Scene-04 ジャンゴ!

 後ろ手に縛られたまま、動けない――とか言うとでも思ったか!

 手を手刀にしてグリグリ動かすと、あっさり気味にスポっと抜けた。トリックでも何でもなく単に縛り方が悪い。

 そのまま僕のシャツのボタンを外そうとしていた眼鏡の腕の中へ手を差し込み、外側へ弾く。

 胸元がガラ空きになったところで、喉を突いた。


「ぶぼっ!?」


 狙ったのは喉仏。急所中の急所だ。

 眼鏡の男がギョロ目をさらに飛び出させ、激しく咳き込む。

 それで動きが止まった。

 両足はまだ縛られているので両手で眼鏡の腕を掴んで倒立――かーらーのっ、両足踵落とし!


「――んがっ!?」


 ズガン! と、いい音が響く。

 垂直から脳天へ衝撃を受け、眼鏡が漫画みたいに前方へブッ飛んでいった。

 でもまだまだ!

 そのまま眼鏡の肩を踏み台にしてジャンプ!

 空中で回転し、素直にこっちへ駆け寄ってきたザビエルカットの顔面へ――ドロップキック!!


「おい、君は人類のぶぼばっ!」


 ブーツの底から小気味良い感触が響いた。注射器も吹っ飛び、壁にぶち当たって砕け散る。

 ざまあみろ!

 そのまま兎跳びバク転パルクールを連続させ、放り出されていたプラトーとウェブリー・リボルバー・マークⅥを取り返した。


「ぐぐぐ……ええい!」


 秒未満ほど悩み、プラトーで両足の紐を切断する。

 プラトーは、イースが編纂している《真の人類史》に大項目を持つ偉大なアーティファクトだ。

 だから使うとガッツリ記録される……どんなしょーもないシーンでも!


 がるるる!


 絶対にスカートで両足開いたシーンを撮られた。

 当然、パンツも……

 イース人、男のパンツ写して面白いかぁーっ!


「このっ、クソガキが! 捕まえたら手足をへし折った上でケツにたっぷりブチ込んでやる!」

「名誉が……僕の未来が……ああああ! このクソガキがぁ、絶対に許さない!」


 曲がった眼鏡が鼻血を垂らし、ザビエルカットが号泣しながら叫ぶ。

 二人とも激怒して銃を取り出してくる。

 だけど――怒ってるのはこっちもだ!


 銃で撃ってやろうかと思ったけど、ウェブリー・リボルバー・マークⅥは出掛けに対神話弾に切り替えてる、勿体ない!

 通常弾に切り替える暇もなさそうだ。

 かといってイースの魔剣プラトーも使えない。この恰好で記念撮影される上、このド変態どもも記録されかねない。

 なので……ステゴロだ。殴る蹴るブチのめす!

 体重差とか人数差ごときで転生したチート能力者に勝てると思うなよー!


「ニュート、暴れるよ!」

『こっちは大丈夫だ、存分にいけ』


 マントのところにいたニュートが隠れたことを確認すると、戦闘開始。

 テーブルの端から壁にジャンプし、走るように三角飛び。

 そこへ銃撃が襲いかかる。

 壁にボコボコと穴が空くけど、無視!

 銃はどっちも二十六年式だ。一般人に七発ブチ込んでも即死させられなかった弱装弾なんて知ったことかーっ!

 でも念のため弾の数は数えつつ、本棚を蹴飛ばして中身をブチまける。

 本の雪崩に男たちが巻き込まれた。


「このっ、クソガキャァ!」


 本やファイルを踏んづけつつ飛び出した眼鏡が、こっちの着地に合わせてタックルしてくる。

 逃げる――と、見せかけて三角飛びからのバク転でタックルを躱した。そのまま腕に着地し、顔面へ蹴り!


「あ――ぐがっ!」


 え? あれ??

 何故か眼鏡の男が一瞬頭を下げたので、額を蹴り上げるようなカタチになった。

 その方が相手も痛いだろうけど、なんだ一体……あ、スカートの中を覗こうとしたのか!?

 教えてはやらないけど、男だぞ!


 背後からザビエルカットが銃を撃ってくるけど、眼鏡がフラついて射線を遮る。

 その隙に手術台の上へ着地した。

 部屋の奥には、ドンドンと激しく揺れる金属タンクがあった。

 これ利用できるな……そう考え、相棒に声を掛ける。


「ニュート、協力をお願い」

『――あの棺を開けろっていうのだろう? お前、本当に猫使いが荒いな!」

「サンクス、チュールの発明を急ぐように結社をせっついとく!」


 ニュートと分かれたところで、ザビエルカットが撃ってくる。一発撃ち、そこからカチッカチッと打撃音だけが連続。

 くく、残弾数くらい数えとけ!

