きびまび

 勇凛祭・二日目。




「ふぁ〜あ」




 二日連続の徹夜で大きな欠伸あくびをしていると、島の裏路地に待ち合わせ相手が到着したようだ。




「天下のアイドルと待ち合わせして、そんな大きな欠伸あくびしちゃうのユウトぐらいじゃない?」




 キャップと眼鏡とマスクで簡単な変装をしていたがその溢れ出るオーラと声で、すぐに彼女が“那須原ナギ”だということが分かった。




「徹夜で学園祭の準備をしてたから、眠いんだよ。退屈で、欠伸あくびしてたわけじゃありませんので」



「ふふっ、なるほどね。ごめん、ごめん。ちょっと、からかっただけだってば!やっぱ、久々にユウトをからかうと面白いな〜」





 そういえば、ナギとも久しぶりに話す気がする。

 アイドルにモデルに冒険者に学生、それだけの仕事をこなしていれば遊ぶ暇なんて無くて当然か。


 そんな彼女の後ろからスッと姿を見せたのはスーツ姿の“黒宮ユウカ”さん。『ヴァルキュリア』の副団長である。




「お久しぶりです、植村さん。今日は、うちのアイドルのワガママに付き合っていただき感謝します」



「あ、いえ!全然です。どうせ、ヒマだったので」



「ライブ前に騒ぎを起こしたくはありません。なるべく目立たないよう、二人の手綱を握ってあげて下さいね」




『ヴァルキュリア』では“フギン・ムニン”の芸能マネジメントも受け持っていると聞いたが、すっかり敏腕マネージャーが板についている。この姿だけ見たら、黒宮さんが五大ギルドの副団長と思う一般人はまずいないだろう。




「はい!仰せのままに」



「ふっ。では、二時間後……再び、この場所で落ち合うとしましょうか。その時、今度はテンを連れてきますので」



「えっと……本当に、リハは一人ずつで大丈夫なんですか?」



「もちろん、二人揃ってやった方が良いに決まってます。ただ、どうしても……と、言われたので仕方なくの決断です。ライブの場数は踏んでますし、既存曲のみの披露なら何とかなるでしょう」




 明らかに不本意といった感じで渋々と語る黒宮さんの背後に回って、ナギが彼女の肩を揉みながらご機嫌を取り始める。




「ありがとうございます、副団長。おかげで今日一日、リフレッシュできそうです」



「はぁ……時間は、きっかりと守ってくださいよ?延長は、ありませんからね!?」



「は〜い、わかってまーす!んじゃ、一分一秒も無駄には出来ないし……早速、行こっ!!ユウト」




 強引に俺の腕を組むとヒラヒラと手を振りながら、黒宮さんから離れていくナギ。

 そんな俺たちの姿を見送ると、彼女は大きな溜め息と共に学園の方へと歩いて行ってしまった。




「いいの?黒宮さん、怒ってたみたいだけど」



「いいの、いいの!いつものことだから。それで、どうする?これから」



「俺はエスコートだし、ナギの行きたいところで良いよ。昨日、勇凛祭の出店表は送ったけど見た?」



「あぁ、うん!見た見た。じゃあ、お言葉に甘えて付き合ってもらおうかな」




 ナギの希望でやって来たのは校舎ではなく、学生店舗ストリートの一角だった。ほとんどの生徒は校舎内で出店を開いていたが、学生店舗を開いている者も少なくはなかった。

 こちらの方が人通りは少ないし、身バレするリスクは減るだろう。ボディーガード役も担う身としても、エスコートしやすくはある。



 手芸店『きびまび』




「手芸店……ナギって、手芸に興味があったの?」



「ううん。ただ、この店の説明書きにあったんだよ……“ご希望のコスプレ衣装、作成いたします”って!」




 あぁ、そうだった。この人、アニメオタクでした。トップアイドルになっても、そういう趣味は相変わらずのようだ。




「でも、ここ……学生通貨を持ってる人しか、使えないんじゃなかったかな?」



「いるじゃん。私の目の前に、使える人」



「俺に、おごらせる気かい!」



「まぁまぁ。とりあえずは、お手並み拝見……どの程度の腕前か、見せてもらわないと!話は、それからっすよ」




 なぜか、偉そうに店の中に入って行く彼女。

 扉の表札には「Open」と書かれていたので、開店はしているということだろう。

 一体、どんな店主が働いているのだろうか。




「いらっしゃいま……って、植村くん!?」



「い、委員長!?まさか、ここ……委員長の、手芸店?」



「う、うん。そう、だけど……」




 ハイテクな最新鋭ミシンの前で何やら作業中だったのは、我が一年ローAの学級委員長・明智ハルカだった。そんな俺たちの様子を見て、ナギが不思議そうに尋ねてくる。




「なに、知り合い?」



「うん、うちのクラスの委員長。メイド喫茶の衣装も全部、委員長が作ったんだ。腕は確かだと思う」



「へぇ〜。それは、良い情報……きゃっ!なに、これ!?」





 ナギは急に何かを見つけたようで、素っ頓狂な声を上げて体を仰け反らせた。彼女の視線の先を追うと、そこには茶色い体の小人たちがテーブルの上でせっせと裁縫作業をしている異様な光景が広がっていた。そこへ、慌てて店主が弁明に入って来た。




「あ、ごめん!その子たち、うちの従業員なの!!」



「じゅ、従業員!?」



「そう。お手伝い妖精のコロポックル」




 そんな、皆さんご存知!みたいに言われましても。名前ぐらいなら、聞いたことあるけど。

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