焼き上がるまで

「あっ、ごめん。誰かと、通話中だった?」



「いや。大丈夫だよ、ちょうど終わったから」




 まぁ、一方的に切られただけなんですけど。


 中に入って来たアスカはオーブンの中を覗き見ながら、話を続ける。




「美味しそ〜。これ、ユウトのお店で出すやつ?」



「そうそう。てか、何やってんの?アスカは」



「ヒマだから、一緒に後夜祭を見に行く相手でも探してまわってたんだけど……寂しそうに、一人でお菓子作りしてる男子を発見しちゃって。からかいに来てあげたってわけ」




 客観的に言われると確かに寂しい男子だ、俺って。しかし、アスカぐらいの人気者なら同行したい男子なんて引く手あまたにいるだろうに。




「天馬先輩とかは?てっきり、誘われてるのかと思ってたけど」



「あぁ〜、誘われてるよ?だから、明日の後夜祭はカケルと見て回る予定。さすがに二日連続はアレだから、今日は違う人と回ろうかと思ってたんだけど」



「あぁ、なるほど。そういうことですか」




 彼女は自然な感じで俺の隣の椅子に腰を掛けると、無言でジッとこちらの顔を見つめてきた。

 くっ、小柄だから自然と上目遣いになるのはやめて欲しい。からかってるのか知らないけど、無駄にドキドキしてしまう。




「な、なに!?行かなくていいんスか?後夜祭」



「うーん。可哀想だから、いてあげる。嬉しいでしょ?」



「嬉しいけどさぁ。同情されてってのが、何とも悲しいよ……」



「なに、言ってんだ。私、知ってるんだからね?うちらの舞台、見に来てたでしょ!?女の子連れで」




 ぎくっ!?


 あれだけの客がいた中で、よく見つけられたな。

 しかも、演技中にそんな余裕ないだろ普通。





「そういえば、凄い演技力だったよ!アスカ。み〜んな、引き込まれてた」



「おい。さらっと、話を変えるな!でも……一応、お礼は言っとく。ありがと」





 よしよし。強引に話の流れを変えたったぜ。

 でも、本当にアスカの演技力は凄まじかったんだよな。あの後もワイヤーアクションまで使い出して、普通にお金が取れるレベルの舞台だったし。





「どこで、勉強したの?絶対、素人の演技じゃなかったけど。あれ」



「あ〜。あれは、ドーピングっすね。【七変化】で、“女優アクトレス”モードになったの。そうすることで、自然と演技に関するスキルが上昇したってわけ」



「まじっすか?そんな形態変化も、あるんだ……それは、それで凄いユニークスキルだけど」



「そっちのユニークには、負けますけどねん。てか……あと、何分ぐらい?焼き上がるの」





 もう、待ちきれなくなってしまったのか。退屈そうに足をバタバタさせながら言うアスカ。まるで、小学生の女子だ。たまに、こういう子供っぽい一面を見せてくる時がある。





「あと、20分ぐらいかな。だから、遊んできていいよ?ここにいても、ヒマなだけだと思うけど」



「やだ。焼き上がりのやつ、食べたくなってきたから残る!」



「いやいや。食べさせるなんて、一言も言うとりませんけど?」



「いいじゃん、いいじゃん。ちゃんと、お金は払うからさ〜」





 お金を払ってくれるなら、まぁええか。

 色々と言ってるけど、アスカなりの優しさなのだろう。それなりに付き合いも長くなってきたから、彼女の心根の優しさは理解しているつもりだ。

 表では、いまだに強がったりしてるけど。




「別に、いいよ。マフィン一個ぐらい、奢るから」



「おぉ、太っ腹!いいの?」



「暇つぶしの相手になってくれた報酬ってことで。一個ぐらいなら、まぁ」



「やった!じゃあ、焼き上がるまで一眠りさせてもらおうかな。実は徹夜でセリフ覚えしてて、眠くて眠くて……ふぁ〜」





 小さな欠伸あくびをしながら、俺の返事を待たずに俺の肩に自分の頭を乗せてきたアスカ。

さらっと、そういうことしないで!これ以上、俺をドキドキさせないでぇ!!


 色々とつっこもうと思ったが、視界の端に見えた彼女は目をつむって可愛らしい寝顔を見せていた。さすがにまだ起きてはいるだろうが、縦横無尽に舞台を跳ね回っていたのだ。疲れも溜まっているのだろう。ここは黙って、俺の肩を枕として使わせてあげるとするか。


 しかし、いきなりこんなことしてくるということは、少なからず俺に対して心を許してるのだろうけど……ちょっとだけ、気になってきた。




【虚飾】が、【精神分析】rank100に代わりました




 七海アスカ 好感度:75/不信感:15

 現在の心理状態……安堵


 あなたとの現在の関係性は【親密】状態です




 これは……わからん!


 恋愛感情に関するワードが一つもない。けど、好感度は高そうだし。友人として、親密状態ってことなのか!?誰か、詳細を求む!!




「すー……すー……」



「……寝るの、はや」




 気付くと静かに寝息を立てていたアスカ。どうやら、本当に疲れていたようだ。

 全く、さっさと帰って寝とけばいいのに……でも、来てくれたのは素直に嬉しいんだけど。

 とはいえ、この状況を誰かに見られないことを神に祈るばかりだ。さすがに、弁明が出来そうにない。


 結局、アスカが俺のことをどう思っているかの正解は得られなかったが、まぁいいだろう。

 勇者様という強力な恋敵ライバルもいることだし、攻略に乗り出すには難易度が高過ぎる。

 今のところ、あの人に勝てる要素が見つからないからなぁ……俺。

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