Scene-05 夜の声

「ニュート、チャーノークの弱点って分かる?」

『分からん。初見だと言ったろう』

「なら普通に撃つか。ええと……ごめんなさい!」


 まずは一発!

 腹に対神話弾が直撃して翠の爆発が起こり、大穴があいた。

 胞子ごと身体が翠の炎に包まれる。

 男はしばらく呆然と腹の大穴を見てから、やっと撃たれたことに気付いたらしい。


「はは……そうだ、生きてる。オレはまだ、生きているんだ!」


 戦場の夜のから響くような声だった。

 菌糸に覆われた手がごそりと動くと、倒れていた男たちから拳銃をもぎ取る。

 そのまま撃ってきた。

 一丁は空だけど、もう一丁はまだ弾がある。

 狙いは正確だ。

 頭を大きく沈めて――反る! バク転からのサマーソルト、そこからパルクールで避ける。

 一瞬前にいた場所を拳銃の弾丸が抉っていく。

 追撃で菌糸のブレスも。

 どっちもギリギリで避けたけど、危な……くっ!

 い、意外と強い!?


 本棚と天井の間に隠れていたニュートが顔を出し、こっちへ叫ぶ。


『瑛音、銃もだが菌糸のブレスにも注意しろ。物理法則を嘲笑うかのように成長していくぞ』

「りょ!」


 ええい――ジャンプ!

 空中と地上で、お互いに銃を向け合う。

 銃声が重なった。

 二十六年式の九ミリ弾がコメカミの横を掠め、背筋の温度が五度くらい下がる。

 代わりにカウンターで対神話弾が炸裂!

 翠の炎は菌糸のブレスをも吹き飛ばし、チャーノークの肩から先を吹っ飛ばした。


 でもまだ生きてる……なら!

 喉の調子を整えると、チャーノークへ叫んだ。


「――何をしている、戦友を助けろ。二人とも同郷の友だろう!」

「あ、ああ……? だ、大丈夫ですか。ああ、鮫島さん……田頭さんも!」


 《ツァンの旋律》を持つ喉の用途は、歌だけに限ったものじゃない。


 ダメージに放心していたチャーノークが我に返ると、眼鏡とザビエルに驚く。

 顔見知りっていうのは確からしい。

 あと眼鏡が鮫島でザビエルが田頭か、どうでもいいけど。


 チャーノークさんが介抱しようと二人に触れるけど、そのせいで菌糸が余計に身体を侵食していく。

 二人の皮膚がボコボコと盛り上がり、ドクドクと肉腫が脈動し――

 まあ……悪気があってやってることではないし、いいか。


「げほ……やめてくれ、助けてくれ……」


 弱々しい悲鳴を上げた鮫島メガネへ、チャーノークさんが気遣うように覆い被さる。

 戦場で負傷したと思っているんだろう。

 もう一人の田頭ザビエルカットも悲痛な呻き声を上げようと口を開き……あ、菌糸が口の中に入っていく。


「むご……げぇ、ごほげはっ!」


 鼻とか耳にも……ああ、両方から血が盛大に流れ始めた。鼻を塞がれたので呼吸のために口を閉じられない。

 そこにさらに菌糸が入り込み……大惨事だ。

 でもお陰で負傷兵っぽさが増したし、いいんじゃないでしょうか。


『瑛音、ここまでにしておけ。やり過ぎてチャーノークさんが正気に戻ったら哀れなことになるぞ』

「そだね……ん、んっ!」


 再び喉の調子を整えた。

 全身の魔力が、喉に集中していく。


『瑛音、ちょっと待て……よし』


 隠れていたニュートが肩に飛び乗ってくる。

 何だろ?

 けど気にかける間もなく、チャーノークさんが顔を上げた。天地が引っ繰り返ってるけど、その表情からは気持ちが伝わってくる。

 彼に向け、《声》を張り上げる!


「助けにきたぞ、負傷者はどこだ!」


 チャーノークさんがこちらを見た。

 それは人間の顔で……

 見えているのは、おそらく僕じゃないだろう。かつての仲間たちと、居場所であった戦場だ。


「ご、ぢら、です……ここに、二人! ふ、負傷者がおります!」

「よく知らせてくれたな、ご苦労だった! コイツらはもう大丈夫だよ」


 知らんけど。

 それを聞いたチャーノークさんが笑った。笑って――最後の糸がぷつんと切れたらしい。笑いから感情が徐々に消え始めていく。

 不味い、早くしないと!


