Scene-05 銃弾と決裂

 チク タク チク タク チク タク


「もういいよ、景貴、清華」


 まっ暗で廃墟化に拍車がかかってるバー・ポワリーから出た。

 外では景貴、清華を待たせている。

 離れさせたり、近づかせたり。色々と試しつつ、だ。


「何かお分かりになりましたか?」

「次の距離は如何しましょう」

「そっちはもう大丈夫、大体分かったから入っていいよ」


 景貴、清華とともにバーのボックス席にちょこんと座る。

 持ち込んだランプをテーブルに置くと、廃墟探検みたいでちょっと楽しい気分になる。


「震災後カースティアズがここに来たことがあるのは間違いない。井手上親子は震災よりもっと前にいなくなってたみたいで詳細は分からない。黒革の手帳も不明。あと――景貴と清華から距離を取ったら感覚が変わる」

「??」


 バーの過去を調べつつ、同時にチクタク感覚の変遷を探ってみた訳だけど。

 どうやら景貴と清華の三メートル内にいるとレベルが上がる。

 上がると《精神投影》の神話的なステージが上がり、過去の自分との精神交換ができるようになる。

 過去の自分との精神交換……つまりタイムリープ!

 ニュートにも細かく説明して、どうにか理解して貰った。ふん、ふんという荒い鼻息が頬にかかる。


『ゲームっぽくいうならダイスの振り直しだな。言うなれば《初見殺し》殺し。だが……気になるな』

「気になるって、何が?」


『これはいないか? 念のため犬に気を付けておけ』

「犬って、あの犬? ――まさか!」

『考えすぎならばよいのだがな』


 犬ねえ……

 まあ、それは置いておいて。

 景貴と清華の元へ戻ると、二人にもチクタク感覚について説明する。

 反応は――


「瑛音さまと一緒にいればよろしいのですね、承知いたしました!」


 美少年に扮した清華がふん、ふんと鼻息を荒くする。

 慌てて制止した。


「危険なときは無理せず離れていいよ、景貴と清華に何かあったら蔵人さんに顔向けできない」


 綾瀬杜蔵人くらんど伯爵。双子の祖父だ。

 英国に本部を置く秘密結社の幹部で、貴族の特権を《旧支配者》との戦いに惜しみなく投入している人だ。

 僕にも恩人……かな。


「でも、どうして僕らにそんな力が?」


 景貴がもっともな疑問を呈する。

 それは僕にも分からない。

 唯一可能性がありそうなことは……


「箱根でイース人に《接触》したとき、僕と一緒に風呂に入ってたからも?」

「ならば、もっとご一緒に風呂へ入らなければ」

「風呂くらいゆっくり入らせて欲しいな……それより、カースティアズの居場所を突き止める」


 特定は容易い。

 なにしろ《視れ》ばいいだけだから。

 チート能力者を舐めんな!


 カースティアズは最初、屋根の上を走った。

 途中で降りて運転手付きの車に乗る。

 こ、これは……ぐぐ。

 幻視しながらの運転は無理なので、途中からは景貴に頼む。

 VR酔いがキッツい……!!


 車は再建中の日の出埠頭からほど近い倉庫群の一角に吸い込まれていった。過去の時間は深夜。今は宵の口をちょっと回ったくらい。


『瑛音、カースティアズに覗き返される可能性もゼロではない。倉庫を直接視るのはよせ』

「――りょ! 景貴、清華、ちょっと待ってて。物理で様子を見てくる。何か合ったら独自の判断で動いていいよ」

「はい、瑛音さま!」


 景貴と清華は待機してもらうと、某アメコミヒーローみたいにするすると倉庫の壁を登って屋根へ出た。

 まず、胸のむかつきが消えるまで深呼吸……ふう、ふう!

 双子から離れたのでチクタク感覚が元に戻った。

 すこし不安に感じるけど……元々はこれだけだったワケだしね。


 周囲には煉瓦や漆喰、木造、石と、時代がかってバリエーションに富んだ建物が広がっている。

 見慣れていた風景とは空気感がまったく違う。


「CG見てるみたいだな」

『品川も意外に面白い、実に映える風景だ。これもタイムトラベラー冥利に尽きるというもので――うん?』

「どした……ありゃ?」

『瑛音、不味いな。やつらが車で出てきた』

「みたいだねー」


 倉庫の一角から車が三台出てくる。

 現代からは考えられないくらいノーズが長く、それでいて四角い。

 まるで馬車の箱のようだ。

 乗っている人間は暗くて見えないけど、夜目の効くニュートの目にはハッキリと写っているようだ。


『二輌目のフォードにカースティアズが乗っているが……どうする、スルーしておくか?』

「しまったな、景貴と清華から離れるべきじゃなかったかも」


 ええい……まあ、いいか!

