第57話 あの人、語る
この大陸にある古くからの王家には口伝が残されている。かつて異界から召喚された邪神を封じ込めた話だ。邪神を封じた書、邪神の心臓である剣、邪神を召喚した書、この3つを別々の場所に封じ、その上に3つの国が作られたといわれている。
「これはね、民間でも部分的に伝わっている。おとぎ話の類いだと思われている物語だ。でもね、これは本当のことなんだよ。グネトフィータには邪神の心臓と言われる剣を封じた封印の指輪を、代々の魔王が管理していた。アンソフィータには、邪神の書が封じられた場所があった。そしてスフェノファには邪神を召喚したと伝えられている召喚の書を封じた場所がある」
邪神を敬い復活させようとする組織があった。ここでは、邪教徒としようか。
だが、邪神の心臓は、グネトフィータで最強の魔王によって管理されているために手が出せなかった。
邪神の書は街中に埋もれた場所にあるため、どこにあるのか知られていなかった。
召喚の書は動かし難く、
「いつの時代にも、馬鹿はいるんだよ。今回の中心人物となったテネブリスもその一人さ。あれはね、私と先代魔王の座を争った男だったのさ。でも、魔王になったのは私だった。
魔王になることが、彼の悲願だったと聞いた。だが、叶わなかった。その事が、どうしても許せなかったんだろうね。
私の方も、決着がついて慢心していたのかもしれない。私はあの男に指輪を奪われたのさ」
魔王になれなかったテネブリスは、魔族の自分を捨てアンソフィータのフィニス、グネトフィータと国境を接する街で長い事過ごした。誰にも、彼のことを知られずにいた。
そして、彼はこの街で、二人の人物を拾うことになった。21年前の事である。
一人は邪教徒で、もう一人は記憶喪失の女性だった。この邪教徒はずっと邪神の書を探し続け、その場所を特定したのだという。だが、拾ったときには既に老いさらばえており耄碌もしていて、多くを言い残さず死んだ。
一緒に居たもう一人の記憶を失った女性は、身重だった。所持していたのは男物のカフスと手紙だけだった。持っていた手紙から彼女の名前はブレディア ヒルダだろうと思われた。彼女の出身がダチュラだということまでは判ったが、それだけだ。
彼女の面倒をみたのは、テネブリスにとってほんの気まぐれに過ぎなかった。邪神の書に興味がわいたのかもしれない。だが、彼女自身を見ていると、邪教徒とは思えなかったし、邪神に関わるような存在にも思えなかった。
記憶が戻らない彼女だったが、稀に何かを思い出すことがあった。そうしたことは、よく生まれたばかりの息子に語っていた。
「家にいて部屋の床が光ったの、そう言えば」
息子にそんなことを話していたのを耳にした。
テネブリスは、僅かな手がかりから最終的にクレナータの家に邪神の書があると目星をつけた。すでに何年も経っていたので、ヒルダのダチュラでの最後の足取りを掴むのも難しいはずだった。だが、先代クレナータが散々探し回っていて、最後に居たのはどうやらその家であったかもしれないという話をつかんだ。
だが、それだけでは根拠が薄い。その後、様々な事を検討していった。死んでいった邪教徒の残した僅かな言葉も手がかりになった。
ダチュラがどういう場所なのかを調べていくと、アンソフィータの中でもっとも魔力が濃い場所であることが見えてきた。その魔力の濃い場所の中心地点でありながら、魔力が薄くなっている場所がダチュラだ。本来であれば、最も魔力が濃い場所のはず、それが不自然だということに気がついた。
そして、街の中でももっとも魔力が薄い場所と推定されるのがクレナータの家の周辺だったのだ。
そうやって、アンソフィータの邪神の書がある場所を特定したと思えた。
2人が飛ばされたのは、邪神の書と何か関係があるのだろう。邪神の書は今でも力を失っていないことだと考えた。
再び、グネトフィータに戻ってきたテネブリスは、魔王の証である封印の指輪を奪って逃走した。
サイザワは魔王の座を退き、テネブリスを追った。グネトフィータの魔王は国外に出ることはない。それもあって、彼女は次代へと魔王の席を譲った。何としても捕まえて、封印の指輪を取り戻さなければならなかった。
封印の指輪を手に入れたと言うことは、邪神復活を目論むためであろうと邪教徒の組織を幾つも潰したが、彼の行方は杳として知れなかった。テネブリスは、邪教徒との関わりは無く、すでに長いことアンソフィータで別の顔を持っていたこともあり、サイザワが彼の居場所を特定するのは難しかった。
邪教徒が多いのは、スフェノファだ。彼女はスフェノファの邪教徒の集団を潰しながら、アンソフィータも手のものをやって探ってはいた。
「そんな時に、イチローくんに出会ったのさ。いやー、召喚の書が現役なのを改めて知ったね。ここ50年以上は召喚されていなかったから。おかげで、いい拾いモンもできたしね」
ニヒっと、自分の連れている騎士に笑いかけた。その騎士はウンザリした表情で目を背けた。
「もしかして」
「そうだよ、召喚された勇者一行は私が確保している。彼等の中に聖女がいたんだ。今回は、邪神の書を再封印する必要があるかと思ってたんだけどね。
今日のこの護衛は、賢者君だ」
そう言ってから、シルヴァをみやると、
「でも、必要なかったんだよ。何故か判らないけど、邪神の書が消失してたんだ。誰かが他の場所に移したわけじゃなくて、存在が失われていたんだ」
「サイザワさんは、鑑定ができるんですか」
その質問には答えはなかったが、笑顔が正解だと言っているように見えた。
「聖女がクレナータの家へ行き、確認した。奪われた喪失感はなく、消失したとね」
「テネブリスは、クレナータの家を手に入れ個人で邪神復活を目論んだ。世の中をひっくり返したかったらしい。でもね、総ては無駄だったんだ。すでに終わってたんだ」
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