第一話:記憶の祭壇《8》

 ガラン ガラガラ


 異形の気配が凝縮し、どこかで瓦礫が崩れた。

 来たか。


「行くよ!」


 ニュートを脱出させる時間を稼ぐため、一気に飛び出す。

 前の瓦礫が吹っ飛んだ。


「見つけたぞ、小僧!」


 瓦礫の崩れた位置、声の出所――あと二歩、一歩。

 そこっ!

 飛び出してた瓦礫の先端を蹴って、ジャンプ! そこからサマーソルト!!

 そんなアクロバティックな動きで銃を構える。

 ハンカチがハラっとほどけ、怪我した箇所から再び血が流れ出す――けど、お構いなしっ。

 専用弾の、一発目ぇ!


 バン!


 翠の爆発が起こり、大量の瓦礫が吹っ飛んだ。


「おお!?」


 瓦礫の雨が降る。

 そのまま外へ飛び出すと、パルクールで滅茶苦茶な空間に躍り出た。

 不可視の攻撃を間一髪で避け、一部避け損ねて掠りつつ――の、二発目ぇ!!


 翠の爆発で壁や床、調度品や窓ガラスが次々と砕かれていく。

 シャンデリア下の広い空間に、瓦礫が大量に落ちる。

 本体には……当たってないだろうな、多分!


「ああ、そうか……その変な弾の火花で我の位置を知ろうというのだろうが、甘いわ!」

「……」


 リアクションする余裕も無く、位置を目まぐるしく変える。

 血が止まらない――けど、お構いなし!


 ローリングでジャンプ、さらにダッシュからのパルクール回避を何度も、何度も続ける。

 とにかく、激しく!

 それで辛うじて、不可視の一撃を躱し続けた。

 激しく位置を替え、再びポジションを整えて撃つ。

 三発目!

 翠の爆発が続いた。


「無駄だ、無駄!」


 ああ、そうだね!

 瓦礫が落下する方向を見定め、隙間を抜け、躱しつつの回避!!


 ギリ ギリリ……


 次々に無茶を続けていくと、上から不快な軋み音が響いた。

 巨大なシャンデリアの支柱部分が――ひとつ、砕けた!?

 ああ不味いっ、まだちょっと早い!

 シャンデリアがグラリと傾いて、全然関係なさそうな方向に……


 その瞬間、目の端で黒い影が――前足! 小さな前足を振った。

 さすがニュート!!

 なら四発目ぇっ!


 バンッ!


 翠の爆発で、シャンテリアの支柱が完全に砕けた。

 真下へ落下を始めたシャンデリアは狂った幾何学によって別の部屋に飛び込み、調度品を派手に巻き込みながら砕け散った。

 最後の大物が砕け、瓦礫が無茶苦茶な方向から降り注ぐ。


 そして最後の専用弾を構えた。

 いけるか……よし、大丈夫っ!!

 ラスト、五発目!


 物陰に隠れながら、残骸の大山にトリガーを引き絞った。

 瓦礫が四方八方に飛び散る。

 もうもうと塵芥が舞り、このデタラメな記憶の宮殿全てが埃霧に覆われていく――




「くく……今ので五発、この物騒な弾はあと何発ある? かかか、意味がないぞ小娘――いや小僧だったか。大人しく我に血を捧げよ!」


 もうもうと立ち上がった埃のどこかで、声が軋んだ。

 先ほどまでと違い、シャンブラーの声が少し険しくなったような気配があった。

 動いてる気配もない。


「……」


 やがて少し埃煙が晴れてきた。

 空中に静止しているシャンブラーのシルエットが見えてくる。

 《イブン=ガズィの粉》の燃え滓を含んだ埃霧の海を透かして、かすかにだけど。

 ――


 対神話弾はもうない。

 ウェブリー・リボルバー・マークⅥのシリンダーに収まってる最後の一発は通常弾だ。

 その銃も今は――そして、その代わりにがあった。

 ふう……

 じゃあ、行きますか!


