Scene-03 事件の核心
『瑛音、そろそろ起きろ!』
ニュートのザラついた舌の感触で目が醒めた。
いてて……
まず身体の状態を確認する。
――大体は無事らしい。
頭を打った場所が少し痛むけど、大きな怪我にはなっていない。ニュートに舐めて貰っただけで十分だろう。
次に場所の確認……
僕は、見覚えのない部屋にいた。倉庫かな?
どうやら掴まったらしい。
手足は縛られ、乱暴に転がされている。
武器は――なくなっていた。そりゃそうか。ただ財布とかは無事なので、身体検査とかはされてない。
倉庫に唯一ある扉の向こうでは、さっきの男たちの声が微かに漏れていた。
どうやら言い争いをしているようだ。
自分で確認できるのはこんなものか。
次は、頼りになる相棒と会話だ。
「ニュート、状況分かる?」
『まだ横浜だ。あの後、第三の男と一緒に倉庫街の一角にあるビルへ連れてこられた』
「よっ、ほっ……っと!」
ふう……胡座へ移行する。
隣からは人の話し声がまだ聞こえ続けていたので、耳を澄ませた。
(成功すれば栄誉は思いのままだって! いま端金で手放すのは愚策だよ)
(オレたちだけでは無理だ。栄誉は諦め、得られる金だけ考えろ!)
「――ニュート、ここから《幻視》を始める」
『おう』
幸い、ここも連中の拠点だったらしい。
きっと情報たっぷりだ!
そんなところへ僕を連れてきて、タダで済むと思うな――
チクタク チクタク チクタク
僕の格好悪いところはすっ飛ばし、ざーっと調べる。
結果をニュートの知識や情報と統合した。
――なるほど?
状況は簡単に掴めた。
僕の《神話》は、本来こういう方面に秀でているのだ。ふふん。
ニュートが簡単に纏めてくれた。
『第一次世界大戦時、カナダ軍によって人体実験が行われたと……』
「第三の男はその犠牲者ってことだね」
『でもドイツ軍の攻撃で拠点が崩壊し、四人組はドサクサに紛れて第三の男を持ち出した。それ以来、自分たちでも実験を続けてきたワケか』
「ニュート、カナダに神話事件なんてあったっけ?」
『UMA系の神話事件はちょいちょいあるぞ。《
ミゲーって……ああ、ミ=ゴか。
イタカも聞いたことある。
そっか、カナダにもそういう事件は起こってるのか。ならあり得るのかな。
「オーランドさんって人が、何かと遭遇したのかな。そして狂気に犯され、それがあの四人にも伝搬した……」
それが何かは分からないけど。
神話存在かも知れないし、魔術師という可能性もあるか。
ニュートが耳をピンと立てた。
『瑛音、第三の男はどこで何をしてる?』
「隣の部屋に置いてる年季の入ってそうな金属タンクの中。元は軍の飲料水用かな」
『あの四人、元は防水部隊あたりにいたのかね』
その男たちは、今後の方針を巡って対立しているらしい。残ったものを金に換えて逃げるか、何とかして研究を続けるか――
迷うようなら第三の道をあげるよ。
ニュートと僕が通った後にできる、三つ目の道を……
ただし僕が銃と剣を取り返してからになるけどね。がるるる!
場所は《幻視》で分かってる。
プラトーとウェブリー・リボルバー・マークⅥは、隣の部屋のテーブルに無造作に放り出されていた。
価値の分からない奴らめ。
――そうこうしてるうちに、隣りでも話し合いの結論が出たようだ。
あるいは打ち切ったか。
扉の向こうから声がかかる。
「とにかく、あのお嬢を連れてこい」
「おう」
そこで扉が開き、男と目が合う。頭髪の薄い中年男……いわゆるザビエルカット。
栄誉を欲してた方だ。
こっちの意識が戻って様子を伺っていたことに驚いたようだけど、気にせず引っ張っていかれた。
両足と、両手も後ろ手で縛られて自由に動けない……訳でもないけど、様子見だ。
幻視したとおり部屋はかなり大きく、そこに軍用っぽい備品が大量に詰め込まれている。
一番目立つのは端にある大型タンクだ。
棺みたい構造のタンクには、鉛管経由で浄水装置みたいなのが繋がっていた。
真ん中には何故か手術台みたいなテーブルもある。ふむ?
