。
後ろへ下げた鼻先で、カースティアズの靴先が空振る。
元の位置に残すように掲げた銃で、カウンター代わりにカースティアズの軸足を撃った。
銃声に重なる甲高い音に――手応えの無さ!
「だめかー!」
次からは対神話弾だけど、効くのかな……そう思う間に、カースティアズの一撃が再び襲いかかる。
今度はボクシングのストレートみたいな正統派パンチ!
十分距離を取って回避する。
「逃がしませんよ!」
叫んだカースティアズの手甲から、長いスパイクが幾本も延びる。
そんなのアリかー!
不意を突かれ、マントの端がざっくりと切り裂かれた。
ついでにウェブリーも飛ばされる!
うげげ、スパイクも木製っぽいのに無茶苦茶硬いな。
「義手と義足か。そんな記録なかったのに」
「ほほう、マーシーヒル病院あたりにでも問い合わせましたか? ――まあ、自前の手足は別の場所にありますからねえ!」
なんだそりゃ!?
カースティアズが再びパンチを放つと、義腕が爆発的に伸びた!
むせる系ロボアニメかーい。
「そうか、手帳の時も腕を伸ばしてたんだ」
「当たりです!」
そのままマントを突き抜け、胸に突き刺さる――寸前、硬質の物体同士が打ち合わされ、甲高い音が立つ。
カースティアズが反射的に弾かれた義腕を引き戻し、さらに後ろへジャンプして距離を取った。
僕の手にあるモノをじっと見る。
「それは――剣ですか、しかし妙な剣ですね」
「名は《プラトー》、僕の切り札だよ。それはそれとして、なんだその手足!」
石とも金属とも付かない素材でできたプラトーをビシっと突きつける。
悪態をつかれたカースティアズが仮面の後ろで誇らしそうに笑った。こっちを同類と認めたような笑い方だ。
笑いに悪気や邪気はないが、拭うこともできない狂気がこびり付いている。
きっしょ!
「いいでしょう、これ。――私の地元にある、とある森に生えてる特別な木から切り出しましてねえ」
「ニュート、カースティアズの身体が何でできてるか分かる?」
『ミ=ゴの技術と素材が近そうだが、奴らが使うのは主に金属だしなあ。ううむ『木』を使う旧支配者か……』
「猫とお喋りですか、貴方もやはり狂気に犯されておりますねえ!」
『な……失礼なことを言う奴だ!』
ニュート、君の声は理解できないって――うおっと!?
カースティアズの足がバネのように伸びた。
その勢いで砲弾のように跳躍すると、さらに腕も爆発的に伸ばして打ち込んでくる。
プラトーで受け流ががが! 一撃が重いっ!!
こっちが逆にふっ飛ばされ、泥の中に叩きつけられた。
あ、あれは本当に木製なの!?
「くっ……!」
「はははは! 貴方が何の旧支配者を信奉しているかは知りませんが、その程度ですか?」
「そっちも旧支配者の力を全然使ってないだろ!」
「いえいえ、使っていますとも。たあっぷりとー」
カースティアズがのっぺらな仮面の下で嗤うと、両足をバレエみたいに揃えた。
そのまま――回転を始める!
一本足で、竜巻か独楽みたいに旋回しながら再び襲ってくきた。
妙に優雅なのがムカ付く!
あと仮面の頭が回ってないけど、なんじゃそりゃあああ!
「きょーほほほ!」
「ニュート、回転を使う旧支配者とかいる!?」
『いな――あ、いや、アフリカにいることはいる。いるが、こういうトンチキなのではない!』
「ひょーほほほほほ! 混乱、破壊、みな素晴らしい!」
高笑いの巻き添えを食った倉庫の壁や柱が、次々と破壊されてゆく。
竜巻フォームのカースティアズと切り結ぶ。
スパイクとプラトーが激しくぶつかり合う――ぐぐ、回転してるせいで一撃が重い!
隙があるんだか無いんだか分からない。
「ニュート、他にヒントをプリーズ!」
何となくだけど、膠着状態になったらこっちが不利になるという確信があった。
全然疲れなさそうなんだもの。
『奴の個性が強すぎる、接触した《旧支配者》が想像できん! なんだ、あの頭が沸騰したような言動は――ん?』
「きょーほほほ!」
この竜巻フォームに限れば、弱点は何となく足元と脳天という気はするんだけど、そこを攻撃する手段がない……!
ウォン!
「瑛音さま!」
景貴の乗るトライアンフと、清華の乗るオースチン7が飛び込んで来る。
どうやら戦闘の気配を察知したらしい。
景貴はリアブレーキで車体をコントロールしつつ派手に傾け、車体を擂り潰すかのようなターンブレーキ!
清華もセブンを停止させて飛び降りると、片膝立ちでストック付きレッドナインを構え、即座に撃つ。
だけどカースティアズは回転しつつ、清華の放つ九ミリルガー弾を次々と弾き返した。
「無駄ですですですですですですです!」
何故にデス連呼!?
あと回転が何かの役に立っているように見えない。何だコレは。
カースティアズの首が、身体とは別個にグルリと廻った。
どうやら双子にちょっと興味を持ったようだ。
「ほうほう……男女の双子ですか、いいですねえ。どうです、夢の技術でめくるめく大人体験をしてみたいとは思いませんか?」
あら、一撃で清華の性別を見抜いた。
景貴は憤慨している。
「人の妹に下品な言葉をかけるな!」
「いやいや、お誘いしたのはお兄さんの方なのですが! きょほほほ!」
「え……?」
「お兄さま、男性を愛する男性もおりますわ!!」
「そ、それは知ってるけど……」
景貴がキョトンとし、今度は清華が前に出た。
レッドナインのケースを延長ストックにして、肩付けしている。
「きゅーほほほほ! 両手に花は羨ましいので混ぜて下さいな、お坊ちゃん!」
カースティアズは景貴にターゲットを絞っていた。
竜巻回転フォームで器用に清華を避けると、後ろの景貴に襲いかかる。
景貴はトレンチナイフの二刀流で清華を庇うのに必死だ……けど、狙いは君だから!
あと意外に隙がない!!
回転してるせいでスパイクが絶対こっち向くし。
突進された景貴の服が、すごい恣意的に切り裂かれていく。
清華が思わず赤面するほどの!
もっとも、景貴はヘソとか乳首が出てもまったく気にしない。
まー、男だしね。
景貴は冷静に倉庫の壁へ誘い込み、寸前で避けた。引っかかったカースティアズは、そのまま倉庫の中へ突っ込む。
瓦礫が吹っ飛び、土埃が上がる。
「ニュート、さっき吹っ飛ばされたウェブリーどこ!?」
『あ、ああ……ええと、二時の方向へ真っ直ぐだ。それより待て、何となく閃きそうな気が』
「先に景貴のパンツ!」
――を、守らねば!
地面に飛び込むようにダイブしつつ銃を探して……あった!
ローリングしつつ拾い上げると、倉庫の中でも回転を維持していたカースティアズの背に、対神話弾を一発叩き込む。
「お前の相手はこっちだ!」
左手にウェブリー、右手にプラトーを構え、カースティアズに叫ぶ。
対神話弾は――駄目だ、回転で蹴散らされた。
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