 いつもと同じってだけだし。


「カースティアズの目的が分からない。放置してヤバいことされたら困るから、先制して手の内を見る」

『やれやれ……お前は意外に脳筋たな』

「神話を極めし《人外》同士だもの、《旧支配者》の名の元で正々堂々やり合いますとも!」


 ウェブリーの中身は最初三発が通常弾、残り三発が神話弾だ。

 今日は昼に使ったので、それしかない。


「いくよ……!」


 引き金を引く。

 無造作に放った銃弾が、先導車のフロントガラスを粉々に砕いた。

 車はスピンしながら倉庫の壁に激突し、エンジンルームからブワッと白煙が上がる。

 二輌目は慌てたのか、自分で事故った。

 そのリアに三輌目の車が玉突きみたいにブツかっていった。

 車内では大騒ぎが起こっているようだ。


 ポツ、ポツと雨が降り始めてきた。

 屋根を飛び降り、壁の出っ張りを軽く蹴りながら勢いを殺す。最後に音もなく地面に降り立った。

 雨にぼやけたガス灯が浮かび上がる。

 しばらくすると、止まった車から短刀や銃を持ったチンピラたちが這いだしてきた。


「なんだテメェは!?」

「……」


 僕が銃を撃った張本人だとは思ってないみたいだな。

 割と本気で邪魔くさいと思ったけど、殺人の禁忌は脇に置かないでおく。

 悪人でも生きて欲しいと願っている。


 代わりに刑務所にブチ込むけど!

 そこから先がどうなろうとも、僕の知ったことではない。


 そんなコトをチラっと考えた直後、ゴトリと音が響いた。

 気付いた男たちが我先にと逃げ出していく。

 そんなに怖かったかなと思ったら、車からのっそりとカースティアズが現れた。

 ああ、逃げたのはこっちのせいか。


 カースティアズは、ヘチャった白いフェラード帽を脱ぎ捨ててこっちを睨み付けてくる。

 すっごく不機嫌そうだ。


「この前の魔術結社のお人ですか……おやあ?」


 このパターン、前にも見たな。

 イーフレイム・エフォーに勘違いされてた方がつけ込みやすいかな?

 そう思って邪悪そうな顔で笑って――笑って、ぐぐぐぐ。


 難しいな!


 どうすれば邪悪そうに見えるんだ。

 それでもどうにかソレっぽそうな顔をしてみたけれど、案の定というか別人だと見破られた。

 それはそれは、あっさりと。


「顔付きはイーフレイム様によく似ておられますが、あのお方がそのような善良そうな目をする筈はないですし……ああ、まさか?」


 カースティアズの顔には徐々に理解の笑みが広がり始めていた。

 二、三度頷くと、車から取り出したアタッシュケースをこっちに突き出す。


「取り引きです。貴方はイーフレイムの秘術を使ったようですが、ならばこれが必要となる筈ですよ!」

「なにそれ?」

「強がりはよしなさい。科学でも魔術でも、それが強力なものであればがあるのは当然です。なれば、このようなモノも入り用と思いますが、如何か」


 なんだ副作用って?

 確かに『神性』を持つ旧支配者には物理への《侵食》があって、脳や身体の構造が変わってしまう人もいることはいる。

 そうなったら狂っただけでは終わらず、下手をすれば生物としての種類が変わるだろう。

 ある者は海中へ、ある者は地底へ、ある者は幻想の果てへと消え――


 それを、たかがドラッグ程度で治せるものかなあ?

 ニュートをチラっと覗き込むけど、同じ顔で覗き返してこられた。

 カースティアズは胸を張る。

 商品によっぽど自信があるらしい。


「薬に関してはコレ一回なんてケチなことは申しませんよ、これからもずっと安定供給をお約束いたしますとも!」


 カースティアズは鞄を高く持ち上げすぎていた。

 その後ろから、援軍を引き連れたチンピラたちが戻ってきたのも間が悪い。


「……」


 答えの代わりに銃声を響かせた。

 ウェブリー・リボルバー・マークⅥの455弾が叩き込まれ、アタッシュケースが吹き飛ばされる。

 白い尾を曳いた鞄は、すぐ後ろのヤクザ=チャンピオンに命中した。

 周囲に粉が舞い散る。

 すぐ雨に溶けていったけど、吸い込んだチンピラたちは全員が昏倒した。

 確かに、いい効き目のようだ。


『アレが例の神話使いワナビーに人気の奴か。ああいうのでもなければやってられない連中もいるのだ』

「そんなに辛いなら諦めればいいのに」

『瑛音、どこぞのロボみたいな物言いになってるぞ』


「やってくれましたね……!」

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