注意事項

「うわ!すっごー!!」




 目の前に広がる景色を見て、シンプルな感想を叫ぶのは朝日奈さんだ。

 一方で、月森さんは些細な異変に気付いた。




「あれ?いつもなら、ここで“ミッション”が表示されるはずなのに……何も、起こらないね」




 その疑問に答えてくれたのは、レベル5経験者でもあるアスカだ。




「多分、特定のエリアに侵入することで“ミッション”が開始されるんだと思う。ここでいうなら、多分……あの宮殿の中、かな」



「なるほど。あそこが、バトルフィールド……って、ことか」




 ワン!ワン!!




 マルコシアスが何かの看板の前で吠えている。ちなみに彼のリードは、マコトが持ってくれていた。

 気になった俺たちがその看板を覗き込むと、無地の板に立体的な文字が浮かび上がる。見た目は木の板なのに、随分とハイテクなようだ。




『注意事項・その一。このダンジョンで損失した装備やアイテムは、帰還しても戻らない』




「これって……物の破損は補填されないって、ことですかね?」





 後ろからビデオカメラを回して、雪鐘さんが口を開いた。いつの間にか、撮影を始めていたようだ。

 既にこの様子がライブ配信されてるかと思うと、何気に緊張してきた。


 そんな中で、周防さんはさりげなくカメラにピースをしながら答えた。意外と目立ちたがり屋のようである。





「多分、そうやと思う。わざわざ、注意書きまでしとるってことは装備に対して干渉してくるような敵なんかもな。気をつけんと」



「私たちが負ったダメージは、回復するんです……よね?」



「書いてないってことは、そっちは大丈夫なんちゃうかな。まぁ、死なないようにすることが大前提やけどな」



「た、確かに。そうですね」




 そして、看板の表示が切り替わると二番目の注意事項が写し出された。




『注意事項・その二。宮殿には二つの入口が存在するが、赤の扉には女性のみ。青の扉には男性のみしか入ることが出来ない。注意すべし』




 その注意事項を読んで、コースケが一言。




「なんだそれ……トイレかよ」




 ちょっと笑いそうになる面々の中で、三浦は真剣な表情で懸念点を口にした。




「まさか、男女が分かれて別行動を強制させられるのか?だとしたら、まずいことになってきたな」



「そうか。うちの男女比率、極端だからな……」




 男3人、女9人。明らかにバランスが悪い。

 もしも同レベルの敵が待っていたとした場合、圧倒的に男性陣は苦戦を強いられることとなるだろう。

 見るからにテンションが下がる男たちを見て、委員長が必死にフォローする要素を探してくれた。





「そ、そうだ!ワンちゃんは!?オスなんじゃない?」



「ペットにも性別が適応されるのか?と、ゆーか……中に入れるのか!?そもそも。何より、役に立つのかどうかも怪しいところだ」





 三浦が、こちらを見ながら詰め寄ってきた。

 中に入れるし、役にも立つから連れて来たのだ。

 ただ、一つだけ言えることは。




「ごめん。メスなんだ……その犬」



「あぁ〜……そうなんだ。なんか、ゴメン」




 委員長と互いに頭を下げてると、アスカが最後まで看板をチェックしながら号令を出した。




「注意事項は、二つだけみたい。とにかく、ここまで来たらやるしかない……腹をくくって、行こう!みんな!!」




 彼女の力強い呼びかけに、男性陣も覚悟が決まったのか深く首を縦に振った。

 そんな様子をビデオカメラに納めながら、雪鐘は配信のコメント欄で反応を確認する。




「今、見てくれてる人は2000人ちょい……か。滑り出しとしては、上々。上々」




 雪鐘ミク(ユキミ)の知名度と宣伝効果、そして“レベル5に現役『冒険者養成校ゲーティア』生が挑戦”という引きのあるタイトルで客を呼び込み、新規ギルドの初ライブストリームとしては好調なスタートダッシュはきれていたようだ。




 :かわいい子、多くね?


 :おい、そこの男!俺と変われ


 :これ、マジでレベル5なん?


 :こいつら弱そうだけど大丈夫?


 :ユキミちゃん、おはよー


 :ダンジョンにペット連れてくんな


 :ユキミの顔が見たいよ〜


 :ちっちゃい女の子がギルマスか?罵られてぇ


 :なにこれ合コン配信ですか


 :即全滅を所望する


 :お色気シーンを所望する


 :タイトルに釣られて来ました


 :もうゲートの中?これ


 :みんなの好みを言い合おうぜ


 :俺の好みはガンマニアの男


 :撃たれてしまえ


 :がんばってください!




「さぁ、みなさん!いよいよ、レベル5のダンジョンに乗り込みますよ〜!!」





 黒薔薇の庭園を抜けていくと看板に示されていた通り、宮殿の入口には赤と青……二つの扉が、並んで備え付けられていた。俺が青の扉の前に、アスカが赤の扉の前にそれぞれ立つと顔を見合わせ互いに頷く。

 罠という可能性もなくはないが、看板の指示にさからう方が危険は高いだろう。ここは、大人しく従うことにした。




「じゃあ、行こうか。ユウトたちも、気をつけて」



「うん。アスカたちも」




 かくして男子と女子、別々の扉をくぐり行動が分かたれることとなった。正直、女性陣には何の不安もないが……まぁ、俺が頑張ればいいだけだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る