第4話 宿屋にて考える 2

 白金はこの世界についても詳しいだろうか。大元がパソコンだから情報収集が得意かもしれないと、城でのやりとりと契約書についても話を聞いてみた。


「マスターはその神殿契約書にサインをしたんですか」

「うん、した」

「その契約書は、文面の下部と署名の間に空欄がありませんでしたか」

「ああ、あったよ。契約内容が少ないからかなっと思ってたけど」


「神殿で受理されるまでは、契約書内容は変更が可能です。署名しただけでは成立していません。ですから、一般的には神殿で契約書に署名しすぐに受理してもらいます。もしくはその空欄に斜線などを入れて新たに記入できないようにします。

神殿で受理される前に契約書に記載されたことは、この世界の神を仲介者として契約されることになります。ですから契約を破棄するのはかなり難しいことになります。

マスターを追い出したあとに、何か追加されたかもしれません。もしかしたらマスターの出方次第で追加するためにまだ神殿に持っていく前かもしれません」

「胡散臭いやつだと思っていたけど、そうなんだ」


「そんなのんびりと構えていて良いのですか。何を追加契約されるかわからないのですよ」

「でも契約書も割といい加減だったぞ。血判は押さなかったし、偽名で書いても何も言われなかったしさ」

「偽名?」


「うん。日本語で似たような名前を書いた。でも、なんにも言われなかったんでいいかなと」

白金はあっけにとられた顔をした。

「神殿契約書に偽名?」

「だって、別に神官はいなかったしさ。なんか癪だったから。でも俺が書いたっていうことで機能するなら問題があるよな」

「よく偽名がかけましたね」

「え、問題なかったよ。俺の万年筆で書いたけど文字も漢字で書いた。見てた連中も何も文句言わなかったし。大体一緒にいた高校生だって俺の名前なんて知らないしな」


それを聞くと白金がクツクツと笑いだした。

「本来なら神殿契約に偽名なんて書けないのですよ。神に虚偽を申し立てることになりますから、精神的に制約されますのでそのようなことはできません。

マスターには、この世界の神にそれほど強く影響を受けていないのでしょうか。

というより、マスターの世界の神との繋がりが強く、この世界との神との契約に至らなかったのか。どうなのでしょうか。

もしかしたら異世界から持ってきた万年筆で署名したため、干渉を受けなかったのかもしれません。データが不足していてわかりません。


そうですか、この世界のことわりからはみ出しているのかもしれません。道理で…。

私は向こうの世界のモノから成り立ってはいますが、この世界の影響の方が強い様です。そんな事が可能だとは思考が至りませんでした」


 そう言うと、白金は目を閉じて右手の人差し指を唇に当てしばらく動かなくなった。黙って見ているとふいに目を開いた。碧眼だった瞳が黄金に変わっていた。その金瞳に暫く見つめられた太郎はちょっとドギマギした。


「解析しました。トランクルームに入る前に何らかの形でマスターが干渉されていた形跡はみられません。まだ契約書で縛られてはいないと判断されます。

偽名であったために不履行になったのか、まだ神殿契約に至っていないのかはわかりませんが。


情報を取得しました。この状態でしたら、手が打てます」


白金は机からA4の紙とハサミを取り出してチョキチョキと人形に切った。それを太郎の前に差し出して、


「これに契約書で使用した万年筆を使って、契約書に書いた偽名を書いてください」


言われたとおりに万年筆で縦書きに山口一郎と書く。今度は仕舞ってあった白いTシャツを引っ張り出してきて、名前の書かれた紙をそれの上に置いた。


白金がその上に手をかざすと光で描かれた魔法陣のようなものが一瞬見えて、紙はTシャツに貼り付いて一体化した。にっこり笑った白金はくるくるとTシャツをたたみ、それをもって外に出ると宿屋の部屋のサイドテーブルの上にある銀の短剣の横においた。


トランクルームに戻ると、

「神殿契約がまだならば、このTシャツがマスターの身代わりの契約者になってくれます。もし、すでに契約を済ませているのに不履行になった状況であれば、向こうからなにか動きがあるでしょう。もう一度契約書に署名せよといってきたら、もう一度同じ偽名を書いてください。もしかしたら異世界の言葉だから不履行になったとあちらが考えるならば、こちらの言葉で書けといわれるかもしれません。名前はどちらの文字でも構いません。もう、このマスターのTシャツが「山口一郎」という存在になっていますし、マスターの所有物ですからマスターが契約するということになっても十分機能します。


条件を色々と後から継ぎ足したいのならば、マスターとともに神殿で契約することはないでしょうから上手く躱せると思います」


そう言った白金の瞳は碧眼に戻っていた。

「こんな事できるなんて凄いな、白金」

「情報の中にありましたので」

(情報、パソコンだから?)


何にせよ有能なアシスタントであることに違いはない。

白金がいればなんとかこの世界でやっていけるかもしれないと、太郎はちょっとホッとした。見知らぬ場所にいきなり連れてこられて、やはり不安だったのだろう。


 これ以上面倒なことに巻き込まれるのは御免被りたい。

願わくば最も実害がないところに収まって欲しい、そう願いながら太郎は寝た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る