第一話:記憶の祭壇《7》

 肉チューブが引っぺがされる。

 知識にある範囲で一番近そうなのは、ヤツメウナギあたりだろうか。もっとずっとアビサルな印象を受けるけど!


 虚空から宗全の声が響いてきた。


「甘露、甘露……くく、変じてもこういった感覚だけは消えんなぁ。美食には凝ったのだよ。人肉も食ってみたことがあるが、当時は不味いと思っていた。だがお前の血と肉は格別だぞ!」


 化け物はくすくすと笑いながら身を離すと、ニュートを振り落として滲むように消えてゆく。

 とっさにキャッチ!

 そのまま抱きしめ、窓辺まで一緒に下がる。

 外は……駄目だ、騙し絵みたいに別の部屋に続いてるだけか。


「逃げ場など何処にもないぞ、小僧!」


 不可視の怪物は既に見えなくなりかけている。

 不味い、回避しないと――


 そこで足が滑った。

 足元にあった、滑らかなベルベットのカーテン!

 だめだ、吸い付くように離れない。

 本体が上からブチブチと落ちてきて、布で視界が遮ら……!


『瑛音!』


 声とともに、カーテンが生きてるみたいに広がる――違う、カーテンを咥えたニュートが虚空を走ってる。

 

 虚空――じゃなくて、怪物の身体の上をか!

 赤い布が波のように怪物へ覆い被さったんだ。

 ブチブチとカーテンレールを引き千切り、ぐるりと巻き込まれる。ヒトのカタチに!


『瑛音、やれ!』

「おけ!」


 ウェブリーを抜いて、カーテン越しに残り全弾を叩き込む。

 命中した箇所から血が飛び散った。


「おおお、小僧!!」

「逃げるよ、ニュート!」

『おう!』


 フードに飛び込んできたニュートを連れ、部屋同士が一番ゴチャっと固まったオブジェへ向けてジャンプ!

 落ちた剣を拾いたかったけど片手では難しいか。


 代わりに空中でウェブリーを口に咥え、左手でラッチを外した。

 トリガーガードの先にある支点でシリンダー部が折れるように割れ、撃ち尽くした空薬莢がパラっと飛び出した。


 頬の横を落ちていく。

 咥えたまま空中に突き出した階段の手摺りに着地し、そこを全力で駆け上がる!

 後ろで階段が爆発したように砕けた。

 カーテンの残骸が破壊痕でヒラヒラと揺れている。アイツも追ってきてるか。


 手摺りの頂点で――再ジャンプ!


 デタラメに重なるセカイで、ひときわ目立つ位置にあるシャンデリアを掴んだ。

 空中で身体を捻り、全方位確認。

 シャンデリアに掴まって状況を確認しつつ、ベルトから一発だけ装填してシリンダーを戻す。

 残り五発も装填したいけど時間がないっ!

 シャンデリアから飛び降りた。


「小僧が!」


 声とともに、追ってきたカーテンが破裂するように破れる。

 不味い、引き剥がしに罹ったか。


 怪我してない方の手で銃を構えた。

 まだ残ってるカーテンの動きを見逃さないようにしっかり睨めつつ、銃を――部屋が寄り集まった塔に向ける!

 あそこに働く重力が下向きかは怪しいけど、賭けるしかない。


 ドン!


 トリガーを引き絞る。

 対神話弾一発が書架の軍に叩き込まれ、翠に炸裂した。

 中心から周辺へ、津波みたいな衝撃波が広がる。

 セカイがデタラメに繋がっているので、瓦礫や衝撃波も滅茶苦茶だ。

 落ちてる先は――よし、下だ!


「うおおお!」


 ボロ布となったカーテンの残骸へ――大量の残骸が……直撃っ! やった、ラッキー!

 そのまま瓦礫の中に落ちていく。

 ただし自分も!




「……」


 埃が霧みたいに、もうもうと湧き上がった。

 埃の舞う中、瓦礫の山に身を潜め、ニュートと一緒に周囲を警戒する。

 何も聞こえないし、何も感じない……うん。

 肩のニュートと頷き合って溜息をクロス。


『少しの間はこれで大丈夫か……無事か、瑛音?』


 傷口をそっと覗き込んできた。

 手をゆっくり退ける……まだ血が出てるけど、何とか我慢はできそうだ。

 ハンカチで軽く縛ると、ふうと溜息を付く。


「痛くはあるけど……大丈夫」

『今ばかりはイーフレイム・エフォーに感謝しよう。奴がその人造身体に与えた《強化》のお陰だな』


 いま入っているこの身体は、魔王とまで呼ばれた魔術師の作り出したスペアボディだ。

 これを作るために魔王は自分の娘を含む大勢の人間を殺してる筈だけど……とは言わないでおく。


「ニュート、アイツの正体わかる?」


 瓦礫の隙間に隠れながら、改めてウェブリーに弾丸を込める。

 神話弾は、残り五発。

 これなら、この世界その物にもダメージを与えられるだろうけど……ううん、どうしよう。

 最後の一発は通常弾だ。

 普通の人間ならコレで十分倒せるけど、アイツはどうだろうな。


『皮を被ってるところから見て、おそらく空鬼シャンブラーの一種だと思う。ただ詳細がよく分からないのだよな』

「どういうこと?」

『シャンブラーに血を吸う器官などない筈なのだ。あるいは悪性願望のせいで《星の精》の皮でも被ったのか』

「星の精?」

『別名スターヴァンパイア。普段は見えず、出現するのは血を吸ってる間だけという神話存在だ。吸血時が攻撃のチャンスとなるが、吸われてる最中は激痛が襲う』

「でも見えないのが厄介だよ。だからアイツに血を吸わせるしかない……その上で攻撃」


 ううん……血か、血ね。

 しばらく考え込み――んん?


『何か良い案でもあるのか?』

「ニュート、頼みがあるんだけど。割と大変なんだけどさ?」

『構わん、何でも言え』


 聞いたニュートが猫ジト目になる。


『――大変って、そっちの大変か。確かに今は猫の手も借りたい状況だろうし、やるが。任せておけ』


 了解の印に、前足をちょこんと突き出してくる。

 肉球と指とでコツン。


「頼んだよ、ニュート。――狙いは、このデタラメなコピペ空間の中で一個だけしかない、あのシャンデリア。あの下が一番広そうだしさ。タイミングはニュートの方で合わせてくれると嬉しい。僕は大盤振る舞いしてくるから、よろしくね!」

『おう!』

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