女優
「はい、これ。大丈夫?」
学園のベンチで休んでいた神坂さんに自販機で購入してきたレモンティーを手渡すと、俺は彼女の隣に腰を下ろした。
「すみません……お恥ずかしいところを、お見せしました」
「苦手なら、言ってくれれば良かったのに。まぁ……俺も、ちょっと強引なとこあったけど」
「学園祭のお化け屋敷ぐらいなら、いけると思ったんだよ……まさか、あんなに怖いなんて」
しゅんとした表情をしながら、両手で持った缶のレモンティーに口をつける神坂さん。ちぢこまった姿が、いつもとのギャップで更に可愛らしい。
「確かに、アレは俺も怖かったからなぁ……無理もないよ。でも、なんか関西弁になってなかった?途中」
「えっ!?うそ、でてた?」
「自覚なかったの!?めちゃくちゃ、でてたけど……何なの、あの方言」
「私、出身はオーサカなんだよね。中学から、こっちに引っ越してきて。それからは、頑張って標準語を使ってきてたんだけど。ふとした時に、出ちゃうみたい……関西弁」
そうだったのか。自然と出てたから
「何で、使ってこなかったの?関西弁」
「だって……ガサツに、思われそうだったから。関西弁だと、どうしても言葉が強くなっちゃうんだよね。ただでさえ、性格キツそうって思われがちなのに」
「え、そんなことないと思うけどなぁ。可愛かったよ?神坂さんの関西弁。もっと、使っていけば良いのに」
「それ……本気で、言ってる?変な
「いや、本気だってば!ちょっと、ドキッとしたもん」
俺の言葉にしばし無言でレモンティーを飲んでいた神坂さんは、何かを決心したように再びこちらに顔を向けると……。
「……なら、植村くんの前でだけ。出してみようかな」
「えっ!?」
「そっちの方が、私も本音で話せそうだし……どうせ、植村くんにはバレちゃったし。ね?」
「わ、わかった!俺は別に神坂さんが
いや。俺だけに方言を使ってくれるって、凄い特別感じゃないか?しかも、神坂さんの可愛い関西弁だぞ!?
「どっちでもいいって、何やねん。ユウくんが、関西弁が良いって言ったんやろ!?はっきりせん男は、嫌われんで?」
「おおっ。良いです、良いです!それで、いきましょう!!」
「ふふっ、何で敬語やねん。そしたら、今日からは
確かに、不思議と距離感も縮まった気がする。
思った以上に良いぞ、関西弁女子!
ん?何気に、さらっと呼び方も変わってたような。
「すいませーん!救急です、どいてください!!」
俺が神坂さんにデレデレしていると、目の前を担架で運ばれた生徒が通り過ぎていく。何か事故でもあったのだろうか?せっかくの学園祭だと言うのに、可哀想だな。
「どうしたんやろ?何か、トラブルかな」
「かもね。あ、どうする?もう少し、休む!?」
「ううん。もう、大丈夫……次、行こ!ちょうど、私の見たかったステージが始まる時間やし」
「おっけー。で、神坂さんの見たいステージって?」
神坂さんの案内でやって来たのは多目的ホール。
ここで、今から始まるのは一年ハイクラスAの演劇『真・西遊記』だった。
アスカのいるクラスの出し物か。『西遊記』は知ってるが『真・西遊記』とは初耳だ。
すでに客席は満席で、立ち見も舞台端にズラリと並んでいるほど。入場フリーだったので、俺らも比較的に空いてる場所に立って“望遠アプリ”を起動させる。こうすることで、最後方の立ち見でも最前席ばりの眺めを堪能できる。舞台やライブには、欠かせないアプリである。
一方、舞台袖では監督・脚本の鳴海ソーマが出演を控えた役者たちに声を掛けていた。
「やるだけのことは、やってきた。あとは、一回限りの舞台を楽しもう。まずは、最初のシーン……五行山で、孫悟空が三蔵法師と出会うシーンだ。準備は、良いかい?二人とも」
鳴海の言葉に静かに頷くと、七海アスカは小声で呟く。
「シルエット・スリー……“
それは、様々な人物になりきることができる形態変化。本来ならスパイ活動などに使用する変身だったが、その高い演技力はもちろん女優業にも大きく役に立つ。
スポットライトに照らされながら、ステージ上に出て行くアスカの姿に万雷の拍手が降り注ぐ。
しかし、それが彼女の一言目のセリフを聞いた途端にピタリと止まった。
「ここが、歴史に轟く五行山か……」
それは、俺がよく知る彼女の声とは全く違う。
不思議と大人の女性僧侶に聞こえてくる、凛とした落ち着きのある声。本当に、そこに三蔵法師本人が立っているようだった。
本人に、会ったことないけど。
と、いうか……こんなに、演技力あったのか。
たった一言で、場の雰囲気を掌握するとか相当だぞ?七海アスカ、何でも出来る説。
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