「さっきの人は、そのタンクの中ですか」
「……」
問いかけは沈黙で返された。
飛び出た目が目立つ長身痩躯の眼鏡男が、ギョロっとこっちを見る。
金に換えて逃げようと言ってた方だ。
二人とも確かに軍人の匂いはするんだけど……なんていうか、前線にいた凄味みたいのが感じられない。
後方部隊とかにいたのかなあ。
備品といい、さっきニュートが言った防水部隊が正しいかも知れない。
そんなことを考えてると、ザビエルカットがポンと手を叩いた。
何か閃いたらしい。
「なあ、この子を使って続けてみないか!?」
「……はあ?」
はあ? あ……眼鏡と被った。
ニュートも何を言っているのかコイツという顔をする。
三対の冷たい目に気付かず、ザビエルカットの男が懐から万年筆ケースみたいのを取り出した。
パカっと開くと――緑色の光が当たりを照らした。
うええ、注射器が光ってるー
「俺たちでもさ、実験はできるんじゃないかって……どうだろう!」
「馬鹿な、死者を蘇らせる薬だぞ!? 不完全とはいえ生き返ること自体は間違いないんだ。せっかく価値の分かる奴に心当たりができたんだぞ? 早急に売るべきだ。可能な限り高くな!」
「歌舞伎町の代理人は死んだ、奴が今どこにいるかも分からないだろ!」
言い争い再開。
歌舞伎町の……って、前回のね。
個人的には眼鏡に分があるな。
神話事件案件だろうから、素人の手に負えるわけないし。――そもそも、あれ何の薬なんだろ?
「ニュート、薬に心当たりある?」
『確信は持てないが、おそらくノーラン・デュバリ氏液だ。
「ノーラン・デュバリ氏液?」
『こら、声に出すな!』
あ、しまっ……遅かったか。
二人が心底驚いた顔でこっちを見ている。あちゃー……今日はツイてない。
まあ、いいか。
開き直って、逆に聞いてしまえ。
「どうしてその名を……?」
「えーと、さっきチラっと聞こえまして……ちなみに、それをどうするんですか」
「これかい? くく……これはね、死体蘇生薬さ。打つと――生き返るんだよ、死人が!」
満面の笑みを浮かべるザビエルカットの横から、チラっとタンクを見る。
男二人がニヤニヤと笑う。
――あ、タンクがガタガタ揺れ出した。サンテロアへ、部隊へ……そんな呟きが漏れてきた。
長躯の男が眼鏡を外し、ネクタイで軽く拭う。
「その棺にいる男は軍人だ。日本海外派兵軍の一員として西部戦線で戦った同郷の後輩さ。正直で勇敢で、大手柄まで立てて……金鵄章モノだったよ。出生頭だ」
内容とは裏腹に、唾を吐くような口調だった。
逆恨みって奴ですか。
金鵄章が分からないけど、意味が分からなくても困らなさそうだったのでスルー。
研究推進派のザビエルカット男も混じってきた。
「本当にムカ付く奴だったが、あるとき戦場で
「実はオレたちは、カナダ軍医のモーランドという高名な外科医から取り引きを持ちかけられててな。彼は画期的な研究のため、新鮮な死体を欲しがっていた。その研究こそが《死の治療》さ! 復活だよ!」
ん? あれ……ちょっと待て。
百歩譲って死が治療できるとしても、負傷して運び込まれたってことは、その時点では生きていたのでは……
ああ、さては自分たちで殺したな!?
そして人体実験に供与して……こいつら外道か、イーフレイム・エフォーの同類と見なす!
「偉大なる計画に協力したことで、オレたちには薔薇色の未来が待ってる筈だった。だが、当のモーランド少佐が戦死しちまってな。跡形も残らなかったらしい」
首をトントンと叩く。
取れるくらいの損傷だったということだろう。
「少佐には仲間がいるような話もあったが、外様の俺たちには近づく術もない。そのうち戦線が動いて……アレを持ち帰るだけで精一杯さ」
「だから言ってるだろ、俺たちが跡目を継ぐんだよ。栄光も、金も、何だって望むだけ手に入る。何せ死を克服できるんだから!」
そこでザビエルカットにガシっと肩を掴まれた。
気安く触るなという目でジトってやるけど、相手は気にもしない。
男たちの声には狂気が少しブレンドされていた。
地獄みたいな戦場で理性をすり減らし、後輩に出世されて逆恨みし、罪を犯したことで正当化が始まり……そして神話事件と。
例えそうであっても、許してはやらないけどね!
「僕らは人類の進歩のため、崇高なる使命を持って当たる。君にも協力して欲しい!」
『瑛音、戯言に付き合うのも程々にな』
「何を協力するんです?」
「まず、死んでくれ。そこを蘇らせる……いいだろう、なあ!?」
ザビエルカット、何を言い出しやがる!
横で眼鏡がネクタイを緩めだした。
「――殺すところまではいい。まずたっぷり楽しみ、それから楽しみの延長で殺す。蘇らせるかどうかは、その後で改めて話し合おう」
提案にザビエルカットは破顔した。
眼鏡もペロリと唇を舐め、崇高にはほど遠い下卑た笑いを浮かべ……僕のマントを脱がす。
次にジャケット。縛られてるから半脱ぎで。
それからシャツのボタンにも手を掛けてきて……おい、いい加減にしとけ!
「タンクに入ってる元軍人さんは服着てるのに、何で僕は裸に?」
「おいおい、男を脱がしてどうするんだよ」
「――お前ら、後で一発づつ余計に殴るから覚悟しとけ!」
あと女じゃないぞ!
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