第58話 ご依頼の内容、お伺いします
21年前、何があったのか、正確なところは判らない。考えられるのは、邪神の書の場所を確認するためクレナータの家に忍び込んだ邪教徒が、偶々家に居たヒルダと鉢合わせしただろうこと。
その時何かが起こり、二人はフィニスまで飛ばされた。何故フィニスだったのか。
一人は一気に年老いて、もう一人は記憶を無くして。何が起きたのか、誰にも判らない。もしかしたら、その時に邪神の書は消失したのかも知れない。
その点に関しては、彼女は明言を避けた。
「ただ、今判っているのは、あの場所に邪神の書はもう無い。いや、この世界にもう邪神の書は無いんだ」
今では、クレナータの家には、何もない。普通の家だ。
領主が、邪神の書が消失したことに気がつくことはなかった。邪神の書の封印を視ることができるのは、それこそ聖女ぐらいのものだ。
それほど厳重に封印され、隠蔽されていたのだ。
アンソフィータの王とダチュラの領主、この二人だけはあの場所に邪神の書が封じられていたことを知らされている。
大通りに接するどこにでもあるような一軒家、そこに非日常的なモノがあるとは、誰も想像しないだろう。
かの書の封印がこの地の
21年前、ヒルダの失踪を受けて、調査はされていた。失踪した場所が特別な場所だったからだ。
しかし、何も判らなかった。領主は邪神の書が関係していると感じたが、なすすべはなかった。それに邪神の書が関係するかも知れないとは、口にすることは出来ない。まさか邪神の書が消失しているとは思いもしなかった。何かが変わったのだと、わからなかったのだから。
クレナータは、この家にいればヒルダがいつか帰ってくるのではないかと、家を手放さなかった。
彼はずっと、待っていた。
(そんな場所に普通の人が住む家を建てるってのは。ちょっと、迷惑な話な気もする。それにやっぱ、過去形だったんだ)
思わずシルヴァを見てしまった太郎は、場違いなことを一人考えていた。
「あいつは、かわいそうな男だ。結局何も手に入れられなかった。まあ、そんな事を私に言われたくはないだろうがね」
サイザワさんがポツリと溢した。
「それでね。
勝手に別の世界から人を連れくるなんて、相手に迷惑かけてるよね。今までは、そうでもないけど、また邪神みたいなのを呼びよせることだって可能性としてはあるからねえ。もうそんな事が起きないようにした方がよいだろう、そう思うんだ。
今まではバランスを考えて、召喚の書に手をつけずに放っておいたんだけどね」
彼女は、封印の指輪がどうなったのか一言も語らなかった。だが、きっともう無いのだろう。
「それで、君への依頼はね。スフェノファに行って、召喚の書を収納してくれないかな、というお願いなんだ。できるかどうかは、まあ判らないけど、チャレンジしてくれるだけでもいいから。収納持ってて、やってくれそうな人はタロウくん以外、ちょっと思い当たらない」
依頼については、少し時間を貰うことにした。賢者だという子は、結局一言も語らなかった。
実際に、太郎だって語るべき言葉なんて、何も思い浮かばない。向こう側はずっと太郎を睨んでいたから、何か言いたかったのかもしれないが、知ったこっちゃない。
ギルドの店に戻ると、まずはシルヴァに太郎が此処にたどり着くまでの経緯を簡単に話した。勿論、黒歴史以外だ。彼はそれなりに驚きはしたが、それだけだった。異世界の人間は稀にだが、いるからだろう。
「人ってそれぞれ、色々とあるんですね」
そんなことを口にしただけだ。
(君にだって、色々とあるんだよ。自覚がないだけで)
太郎は、邪神の書を消失させたのはシルヴァだと確信していたし、サイザワさんもそう考えていると思っている。サイザワさんは、シルヴァについては領主などには伝える気はなさそうだ。シルヴァのことを考えれば、その方が良いと思う。
彼には是非、うちで仕事を頑張って欲しい。もう邪神はいないのだから。普通の一般人、地道にお仕事を続ける人、それで十分じゃないか。
だが、この場で彼自身の話についてはするつもりはない。
今日、聞いた話だけでも、彼は心の整理が必要だと思う。これ以上、シルヴァを混乱させたくはないからだ。
シルヴァはすでに自分の部屋へと戻っていった。今日は疲れたので、皆早々に休むことにしたのだ。太郎は自室にしている滞在型トランクルームに入って、ソファに座って酒杯を傾けていた。
「マスター」
白金の呼びかけに、
「結果を教えてくれ」
「はい。スフェノファの召喚陣から帰還できます。あの場所で、そのまま起動させる必要があります。もし、依頼の通り召喚の書を収納した場合、帰還は叶わないでしょう。設置場所がズレてしまえば、設定された空間軸が変化し、二度と合わなくなる可能性が高いからです。
そこまでは、わかりました」
「そうか。サイザワさん達はそのことを知っているのかな」
「わかりません」
「そうだよな。そうすると、3人を連れてくっていう話になるのか。面倒なことにならないといいな」
「何か、問題が? 」
「俺、高校生って苦手なんだよな。女子高生もいるし」
うんざりした顔で、そう言った。
「話が通じない連中じゃないと良いな。サイザワさんはコミュ力高いから大丈夫だったかもしれないけど」
なんだかんだ言って顔は忘れていたが、最初に言われたこととかは覚えていたりする太郎だった。
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