 銃を戻し――プラトーを抜く。

 シャツにタイツという恰好だけど……構うものか。写したければ、写せ。

 プラトーへ意識を集中すると魔術の波動が膨れあがった。


「だがお前は……この傷では持たんだろう。慈悲の一撃を望むか?」

「じぇ、JEFの――です。はは……これで、お役目を果たせ……故郷へ、か……」


 名前は――聞き取れなかった。


 チク タク チク タク チク タク


 時間の流れが歪み、プラトーが相対時間の環から外れていく。

 形成されたのは絶対時間の《刃》だ。

 それを――神話存在に向けて叩き込む!



 境界よ、あれテルミヌス・エスト




 鋭い閃光が、生と死の境界を曖昧にしていたポータルを切り裂く!

 それを可能にする存在こそが、僕の愛剣プラトー――


 一瞬で捻れ、一瞬で治まる。

 ワンテンポおいてチャーノークの上半身がポキリと折れ、下半身へ折り重なった。

 まだ残っていた対神話弾の翠炎が一気に強まり、やがて燃え尽きた。それでチャーノークさんは完全に人へ戻り――事切れた。


 生と死を分かつ壁の狭間に何年も磔にされていた男は、呆気なく向こう側へ落ちていった。

 帰れたかどうかは……分からない。

 でも、彼の精神が解放されたことは間違いないだろう。


「どうか安らかに……」

「ぎゃあああ!」


 ――気が削がれるなあ。

 翠の煙を燻らせる死体にのし掛かられた男二名が、情けない悲鳴を上げていた。

 うーん、この二人には対神話弾でいいのかな……


『瑛音、撃たなくとも大丈夫だ。此奴らもプラトーの影響を受けたはずだから、致命傷にはなるまい』

「そっか、それは残念……いや、そうじゃないか。人間に戻れておめでとうございます……も、嫌だな。うーん」


 この男たちに何て言えばいいか、ピンとくるフレーズが思い浮かばない。

 一旦無視し、あらためて埃の山へ手を合わせた。


 生と死を隔てる壁を越えようとする者は多い。それ自体は正しい行為なんだろう。

 だけど壊すことは許されない。

 向こうから来る物たちから、生者を守るものがなくなるから……

 それに気付かず、愚かにも境界に手をかけた全ての者たちに報いあれ!


 ――ん?

 そうか……それでいいのか。

 なら、どうすればいいのかは分かる。自分でもう言ってるから。

 改めて、二人の男たちを見た。

 目が合うと、こっちに助けを求めてくる。


「あの……助けて」

「痒い痛い……あああ、かゆ、かかか、かゆっ!」


 二人は皮膚を菌糸に侵食されている。

 酷い有様ではあったけど……冷えた宇宙に相応しい、こちら側の現象だ。神話事件化する心配はないだろう。

 ただ……専門外だから分からないけど、何となく完治は難しいような気はする。

 ニュートも同じような結論らしい。


「ニュート、僕の出る幕はある?」

『ない。プラトーを放った時点で瑛音の仕事は終わってる。残ったのはこちら側の存在……白癬症って奴だな。大正時代では完治が難しいだろうが、死にはせん。苦しむだけだ』


 それもまた相応しい末路だと感じた。

 弄んだ死体たちがやってきて、生きたまま地の底に引っ張り込まれるよりマシじゃないかな。

 そこでふと、肩から乗り出していたニュートと目があった。


「――そういえばさ、さっき何で肩に乗ってきたの?」

『大したことじゃない。瑛音が綺麗に毛繕いしてくれたから、オレも……まあ、写して欲しくなってな。最初の一枚はオレが一緒に写ってるのに差し替えてくれと、イース人たちへ申し出てみる』

「ニュート……!」

『酷い恰好ではあったが、さっきのはお前らしかったぞ?』


 かかかと、ニュートが笑う。その背を撫でてあげた。

 よしっ!

 なら、最後の仕事を済まそう。


 痛さと痒さにのたうち回る……なんだっけ? う、名前忘れた。

 いいや、眼鏡とザビエルカット!

 この二人をどう思ってやればよいのかは既に結論を出しているから――

 僕の反応を待っている二人に笑いかけた。


「――大丈夫です、忘れたりはしませんよ」


 にこり。

 笑いかけられた男たちは、地獄で蜘蛛の糸を見つけたような顔になった。

 知ったことではないけど!


 えーと……直接は嫌だから、これかな?

 浄水機用と思われる鉛管のストックから一本を取った。重さよし、バランスよし、固さよーし。

 そのまま――男たちに殴りかかる!


「さっきはよくもやってくれたな、覚悟しろっ!」

「そ、そんな!?」

「うるさい、このド変態ども! 気が済むまでプラス一発分、報いを受けろー」

「やめ……ごぎゃっ!」

「ぼげぎゃっ!」

『瑛音、返り血は浴びるなよ。ばっちい』

「りょ!」


 惨劇の横で、山となってるキノコの一部は枯死し始めていた。

 でも男たちの肌に付いた方は消える気配もない――

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