第28話 おっちゃん呼びは、心にひびく…
この頃の太郎は、お菓子作りにも凝っている。
書類仕事をしていると甘い物が食べたくなるからだと主張している。
だが、アンソフィータにくる途中で作ったなんちゃってホットケーキを、カアトスとレプスに絶賛されたのがそもそものきっかけだ。彼女たちにしてみれば、甘い物が好きなので太郎に頼めば道中美味しいお菓子を作ってくれそうだと思って、褒めたという下心満載だったのだが。
残念ながら、アンソフィータまでの道中では、卵と牛乳が補給できなかったので、始めの頃に何度か作っただけだった。実は肉まんは甘味の代わりに提供した、苦肉の策。肉好き女子達への甘味の代わりの肉だったのだ。
初めはそんなに手の込んだモノは出来なかったのだが、運が良かったのか悪かったのか、ダチュラにある本屋で、お菓子作りの本を見つけてしまった。
これで、代替え品に何があるのかを知ってしまったし、手順なども判ってしまった。
適当なホットケーキから始まったお菓子作りは、本とオーブンのおかげで、今ではちょっとしたパウンドケーキぐらいならできるようになってしまった。
認めたくはないだろうが、それだけ暇だったともいえる。
そうはいっても現在は、レプスやカアトスはダンジョンだし、男三人で食べるのもなんだし、ということでギルドの職員さんに配ってみた。
「もし良かったら、食べてください」
クッキーを袋詰めにして体裁を整え、お茶請けにと休憩室に持っていった。そうしたら受付嬢さんの覚えがめでたくなった。なんとなく、どう接していいのかお互いに気まずかった雰囲気が払拭された。
お菓子は偉大である。
皆に「美味しかった」と褒められて、気を良くしてクッキーだけでなく、マドレーヌモドキやパウンドケーキなども作って持って行った。マドレーヌもどきは、バターと砂糖と薄力粉が同じ分量なら良かったはずだという太郎のあやふやな記憶で作ってみたものだ。
受付嬢たちの評判を聞きつけ、ギルドに併設されている喫茶室のマスターから、お茶請けにクッキーやパウンドケーキを店におろさないかという話も持ちかけられた。
マスターには、肉まんを食わせてここで作らないかと、そそのかした。ここで受けるようならば、レシピを公開して拡げたいと考えたのだ。他の場所でも肉まんが出るようになれば、某氏はどこでも食べられると喜ぶかなと思ったのだ。
どちらも結構好評だ。
太郎が夕飯の買い出しに出かけたその帰り道。路地裏をひょいっと何の気なしに覗くと、大人二人に囲まれた子供が見えた。気になって近づいてみると
「四の五の言わずにとっとと出せ」
「嫌だ。自分達で稼げば良いだろう。お前らにやるために、稼いでるんじゃない! 」
どうやら、年少の子の稼ぎの上前をはねてる連中がいるようだ。
「大人げないぞ。子供相手の
お巡りさんは太郎しか知らないだろう。
「何格好付けて出しゃばってんだ」
男の一人が太郎に殴りかかってきたが、太郎はそれをヒョイっと除けて足を引っかけて転ばせた。
(うわ、本当に見えるし、動けるんだねえ)
太郎は白金が頑張っているおかげでレベルが上がっている。動体視力が上がり、身のこなしも軽くなっていた。だから殴りかかってきた男の動きがよく見えていたのだ。
(白金相手に毎朝、鍛錬続けてきたけど、今まで喧嘩一つしてこなかったからな。自分がどの程度なのかピンときてなかった。ホントに身体能力上がってるんだね。白金のおかげだけれども)
もう一人の男も軽くいなすと、形勢が不利とみたのか二人とも逃げ出した。大人の相手はしないらしい。
太郎が子供に近づくと、子供の方は緊張しているのが見て取れる。
「怪我は無いか」
「うん。おっちゃんありがとう」
「おっちゃん…。お兄さんと呼んでもらうと嬉しいかな」
太郎の顔が少し引きつった。すると、キュウと男の子のお腹が鳴った。
「お、腹減ってるのか」
太郎はトランクルームから余っていたクッキーを一袋取り出して、男の子に渡した。
「あげるから、食べな」
「ありがとう、おっちゃん」
だが、男の子はそれを開けようとしないで抱えている。甘い物じゃない方が良いかと聞くと
「みんなと食べても良いかな。みんな、うちで待ってると思うんだ」
クッキーをもらって、少し緊張を解いたのかそう言ってにっこり笑った。
男の子の名前はニルだと言う。太郎は、ニルを送っていくことにした。
ニルが話すには、彼らはこの先のハイツ通りに面してる家で暮らしているそうだ。前は面倒を見てくれる大人がいたのだが、その人がいなくなってしまったのだという。家はそのままだが、食べ物や日用品などが足りない事があるため、皆で手分けして街の雑用や薬草などの採取などをして遣り繰りしているのだそうだ。
たまに様子を見に来てくれる人も居るそうで、その時は色々と持ってきてくれるらしい。だが、その人も頻繁に来てくれるわけでは無いという。
そこへ、この頃嫌がらせのように今日あった男達が難癖をつけてくるようになった。
「あいつら、いつも言いがかりつけてオレらの金を取ってったりするんだ」
「しょうもない奴らだな」
他にも色々と話をしながら、その家へ向かった。
「今、6人で暮らしてるんだ」
子供達は皆、孤児だという。子供達は前にいた大人がここで暮らして良いと連れてきたらしい。
「オレにもおっちゃんみたいに収納があれば、もっと稼げるのにな」
ぽつりとニルがこぼした。クッキーを出すのを見てそう思ったのだろう。
「収納があったら、何をするんだ? ポーターか? 」
「ううん、ポーターじゃ無い。また15歳になってないし。15歳未満で商業ギルドの仕事を受けるには、身元保証人っていうのが必要なんだよ。
オレとセピウムは、薬師ギルドの無料講習受けて薬草の採取とかしてんだ。背負いカゴ借りてるけど、沢山詰められなくて。収納持ってたら、もっと稼げると思うんだ。
たまにセピウムが角ウサギとかも捕まえるけど、一緒に持ってくの大変なんだ。重いし。でもセピウムは角ウサギとか捕まえるの上手いんだ。だから収納があれば、沢山捕まえて持って帰れるし、その分お肉も食べられる」
「そっか」
「おっちゃん、あそこがオレらの家だよ」
周囲と比較すると小さめの古い家が見える。表通りに面した場所に位置している所だった。
どうやらそこがニル達の家らしい。
ニル達に、晩御飯をご馳走することになったのは、成り行きだ。実はニルの話を聞いてきて思いついたことがあり、その話を聞いてもらうために懐柔しようと考えたからだ。
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