第72話 ただいま


 帰りは、一瞬だ。路地裏からトランクルームに入り、アンソフィータのギルドの店へと戻ってきた。

「タロウさん! 」


シルヴァが駆け寄ってきた。シルヴァには、目処がついたら、一旦戻ると伝えてあった。


帰れる目処がついたら、トランクルームの部屋を譲ろうと思っていたのだ。

帰れなかった時の事を考えると、簡単には譲れなかった。

それで、彼には一旦は戻ると伝言していた。


「お帰りなさい。どうしたんですか。ひどい顔色です」

「ああ、ただいま。悪い、ちょっと色々とあってね。でも、誰か真っ当な人間の顔を見たかった。あー、でも、暫く寝るから。詳しいことは、後で。じゃ」


「ヘっ? 」

シルヴァが真っ当な人間かどうかはさておいて、ギルド店から自身の寝室に入り、寝ることにした。




 シルヴァが、再び太郎を見たのは翌日の朝だった。

「皆さんは、他の方はどうしたんですか? シロガネは? 」


二人っきりの朝食に、恐る恐るシルヴァが聞く。太郎の側に白金がいないことが、一番気になった。

「ああ、うん。白金ね」


昨日は、衝撃的なことが続いていたため、どこか他人事のように麻痺していたが、白金は真っ二つだ。真っ二つになっただけで、血も流れていない白金の体は、滞在型トランクルームの中にある白金の部屋に寝かしてある。


あれは、どうにかなるんだろうか。元はノートパソコンだったし、アシスタントを解除すればノートパソコンに戻るとは言っていた。真っ二つになったノートパソコン、修理できるだろうか。そんなことをボンヤリと考えていた。


なんと答えて良いか、太郎には判らなかった。

パソコンの修理のためには、解除か? でも解除したら、白金、どうなっちゃうんだ? 再びアシスタントを依頼できるのか? 依頼できたとして、それは白金なのか?

そんなこんなが頭を巡るだけだ。あー、ハードディスクが無事ならなんとかなる?


どこかボンヤリとした太郎に、それ以上聞くのが憚られ、シルヴァは朝食をすませると、


「じゃ、店に出ますね。タロウさんは帰って来たばかりですから、ゆっくりしていてください」

そう言って、キッチンを出て行った。太郎は一人になった。



「白金、どうやったらお前、直るんだ?  俺には判らないよ。もっとレベルを上げれば、俺にも虚空情報アカシックレコードで色々判るようになるかな。そうしたらわかるかな」


「いえ、その必要は無いかと。ただいま戻りました」


白金の声に驚いて振り向いた。そこには、いつものように白金が立っている。二つになった胴体もくっついている。

「へ、幽霊!」

太郎は腰が抜けた。


「失礼な。マスター、私はれっきとした白金、アシスタントです。

一時、意識を店員に移しておりました。真っ二つにされたのは、店員の人形ひとがたです。移植していた意識を本体に戻すのに、記憶の追加などで少々時間がかかりました。


ご心配をおかけしました。


今回の事で、支店の基が一つ、店員の人形ひとがたが一人分、消失してしまいました。

いや、すごい人でした。まだまだ、私も精進が足りません」



シルヴァが昼食時に部屋に戻ってきた。

彼が戻ってきたことを、まだ誰にも告げていなかったのは状況が判らなかったためだ。太郎がぼうっとしていたため、朝食はあり合わせのモノで済ませていた。同じような状況では、太郎は何もできないかもしれない。昼は喫茶室で何か注文をしようと思い、太郎に何が食べたいかを聞こうと思ったのだ。


だが、厨房からは美味しそうな匂いがする。


「お疲れさまです」

「シロガネ」

皿を並べている白金の姿に、調理をしている太郎、シルヴァにとっての日常が戻ってきたようだ。太郎の目が少し腫れていたのには、触れないでいようと思った。




「あー、結局な。3人は無事に帰った。で、俺は帰りそびれた」

「そうですか」


「決意とかさ、なんかそういうものじゃなくて。なんというか、流れで、こうならざるを得ない状況になっちゃったような気がせんでもない」

「なんですか、それは」


「俺さあ、帰ろうと思ってたんだよ。で、帰るだけならば一緒に帰れた。でもその後のことを考えると、帰るっていうのが飛んじゃったんだ。


自分も一緒に帰ったらやばいとしか思えなかったんだ。もうあれしか考えられんかった。


いや、召喚の陣、あのままだと俺の世界と繋がったままでさ。そういうセッティングにしたからさ。移動させるなり、なんなりしないとね、怖い人まおうさまが来そうだったんだ。


あの人が乗り込んできたら、俺たちの世界、お終いになるんだと思ったんだ。指輪があるから、変なことしたら、邪神がくる可能性だって残ってたし。あのままで、放っておいてはいけなかったんだ。


別の場所で起動させれば、別の場所に行ってくれるのがわかってたんだ。しかも、封印の指輪があれば、それが指標になって、邪神の世界に行けそうだってことも。

だから、一発勝負にかけたんだよ。


帰るのと収納するのと一緒に出来たら、良かったのにな~」


取り留めもなく、シルヴァにとって半分は訳の分からないことをゴチャゴチャと太郎が言うのを、彼は黙って聞いていた。


何があったのか、具体的にはあまり話さない太郎に聞き出すのは気が引けたのもあるが、多分、話せるほど頭の中が整理されていないのだろうと思ったのだ。


自分の母親が時々、記憶がゴチャゴチャになってこんな風になっていたときを思い出した。


いつか整理がついたらでいい、どうやら時間はありそうだ。そう思った。太郎には申し訳ないが、シルヴァは彼が戻ってきたことが嬉しかった。


「うん。だから、またここに厄介になる」

「何言ってるんですか、厄介になるって。貴方のお店でしょう、ここは」

「なんか、シルヴァの店のような気がしてきたんだ。だって、俺、このところ働いてないもんな」


「そう思うんだったら、明日からみっちり仕事してください。店長! 」

「えー、俺、昨日帰ってきたばっかりなのに、シルヴァ君がいじめる」

「なに言ってるんですか、本当にもう!」




 色々と考えたが、サイザワさんの話をどこに持って行って良いのか判らなかった。


邪神の書はシルヴァが多分絡んで消失した。封印の指輪はサイザワさんが邪神の地へ行くための道標となった。残ったのはトランクルームに収納されたままの召喚の書。


これを一体、誰に何を言えば良いのだろうか? どこに持って行っても火種にしかならない気がする。


「別に誰かに話さなくても良いと思いますよ。この話が必要な人が聞きに来れば、教えてあげれば良いと思います。こちらから積極的にどこかへ話す必要性を感じません」

「そうかな」

「そうですよ」


「もともと、この世界はこの3つを必要としていたわけではないでしょう。無くても問題がないものが、無くなっただけです」

「そうだな」


「召喚の書は、トランクルームで消化できそうもありません。でも、持っているだけでもえらく負荷がかかるようで、レベルが上がりそうですね。レベルが上がって、消化できそうならば消化してしまいましょう」


白金が嬉しそうだ。ダンジョンの騒動でレベル100になったのだが、今後も少しずつ部屋が増えていきそうだ。


 いつか、本当にいつか、グネトフィータに行くことがあったなら、魔王という人に少しだけ話しても良いかもしれない。

サイザワさんは、邪神の地に行ってしまって、もう戻っては来ませんと。




え、なんで断言できるかって。トランクルームを通じて、伝言が届いたんだ。

あの人は、元気に戦っているらしい。

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