第56話 あの人、現る

 約束の日となった。今日は、貸倉庫屋関連のお仕事はお休みにした。クロークがいるので、1日レンタルの仕事はしている。クロークは人ではないのが判っているので、今回の報償からは除外されている。


三人は、クレナータが手配してくれたゴーレム馬車に乗って、領主館を訪れた。大きな屋敷で、門をくぐっても暫くは馬車で移動だという。窓から外を眺めながら、広い庭と奥にある立派な建物を太郎は見ていた。


シルヴァの顔が緊張のせいか少し青ざめているが、まあ、大丈夫だろう。白金は平常運転だ。太郎達は現在探索ギルド所属なので、領主が無理を言ってくることもないだろうと考えていた。


 別室で暫く待たされて、その後謁見室へと案内された。

通された謁見室で控えていると、領主達が入ってきた。領主と共に入ってきた人物を見た太郎が、呆気にとられた。


「やっほ~、イチローくん。お久しぶりね、元気にしてた? 」

「え、サイザワさん」

笑顔でサイザワさんが小さく手を振っている。なんとも締りなく謁見が行なわれることとなった。



 最初に、なんとも言えない緩い空気が流れたが、報奨の議は滞りなく終わった。平たく言えば、報奨のお言葉と褒賞金の目録を頂いて終わりだ。形式的なやり取りは、前もってクレナータに教わっていた。


その間、サイザワさんはニコニコして上機嫌で領主の隣に控えていた。太郎は、物凄くやりにくかった。親戚の叔母ちゃんが授業参観に来たような居心地の悪さを感じていた。



 その後、一同は別の部屋に通された。今回のクレナータの家に関することで話があると言われて、案内されてきたのだ。

この部屋に通されたのは、領主とサイザワさん、サイザワさんの後ろに控えている騎士、太郎、白金、シルヴァの6名。


部屋に入ると、結界が張られたのを誰もが感じた。何者も此処で話されることを聞かれないためだと説明を受けたが。

太郎は、その結界の中でトランクルームが使えるかどうかを確認をした。机の下で他の人から見えないように、右手でクッキーを一枚取り出し、元に戻す。問題はなさそうだ。ふと、サイザワさんと目があった。笑顔なんだけれど、右手をヒラヒラされ、バレてるようでゾクッとした。


「さて、本題に入る前に、タロウくんは何か言いたいことがあるかな。私がグネトフィータの人間であることは、察しが付いていたのかな」

とても楽しそうにサイザワさんが問いかけてくるのに対して


「この国に来て、を得ました。グネトフィータの人かどうかはともかくも、あの国の人ではないなとは思っていました。ここに来て判ったんですが、家の中もスフェノファらしくなかったですよね。

それと、貴方のくれた情報は的確でした。助言のおかげで、逃げ時を失わずにすみましたし。おかげで、無事にこの国に辿り着けました。御礼を言いたいと思ってたんです。ありがとうございました」


太郎はサイザワさんに頭を下げた。感謝しているのは本当だ。彼女がいなければ、どうなっていたのか判らない部分が結構ある。


「いやいや、君も中々有能だよ。本当は、もう少し補助しようと思っていたんだけど。ある日突然、消えちゃったからね。びっくりしたよ。お偉いさん達は大変だったみたいだよ」

「あはははは」


太郎は笑って誤魔化そうとしたが、サイザワさんの目は笑っていないのに気がついた。それに、なぜかサイザワさん付きの騎士にもさっきから睨まれた気がする。まだ年が若い騎士だが、どこかで合ったことがあったろうか? 思い出せない。


この場ではシルヴァだけが蚊帳の外だ。話について行けない彼に

「後で、帰ってから説明します」

白金が小声で囁いた。


「クレナータの家に関する話があるのは本当なんだが、それだけではないんだ。

実は、君に仕事を依頼をしたいんだ。そのためにこの場を設けてもらった。この依頼は、君にとっても有益なはずだ。話が理解できれば、断ろうとは思わないのではないかな。勿論、断ってくれても良い」


太郎はその言葉に身構えた。相手は隣国の大使だ、要するに権力者側だ。こっちはしがない小市民だ。無理難題を押しつけられる可能性まであるはずだ。

そんな太郎の姿をみて、サイザワさんはふっと笑った。


「そうなるよね。付き合いも短かったし、そこまでの信用はないよね。

でも、君を力尽くで何とかしようとは思ってない。これは本当。すぐに信じてくれとは言っても無理だろうだがね。君らに不利になるようなことを要求はしない。君の逃げ足の速さは知っているからね。

それに、本当に君にも益になる話なんだ。

駆け引き無しで、ぶっちゃけた話をしようと思う。そのための結界だから。


依頼内容を理解してもらうために、事の顛末を話そう。

この話はクレナータの家にも関することでもあるんでね。君だって、あの家のこと気になるだろう。そこのシルヴァ君にも関係している話だ。

まあ、それでシルヴァ君にもご足労願ったわけ。今日、彼に逢えて本当に良かったよ。


さて、では自己紹介をば。私は、サイザワ オリベラ テラルム。先代のグネトフィータの魔王だ。


元魔王の私がここに来た理由、この件に関わることになった理由は、テネブリスという男をずっと探していたからだ。そのテネブリスという男は、今回のクレナータの家と呼ばれる場所を手に入れるために暗躍していた男でもある。偶然、この街に来て領主殿と話をしてね。テネブリスを捕縛する手伝いをお願いされた。私にしてみれば、ラッキーだったよ。本当にね。


それで、私が彼を追っていた理由なんだがね。彼に奪われた封印の指輪を取り戻すためだった」


彼女は語り始めた。

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