執事のお出迎え

「マフィンセットふたつ!お願いしまーす!!」




 焼き上がったマフィンを乗せて、二つのトレイをメイド姿のサクラに手渡す。


 あれからテンを拘束していた糸を解くのに手間取ってしまい、気付けばミニライブの開始時刻になっていた。彼女は学園に恩を売ったと満足してる素振りを見せていたが、一つも勇凛祭を見て回ることが出来なかったのは内心ショックだったことだろう。

 かくいう、俺も午後はメイド喫茶の店番があったので、なくなく解散はしたのだが……。


 何とかして、少しでも楽しい思い出を作ってあげたい。とはいえ、ライブ中に連れ出すわけにもいかないわけで。




 そんなことを考えながら仕事をしていると、メイド喫茶は二日間の営業を全て終了した。

 伝票を整理しつつ、三浦が満足げに近寄ってくる。




「常に回転していたな。この売上なら、ランキング上位に載るのも夢じゃないかもしれんぞ」




 各クラスの出店の売上は最終的に集計され、全学年でトップ3に入ると評価が貰えるようだ。

 全員が疲れて座り込む中、我がクラスの元気印・朝日奈さんが大きな声で皆に提案した。




「よーし!このあとは、みんなで打ち上げ……やっちゃいますかぁ!?」




 彼女の呼びかけに、神坂さんが呼応した。




「おっ。ドリンク、お菓子、飲み放題・食べ放題?」



「在庫一斉処分で、許可しましょう!ただし、女の子は太らない程度に!!」




「おおおおおおっ!!」と歓声をあげて、仕事を終えたクラスメイトたちが残り物のお菓子やドリンクに群がっていく。朝日奈さんにそれを許可する権限など無いはずだが、ここで水を差すのは野暮というもの。郷に入っては、郷に従えである。


 そんな俺にコーラを差し出してきたのは、共に調理場を守り抜いた戦友・月森さんだ。





「ユウトくん、お疲れさま。裏は最後までバタバタしてたけど、何とか乗り切ったね」



「そうだね。月森さんも、お疲れさま」



「打ち上げって、何するんだろ。飲んで食べて、喋るだけ?それはそれで、楽しいか」




「ごめん、月森さん。俺、ちょっと抜ける!用事、思い出した!!」



「え……ユウトくん?用事って、今から!?」




 貰ったコーラを口に含みながら、俺は教室を飛び出していた。何か月森さんに聞かれたような気もするが、ごめん!

 ちょうど、ミニライブの終了時間……早くしないと、テンが帰ってしまうかもしれない。


 急ぎ足で生徒会ステージに到着した俺は、裏口から入ろうとするところを生徒会役員の腕章をつけた男子に止められてしまう。それは、そうか。




「ここから先、関係者以外は立ち入り禁止だ。あと、出待ちもダメ!さっさと、帰った!!」



「あ〜……ですよねぇ」




 むしろ、セキュリティーがしっかりしてて安心した……と、感心してる場合じゃない。

 さて、どうしたものか。こういう時に、有効なスキル代替は何なんだろう。




「彼は、関係者です。通してあげて下さい」



「えっ!?そ、そうだったんですか……すみません。許可が下りたから、通っていいぞ」




 たまたま、中にいた黒宮さんが俺のことを発見してくれたお陰で下手な小細工を使わずに門番を突破することが出来た。ラッキーだ。




「ありがとうございます!助かりました」



「構いませんけど、残念ながらライブは終わってしまいましたよ?もう、二人とも衣装から着替えてるところです」



「あぁ、いえ!別に、ライブを見に来たわけではなくて……ちょっと、テンに用事がありまして」




 そこへちょうど私服に着替え終えたテンがやって来て俺の姿を見ると、爆笑しながら言った。




「あっはっは!なに、その格好!!執事喫茶の出張サービス?」



「え……あぁ!執事姿のままだったの、忘れてた!!」



「いやいやいや。気付いてなかったんかい!もしかして、急いでライブを見に来てくれたん?」



「いや。そうじゃなくて……」



「そうじゃないのかよ!じゃあ、何なの?」




 騒ぎを聞きつけて、ナギも彼女の後ろからやって来た。黒宮さんやナギがいる前で言うのは、少し抵抗が……ええい、迷ってる場合じゃない!




「テン!今から、俺と後夜祭を一緒に回らないか!?その、昼間のお詫びとゆーか、何とゆーか」



「えっ……!」



「後夜祭も、ちょっとした出店ならあるらしいし……少しは、楽しめると思うんだけど。どうかな?」



「それ、言いに……わざわざ、来てくれたの?」



「う、うん」




 彼女は返事をする前にチラッとナギに視線を送ると、友人は笑いながらテンの肩を組んできた。




「いいじゃん、行って来なよ。ライブ前、ずっと落ち込んでたもんね〜?」



「ばっ!言わないでってば!!ナギも、一緒に行こうよ」



「私は、パス。帰って、リアタイしたいアニメがあるんだよね。二人で、楽しんできな」




 もちろん、それはナギの優しい嘘だった。

 植村に好意は抱いていてはいるものの、テンも彼女にとってはかけがえのない友人なのである。

 辻斬り事件のことで落ち込んでいたのを気にかけていた彼女は、ここは一歩引くべきだろうと考えたのだ。

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