 こっちから飛び出し、ハイキックを叩き込んだ。

 頭は避けられたけど肩にブチ当たり、打撃は軽いとタカをくくっていたザビエルカットが変顔を爆発させる。


「なんだ、この打撃の重さ!?」


 元魔王のボディだよ!

 肩を押さえたザビエルカットが倒れ、棚にぶつかって紙の束が部屋中にブチまけられた。

 着地するとバックステップでタンクの前へ。

 ニュートが棺の鍵を開けるまで、ここで持ちこたえ――え?


 ドン! ドン! バキン!!


 錠前が吹っ飛ぶときに出すような音がして、壊れた残骸が床に飛び散る。

 ニュートが飛ぶように戻ってきた。


『すまん瑛音、向こうの方が早かった』

「えー!?」


 重そうなタンクの蓋みたいのが、バーンと弾け飛ぶように開いた。

 中にいたのは人間――だった何かだ。

 皮膚は白く変色し、育ちすぎたキノコみたいにガサガサになってる。

 肉や骨にも酷い変異が始まっており、あちこちが捻れてきてる。背中には肉腫みたいなものが盛り上がっていた。

 ちょ、ちょっとグロい。

 後ろでは男たちの悲鳴が上がったが、逃げようとしない。栄光と金への欲望が目と正気を曇らせたんだろう。

 代わりにこっちは逃げる! 後ろに大きく下がった。


「ニュート、アレはどういう神話存在!?」

『初見だ。ミ=ゴに関わる物だと推測するが、特定はできん。マタンゴや物体Xみたいに変異を促す物なのか……取りあえず《チャーノーク》と命名しておこう』


 マタンゴ? エックス? それ何……ああ、もう!

 聞いたら絶対早口解説が帰ってくると思ったので、後回し。

 ニュートにはそのまま隠れて貰った。


 見送った直後、チャーノークの口がクパッと開いて菌糸みたいなのを吐き出した。

 菌糸の……ブレス!?

 ぐぅ、キノコにしては早い!

 僕は辛うじて避けたけど、眼鏡とザビエルカットの二人は瞬く間に捕まった。


「糸……いや、菌糸か?」

「何だこれは……アイツは人間じゃなかったのか!?」


 人間よ、かつてはね。そうじゃなくなったしまったのは、お前たちのせいだ!

 そこへチャーノークからの二発目が放たれる。

 ――うげ、僕もスカートを掴まれた!


 でも所詮は菌糸だ。

 このくらいなら簡単に引きはがせ……うわっ、違う! 掴まれたんじゃなくって、服に同化し始めてる!?

 細かな菌糸が繊維に入り込んで広がり……うわうわうわっ!


 とっさの判断でスカートを脱いだ。

 間に……合った!

 シャツにタイツという、フェチな恰好で部屋の隅へ逃げ切った。


『瑛音、お前の履いてたスカートを見ろ!』

「うわあ……」


 菌糸に掴まれたままの服は、もの凄い早さで分解されていく。

 あれが皮膚に付くと……チラっと男二名をみた。


「助けてくれ、止めてくれ!! ああああ、入ってこないで!」

「痛いっ、痛い痛い!」


 眼鏡とザビエルカットの二人は肌に菌糸をブチ込まれていた。

 皮膚の下にも潜り込まれてる。

 既にかなりの範囲が菌糸と同化しているようだ。そうやって神経とか脳に達すると……病院のアレか。アレだな。

 一緒に見ていたニュートが怪訝な顔をしてくる。


『――瑛音、なぜ銃を撃たない?』

「その軍人さん、何にも悪いことしてないもの。せめて何か一声をかけてあげたい」

『瑛音のそういうところは嫌いじゃないが、手に負えなくなる前に頼む』

「なんて言ってあげたらいいかなあ」


 考えてるうちにも二人への侵食は続いていた。

 暴れてくれるお陰で、チャーノークさんへのいい牽制になってくれている。


「こ、これは駄目だ。痛い、気持ちよくない!」

「止めてくれ、助けてくれ!! こんな、僕には栄光の未来が……!」


 そんなのないです。

 理性が二人を助けるか聞いてくるので、嫌だと即答。研究が人類の役に立たないことも分かった以上、助ける義理もない。


 チャーノークさんがまた口を開いた。

 菌糸ハイファブレスかと身構えたけど、今度は普通に声が出た。


「ああ、サンテロアへ……」

「それは海の向こうです。ここは日本で、もう戦争は終わりました。オーランドさんという軍医も戦死されたそうです」

「……」


 チャーノークさんがまた何かいいかけた。

 でも言葉にならず、首がぐるんと一回転する!


「サンテロアへ行けば、戻れる……戦場は、まだ……!!」

「あれ?」

『事実をそのまま並べればいいというものでもない』

「そりゃそうか」


 なら後は……仕方がない、戦いに付き合うか。

 剣より銃の方が戦争っぽいかな。

 そう思うと、ウェブリー・リボルバー・マークⅥを構える。


 装填されてるのは、神話弾!

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