「……」

 

 床にあった瓦礫を軽く蹴飛ばした。向こうでカランと音が響く。

 同時に動いた。

 埃と黒霧に紛れ、銃を――


「そこにいたか……見つけたぞ、小僧!」


 焦れていたシャンブラーが襲いかかってきた。

 見つけた――つまり、こっちがいる。

 それはつまり……


「銃を構えているようだが、残り一発なのは分かっているぞ。それを外せば終わりだ。――かかか、分の悪い賭けだったと思い知るがいいぞ!」


 煙みたいな埃の奥で、マントから伸びる銃を見つけたらしいシャンブラーが勝ち誇る。

 気配が増大していく。


「捉えたら首か、腕か、それとも足でも啜ってくれようか。触手が痛み以外を与えられるのか試してみるのも一興だな!」


 くくく、かかかと高笑いしていたシャンブラーの声が一瞬止まる。

 何が――そう思った瞬間だった。


 ドッゴーンッ!


 シャンブラーの不可視の手だか足が、床を激しくぶっ叩いた気配!

 莫大な量の瓦礫が


 何が―ああ、瓦礫を盾にする作戦か!

 ちゃんと考えてはいるんだ……


「かかかか!」


 勝ち誇りながら触手で瓦礫の盾をブチ抜き、突っ込む――その動きが、一瞬乱れた。

 そりゃそうか。

 放たれると思っていた六発目が飛んでこないんだから。

 それでも触手の攻撃は止まることなく、その先端がマントを貫いた。

 下のジャケットとシャツを派手に破る。


「かかか、死ぬなよ小僧……おおっ!?」


 困惑の声が響いた。

 何事かとシャンブラーの気が取られた一瞬の隙を付き、瓦礫の山の下から一気に飛び出した。


「はあっ!」


 狙うのは、ある一点だ。

 さっき見つけた場所にまだある――けど、狙うにはシビアな場所にあった。

 それでも、やるけどさ!


 ジャンプから、その一点に《》の切っ先を叩き込んだ。

 刃が潜り込む!

 不可視の肉の内側へと滑り込み、異形の胴体を――貫き通す!


「――!?」


 叫びにならない絶叫がシャンブラーから上がった。

 驚愕の目で僕を見た気配がする。


 こっちは日比谷三角で着ていた時と同じ下着姿で、手には《剣》があった。

 さっき落としたはずの僕の愛剣。

 名は《プラトー》という。

 突き刺した剣越しに、異形の抵抗が刃を絡め取る感触が伝わってくる。

 だけど、まだまだぁ!

 裂帛の気合いを込めて、高らかに叫ぶ。


「《破壊ウォーロック》!」


 高らかと奏でたのは、呪文と言うよりは《唄》か。

 この身体に元からある《ツァン》の声!

 物理的というより精神的なブースト効果が伝わり、必殺の気合いとなって僕の全身を強化する。


「ばっ……馬鹿な!?」


 まるで人のように動揺する気配が響く。

 この《声》は、宇宙の果てだか中心で旧支配者たちへ奏でられるモノと同質らしい。

 だから旧支配者にも効くことを、融合してる半身は理解できたか。


 不可視、非物質である筈のシャンブラーが身悶えた。理解できない衝撃が走ったのだろう。

 半身は――理解できてない。

 いまお前が感じてるのは、異形で人外の《痛み》だよ!


「なんだ、これは……おおおお!」

「服と銃で作った案山子にまんまと騙されたな、シャンブラー。人から変身したんなら視力で物を判別してると思ったよ!」


 目で見ているのだから視覚で騙せる――

 その考えで正しかったワケだ。

 剣を引き抜いて瓦礫の上に着地すると、不浄の返り血を剣の一振りで落とした。

 シュミーズの裾がふわりと揺れる。


「騙した……だとぉ!? だが、どうやって私の位置を把握した。それに剣をどうやって突き刺した!?」

「お前の身体には僕の血が付いてたんだよ。派手に動いたのは伊達じゃない!」


 跳ね飛ばしたのが、たった一滴だけね……とは言わないでおく。

 実際ちょっと危なかった。


 横で、シャンブラーに大穴を開けられたマントがバサリと崩れていく。

 家具の残骸に猫ごと引っ掛けていた服と銃とが、ふわり、カランと床に落ちた。


『剣探しに案山子役……猫使いが荒いな、まったく』


 ニュートが駆け寄ってくる。

 剣を探し、見つけて持ってきてくれた相棒の背を撫でてやる。

 ありがとう!


 そうしてるうちにも、シャンブラーの不可視が徐々に解除されてゆく。

 《何か》と《ヒト》とが、あり得ない形で混じりあっているシルエットが露わになる。だが完全ではない。

 両者には手術痕のような境界があった――

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