第55話 ダンジョンより、シルヴァ戻る

 ギルドやギルドマスターが、あれこれと手配し、今回のトランクルームの噂の件が穏便に済んでいなければ、この街、もしくはこの国から出て行くことも視野に入れていた。そうならならずに済んで、太郎は少しホッとしている。


後は、領主側の動き次第だろう。領主側がどんな動きをするのかわからないので、予断は許さないが、ここまで来れば、大丈夫な気もする。

変な依頼が来る可能性は、あるけれど。




 翌日、ニル達と一緒にクレナータがやって来た。子供達は、元気な太郎の姿を見て、嬉しそうだ。早速、昨日来た新しい世話役の話で盛り上がっていた。

「ウェンディさんとヴァンさんって言うんだ。二人はね、夫婦なんだって」

今度の世話役は、夫婦で住み込むらしい。旦那さんのヴァンは元傭兵で、怪我をして引退し、世話役を引き受けることになったという。ニル達は、彼に剣術や体術を教わるんだと喜んでいる。

日常が戻ってきて、太郎はホッとしていた。


クレナータは、大変申し訳なさそうに、書状を差し出した。役所から太郎へ宛てたものだ。


「お偉い方は、色々と大変なんですね」

正式に届いた領主からの書状を見て、白金が鼻で笑ってそう言った。白金はダリアを捕えた事で、彼等が画策していたことの、おおよその察しが付いているのだろう。


 実は、シルヴァをダンジョンから引き上げさせて役所で聞き取りするという話は、ダリアが逃走したためであった。ダリアが何をするか判らなかったため、彼女の駒となっていたシルヴァを押さえておこうという腹だったのだ。


太郎達にそれを正確に伝えなかったのは、この街の人間ではなかった彼等を信用しきれなかった事もあったが、軽んじていたという事の方が大きいかも知れない。


クレナータは太郎達にダリアの件を話した上で、シルヴァを確保した方が良いと主張したのだが、聞き入れられなかったのだ。彼は下っ端に過ぎないからだ。それに、真っ当になったシルヴァを彼は見ていない。それもあって、反対しきれなかった面もあった。


ダンジョンの事件が発生したことで、領主側には当初、太郎とシルヴァのいたダンジョンで今回の事件が起きたのは、二人がダリアと通じていたからでは、という意見も出されていた。仲間割れか何かでダリアを差し出して、自分達の関与を否定するためにおこなった自作自演ではないかと。

特にシルヴァ達が聞き取り調査を受ける話になった直後に発生したという点も、偶然とは思えなかった理由のひとつとして挙げられた。


それと、自分達が取り逃がしたダリアを白金に突き出されたことも気に入らなかったのかも知れない。自分達が小物だと思っていた連中に先を越されたからだ。


だが、その意見については否定された。ダリアの取り調べをした人物から、彼等がテネブリスやダリアとは関係ない存在だと主張されたからだ。


 表面上は何事もなかったかのように、ダリアを捕まえた白金や、騒動を収めた太郎に報償を与えるという話になり、領主館へ招集するための書状だった。


ダンジョンに赴いて、魔物退治に一役買った探索者への報奨はすでに済んでいる。残すは太郎達だけになったのは、太郎の体調を慮ってのことであった。シルヴァも一応、あの件では活躍していたので、太郎共々行く事になっている。


 今更、シルヴァを確保するために連れてこさせたかったという話は言ってこない。

ダリアの供述から、シルヴァは殆ど何も知らない事が判ったからだ。こちらが話を聞くことで返って情報を渡してしまうことになりかねなかった。


このまま、自分が馬鹿な行いをしただけだと思わせておいた方が、都合が良いと考えているのかも知れない。

クレナータにとっては、この決定には反駁を感じていた。真実を知ったところでシルヴァのやった事は変わらないのだが、少しでも気が楽になるのならと思わなくもなかったのだ。


 報奨を受け取るために、領主館に行くことは決定事項だ。領主館に行くに当たっては、正装が必要と言われ、クレナータに頼んで見繕ってもらった。

クレナータが言うには、隣国の大使が今回、同席するそうだ。どうも、クレナータの家の件については、隣国との絡みもあったらしい。その件についても、後ほど話があるようだ。



 シルヴァは、ダンジョンから戻ってきた。

ギルドに戻ると直ぐに喫茶室に行き、ロイフォとシェーボに土下座せんばかりに謝った。だが、ロイフォ達には恐れられたまま、というか目一杯引かれ、それを太郎がなんとか取り持った。


あとからロイフォが、

「あの時のオジサンは、お兄さんだったんだね。あの時は目が据わってて怖かったけど、別の人みたいだった」

と、そっと太郎に話していた。同一人物だと判らなかったため、最初は見知らぬ人に急に土下座されたことに面食らったようだ。太郎は苦笑いするしかなかった。


 シルヴァは、次にクレナータに会うために役所に行き、土下座して謝った。クレナータは、事情を把握していたので、どちらかと言うとシルヴァに同情的だった。


「それで、前に言っていたが予算会議で議決され、先代クレナータの遺産分配が確定した。全額ではないので、申し訳ないのだが」

「こちらこそ、本当に申し訳ない。今になって冷静に考えれば、そんな申請が通るわけがないのに。大変な労力を使わせてしまった。本当に済まない」

シルヴァは頭が上げられなかった。


「それで、そんなに迷惑をかけていて申し訳ないんだが、自分が受け取ることになった遺産については寄付したいと考えている」

「いいのか」

「本来、俺が受け取るべきモノでは無いから。こんなこと、今更言うのはなんなんだがな。無理を押し通してもらって申し訳ないんだが」

シルヴァが苦く口にしたのを聞いて

「判った。私の方で手続きをしておこう。何も問題はない」


「すまない。よろしく頼む。それから…」

「何かあるのか」

「ああ、今更で本当に恥ずかしいんだが。できれば、その、俺の父親だったという人の墓を教えて欲しい。どの面下げて、と言われそうだが。その、墓参りをさせて貰えればと」


クレナータは、ふっと嬉しそうに笑った。

「叔父は、喜ぶと思う。ずっと、二人が帰ってくるのを待っていたのだから」

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