飢餓

 俺は強化した跳躍ジャンプで、テンは風を纏いながらフワリと犯人の逃げ込んだ屋根の上へと着地した。下では、何やら周防さんが叫んでいる。




「ちょ!二人とも、そんな簡単に行かんといてよ〜!!」




 すぐに屋根の上へと登って来れない周防さんは、倒れた牛久くんのもとに駆け寄り応急処置を始めていた。一方、犯人はというと逃げる足を止めて、屋根の上で俺たち二人を迎え討つ体勢を整えている。




「よく、追ってこれたな。だが、二人なら許容範囲か……相手をしてやる。騒ぎになっても、面倒だ」




 チラリと下を見ると、結構な高さだ。

 高所恐怖症というほどではないが、人並みに恐怖は感じる。しかも、屋根の上という不安定な足場。相手と条件は同じとはいえ、上手く立ち回らなければならないだろう。




「ユウト、来るよ!!」




 テンの言葉にハッとすると、すでに猪狩くんは俺の眼前にまで迫っていた。速い。





【虚飾】が、【近接戦闘(刀剣)】rank100に代わりました




 ギィン!!




 咄嗟に所持していた光剣クラウ・ソラスに刃を宿し、敵の斬撃を受け止める。

 そこから、猪狩くんの激しい猛攻が始まった。




 キン!キン!キンッ!




 洗練された剣術というわけではなく、力任せな喧嘩殺法の太刀筋。それでも牛久くんの怪力を吸収していたからか、純粋なパワーと勢いのみで俺は押し込まれ気付くと屋根の端まで追い込まれていた。




「七星剣術・三つ星……禄存フェクダ !」




 窮地を脱する為、足に気を込め一瞬で敵の背後に回り込んだ俺は、そのタイミングで居合の一閃を放つ。




 ズバッ!!




 見事に命中するも、猪狩くんは微動だにしない。

 活人の白い刃で斬りつければ、彼の心に巣食った邪気だけを振り払うことが出来ると思っていた俺の希望的観測は見事に打ち砕かれてしまう。




「お前のその秘宝……なかなかの代物とみた。レベル4といったところか?」



「……?」



「だが、この魔剣ダインスレイヴはレベル5。闇属性を持つ俺が十分に力を発揮させれば、これより低いレベルの秘宝が持つ特殊効果は全て受けつけなくすることが出来る」




 秘宝にもレベル格差があるのか。つまり、格上である魔剣ダインスレイヴの呪いは光剣クラウ・ソラスの浄化作用では消し去ることができない……?




「それだけじゃ、ないぜ!?」




 再び、おもむろに斬り掛かってきた彼の斬撃を光剣クラウ・ソラスで受け止めると、“猪狩ダイチ”は待ってましたとばかりにニヤリと笑みを漏らす。




「な……なんだ!?」




 突如として、クラウ・ソラスの光刃に赤いいばらのツタのようなものが巻きついてきた。

 すると強制的に光刃が消失して、それとほぼ同時に先ほどつけた猪狩くんの背中の斬り傷から血で形成された翼が生え出てくる。




「魔剣ダインスレイヴの呪いの起源は“飢餓”。お前の秘宝の光は、コイツが



「なっ?何を、言って……!?」




 もう一度、光刃を出そうとするが何も起きない。

 バチバチとショートする音が、微かにクラウ・ソラスのつかから響いている。

 まさか、本当に奪われたのか?俺の秘宝のパワーさえも……!




 ズドンッ!!




 植村ユウトにとって、『光剣クラウ・ソラス』は面識のない父から貰った唯一の形あるものだった。それゆえに壊れた時のショックは本人が思ってた以上に大きかった。

 真正面からの前蹴りに対して、自動回避も発動できないほどに。




 ズザザザザッ!!




 強化された猪狩の蹴りが鳩尾みぞおちに叩き込まれて、勢いよく吹っ飛ばされた植村はあわや落下の危機に陥るが……。




【虚飾】が、【登攀とうはん】rank100に代わりました




「ぐ……はっ!げほっ、げほ!!」




 何とか一瞬だけ指先に力を集めて屋根の端を掴むことに成功した植村だったが、鳩尾の痛みはおさまらない。圧倒的な回避能力を有する彼だったが、防御力は一般の冒険者と同等もしくはそれすら下回ってしまう。ユニークを発動した植村にとっての数少ない弱点の一つであった。




「しぶとい奴だ。黙って落ちていれば、楽になったものを」




 血の翼を生やした堕天使が、必死によじ登ろうとする植村にひたひたと歩み寄っていく。




「ユウト!!」




 ふところから数本のクナイを投げ飛ばしながら、援護の機会を伺っていた“忍頂寺テン”が猪狩に向かって突撃していく。

 常時、武装を忍ばせてるあたりはトップアイドルといえど心は冒険者なのだと思わせてくれる。




 ブオンッ!!




 紅蓮の翼を羽ばたかせ飛んできたクナイは弾き飛ばされるも、その隙に今度は武器を“雷光刀ヴァジュラ”に持ち替えてテンが敵のふところに入り込んだ。




「その程度のスピードでは、俺に傷はつけれない!」




 魔剣で雷光刀を防ぐとテンの腹に鋭い膝を叩き込み、次いで血の翼で彼女の体を拘束する猪狩。

 その動作を全て、行ってみせた。




(【不忍しのばず】の効果で、加速してるはずなのに……こいつ、強い。いや、この短期間で!)



「テン!!」




 ようやく、屋根に登りきった植村は腰から抜いた『マナブラスター』による光線を猪狩に向けて連射するも、それも残った片翼を盾にされて防がれてしまった。

 テンを拘束したまま、その片翼を激しく羽ばたかせると、そこから飛び散る無数の血の羽が反撃カウンターとなって彼に襲いかかっていった。


 それは、かつて植村たちが戦った悪魔グラシャラボラスの使用する“操血術”を彷彿ほうふつとさせる技だった。

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