ひとつ屋根の下

「十分、見て回ったし……そろそろ、帰る?」



「え〜、もう?」



「どっかの誰かがあんなに目立たなければ、もっと遊べてました!もう、変装も意味ないぞ。多分」



「うっ……ご、ごめんなさい。じゃあ、帰ります」




 少し可哀想な気もするが、今度こそバレたらパニックになるだろう。彼女の身の安全を確保する為にも、ここは心を鬼にしなくては。




「そういえば、家は?ここから、遠いの?」



「遠い!だから、泊まってく。ユウトの部屋に。寮に住んでるんだよね?」



「うん、そうだよ……って、ええええ!?ダメダメ!それは、無理!!」



「なんで?いいじゃん!朝になったら、すぐに帰るからー!!」




 色々と問題があるんだが、後夜祭に誘ったのは俺だしなぁ……このまま、遠い家に一人で帰らすのは忍びないっちゃ忍びない。

 男子寮に管理人は存在しない。上手くやれば、中に連れ込むこと自体は難しくはないだろう。


 悩んだ挙句、彼女の押しに負けた俺は仕方なく男子寮の自室に連れて行くことにした。

 幸いマコトが女子寮に引っ越したことで、今は二人分の部屋を一人で使っている状態だ。テンには、もう一つの部屋を使ってもらうことにしよう。

 行きの道中は【隠密】を使って、誰にも見つからずに済んだ。他の男子生徒に見つかっても、色々と面倒なことになりそうなので一安心だ。




「ふぅ……どうぞ、入って」



「おっじゃましまーす!」




 そんな俺の苦労も何とやら、意気揚々と部屋の中に入って行くテン。何気に、自分の部屋に女の子を入れるなんて初めての経験だ。やましい気持ちはないとはいえ、やはりドキドキするものである。




「そっちが空き部屋だから、自由に使って……って、おい!」




 こちらが誘導する前に、ずかずかと俺の部屋に入っていく彼女。見られて困るような物は無かったはず……だよな、多分。




「おぉ〜。ここが、ユウトの部屋かぁ!意外と、シンプルだね」



「まぁ、寮の部屋だからね」



「お風呂は!?ある?」



「あるよ。入るなら、どうぞ」




 ジト目で見つめてきながら、こちらに歩み寄ってくるテンに心臓の鼓動が早くなっていく。




「……覗くなよ〜?」



「覗くか!さっさと、入れ!!」



「アハハッ!はーい」




 まったく。こちとら、自室の風呂を女の子が使ってるってだけでドキドキしてるぐらいなのに、覗く勇気なんてあるわけないだろ。恋愛未経験をナメないでいただきたい。

 その場に座り込み大きく息を吐いた俺に、更衣室からテンの叫ぶ声が聞こえる。




「あっ、そうだ!あとで、着替え置いておいて〜。ユウトのダサいシャツでも、何でもいいからー!!」




 ダサいは余計だ。はっ!これは、彼氏の大きめシャツを一枚だけ羽織る女子の姿が生で拝めるのでは!!


 いや、やめておけ。キモがられて終わりだ。

 普通に、男用のパジャマがあったはず。寝る時はそういうのを着るタイプなんだよね、俺って意外と。


 かくして、後夜祭の余韻どころではない夜は更けていき……。




「うわっ!やっちゃった〜!!」




 俺のパジャマを着たテンが二人で積み上げていたジェンガを崩し、ゲームに負けた。

 暇だと騒ぐ彼女に、なぜか実家から持ってきてあったジェンガ勝負を提案したのだ。まさか、こんなところで日の目を見ることになろうとは。さすが、古来より続くアナログゲームは信頼が置ける。




「へっへっへ。俺の勝ち〜!ほら、明日は早いんだから約束通り、そろそろ寝るぞ」



「へーい。わかりましたよ〜」




 一緒にジェンガを片付け終えると、テンはおもむろに俺のベッドの中へと入っていく。




「おい。キミは、向こうの部屋だと言ったよね?」



「いいじゃん。一緒に、寝よーよ」



「よくないわ!じゃあ、いいよ。俺が、向こうに……」




 行こうとすると、彼女がベッドの中から俺のシャツのすそを引っ張ってきた。




「知らないとこで、一人で寝るの怖い!」



「知らないとこって……心霊スポットじゃないんだから」



「ねぇ……ダメ?」




 うぐっ!その上目遣いは、卑怯すぎるよ!!

 まぁまぁ、何もしなければ良いだけだもんな。

 一緒に寝るぐらいなら……うん。




「ぐっ、わかった!わかりましたよ!!」



「おっ!一緒に、寝てくれる!?」



「うん……だから、もう少し奥に行ってね」




 すると、もぞもぞと奥に詰めた彼女はバッと毛布をめくって一言。




「さぁ、おいで。マイハニー」



「それ、男が言うヤツだから!……いや、男も言わねーわ!!そんなことッ」



「アハハハハッ!ナイス一人ノリツッコミ〜!!」




 やれやれと思いながら俺は電気を消すと、テンに背を向けながら同じベッドの中に入った。

 まさか、自分の部屋でこんな緊張することがあるとは。




「おぉい、こっち向けよ〜」



「やだよ。恥ずかしいだろ」



「なんでー?じゃあ、くっついちゃお〜」




 そう言って、彼女はピタッと俺の背中にくっついてきた。吐息が首筋にかかり、背中の神経が敏感になる。

 やっぱり、無理だ。これは、寝れる気がしない。




「あの〜、テンさん?やっぱり、俺……」




 何も反応がない。気付くと彼女は静かな寝息を立てて、夢の中へと旅立っていた。寝るの、はや!


 まぁ、ライブに戦闘に後夜祭に大奮闘してたからな。疲れが溜まっていたのだろう。

 仕方ない。このまま、一緒に寝ててあげるか。




「ユウト……だいすき……」




 ね、寝てるんだよな?凄い寝言だな、嬉しいけど。

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