エスコート
かくして、激動の勇凛祭一日目は幕を閉じた。
いや、正確にはまだ閉じていないのだけれど。
家庭科室のカーテンを開けて、グラウンドを見てみると巨大なキャンプファイヤーの周りにぞろぞろと残った生徒たちだけが集まって、後夜祭が行われていた。
実際の炎は危険ということで、あれはAR技術で再現されたものらしい。後夜祭に焚き火だなんて古い文化だなと思っていたが、めちゃくちゃ最新だった件。
さすがにフォークダンスなどは踊ってはいなかったが、ストリートダンスや路上ライブなど生徒たちのパフォーマンス天国となっていて、心なしかカップルが多く見受けられる気がした。冒険者とはいえ、みんな裏ではやることはやっていたらしい。
そんな様子を一人寂しく眺めていた俺は、二日連続となる家庭科室で追加の菓子の仕込みを進めていた。メイド喫茶が予想以上の集客となってしまった為に、たった一日で二日分のストックしてあった仕込みを使い切ってしまったのだ。
ヒカルや神坂さんも手伝いを申し出てくれたが、接客サポートもこなしていた二人は疲れが溜まってるだろうと、
だが、まぁ……贅沢は言うまい。
前世に比べたら、今日の時点で遥かに充実した学園祭を過ごせている。神坂さんのレアな方言も聞けたし、それだけでも十分な思い出になっただろう。
そんなことを考えながらマフィンが焼き上がるのを待っていると、意外な人物からの通話がかかってきて俺は驚き身を正した。
「は、はい!もしもし!?」
「ん?ユウト!?なに、その
「いやぁ。だって、今やトップアイドルの一人ですから。そりゃ、緊張もしますよ〜」
「うざっ。お前、完全にバカにしてるだろ?」
そう。通話の相手は、『フギン・ムニン』の白い方こと“忍頂寺テン”だった。人気者になったというのもあるが、こうして会話すること自体が久々だったので緊張したというのが本音のところだ。
「すいやせん。それで、どうしたの?」
「明日、私たちが『
「ああ!ポスターで、見たよ。そうらしいね。ただ、俺が店番の時だから観に行けるか微妙なところなんだよな〜」
「そうなんだ。でも良いよ、別に。そっちは」
そっちは?というのは、どういうことだ。てっきり、ライブ観に来いよの催促かと思っていたのだが。
「そっちじゃないなら、どっち?」
「明日、ライブ前に少し時間が出来たんだよね。その時、ユウトにエスコートして欲しくって。勇凛祭を」
「えっ!?テンとナギの二人を?」
「軽いリハとかあるから、一人ずつ。先にナギで、次に私!いけそう?」
リハーサルとかって、二人が揃ってなくても大丈夫なのか?でも、『フギン・ムニン』をコンプリートして歩くよりは目立たなくて済むか。
明日は午前の部が自由時間だから、いけるっちゃいけるけど……。
「でも、見つかったらパニックになりそうじゃない?大丈夫かなぁ」
「ちゃんと、変装してくから!副長を説得して、何とか許しを貰えた貴重な時間なんだって〜。ね!?お願い、ユウト」
「うーん、わかったよ。そこまで、言うなら……でも、ちゃんと変装は完璧にしてきてよ?」
「ホント!?ありがと!ユウト、だーいすき!!」
「冗談でも、やめなさい。誰かに聞かれたら、誤解されるから」
「別に、いいけど。ユウトとだったら、誤解されても」
ぐっ!いかん、顔がニヤついてしまった。
テンのやつ、いつにも増してグイグイじゃないか?会えない時間が、愛を育てたというやつか!?
いや、黙ろうか。俺。
「じゃ……じゃあ、あとで詳細な予定を送ってよ。人の少ない場所で、待ってるから」
「おっけ、おっけ!決まったら、後でメッセージ送るね」
「はーい。待ってま〜す」
「ところで、ユウトは何してたの?今」
チーン!と、ちょうどオーブンの焼き上がる音が聞こえた。この寂しい現状、言うのは恥ずかしい。
「こ、後夜祭の真っ最中!」
「えっ、いいなー!で、誰と?」
「へっ?それは、その……ひとりだけど」
「ホントに〜?後夜祭で一人なんて、ありえなくない!?寂しすぎるでしょ」
誰かといるのを勘繰ってるのかもしれないが、結果的に俺の心をグサグサと刺してきてます!テンさん!!
「どうせ、寂しいですよ!用事が終わったなら、切るぞ!?」
「あ、ゴメン!怒った?」
「え……いや、別に。怒っては、ないけど」
「他の女の子と一緒だったら、イヤだな〜って……そう思っただけ。嫌な気持ちにさせてたら、ごめんね」
うぐっ!?なんか、素直になってない?
ちょっと、大人になったのか!?
待て待て、俺が逆に翻弄されてるぞ。落ち着け!
すると、そこへ最悪のタイミングで来訪者が俺のいる家庭科室へと入って来た。
「おっ、ユウト発見!一人寂しく何やってんの〜?」
「げっ!?あ……アスカ?」
入って来たのは、圧巻の演技を見せてくれた小さな大女優・七海アスカ様だった。いや、なぜに今!?
そこに、無感情なテンの声が耳に届く。
「へー。一人で、後夜祭っすか」
「いや!ちがっ、待って!!」
「それじゃ、また明日〜」
華麗に切られました。明日は、修羅場からのスタートになりそうです。母さん。
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