お化け屋敷

 ふぅ。繁盛してほしいとは思っていたが、これは予想以上だった。『冒険者養成校ゲーティア』自体が何かと話題の学園だからか、一般の入場者数が桁違いなのかもしれない。完全に、目測を誤ったかもしれない。


 とはいえ、今から俺は自由時間だ。ちゃんと店が回るかは心配だが、クラスメイトを信じて勇凛祭を楽しむとしよう。




「お待たせ〜」




 先に制服に着替えて待っていた俺のもとへ駆け寄ってきたのは、同じく自由時間に入った神坂さんだった。約束通り、ここからは二人で見て回る予定だ。




「残念。メイド服じゃないのかー」



「当たり前でしょ。一緒に歩く植村くんも、目立つことになるけど大丈夫そ?」



「うぐ……それは、困ります」



「あはっ、でしょ?そんなことより。行きたい場所、決めた!?」




 事前のやりとりで、お互いに行きたいところを順番に回ろうということになっていた俺が選んだ場所は……。




「着いた。ここ、ここ」




 学園祭の案内図を頼りにやって来たのは、一年ロークラスBが体育館を貸し切ってオープンした『お化け屋敷』だった。

 やはり、女子と二人で回るというなら定番のアトラクションだろう。前世じゃ一人で回ってたせいで、入りたくても入れなかったもんなぁ。




「お……お化け屋敷か」



「ん。神坂さん……もしかして、怖い?」



「えっ、いやいや……そんなわけ」




 明らかに強がっている様子だ。性格的に全然平気なのかと思っていたが、これは嬉しい誤算だ。

 やはり、『お化け屋敷』というのはと行くことに意味があるのだから!




「大丈夫だって。しょせんは、学生の作ったレベルだし。大したことないよ、きっと」



「う、うん。そうだよね……」




 弱気な神坂さんの姿を見れる機会は珍しい。

 ここは、男らしくリードして格好良いところを見せなくては!


 このアトラクションも結構な人気だったので、しばらく列に並んだあとに俺たちの番がやって来た。




「いらっしゃいませ。二名様ですか……って、あら!お二人さん」




 受付に立っていたのは、雪鐘ミクさんだった。

 そういえば、一年ローBの生徒だったな。




「あぁ、どうも。遊びに来ました」



「ほうほう。お二人さんが、そういう関係だったとは」



「え!?あ、いや……そういうんじゃなくて!」



「まぁまぁ、わかってますよ。誰にも、言いませんから」




 全然、わかってない。しかも、めちゃくちゃ口が軽そうなんだけど。偏見は、良くないけど。




「では、楽しんで行ってらっしゃーい」




 にやつく雪鐘さんに見送られ、分厚いカーテンをくぐり体育館の中に入ると薄ら足元が見えるぐらいの光だけ差し込まれていた真っ暗な空間で、いよいよ『お化け屋敷』に入ったんだという感覚を味わわせてくれる。

 すると、しばらく無言だった神坂さんが急にギュッと俺の腕をしがみつくようにして組んできた。




「嫌や……嫌や……」



「ん、いやや?」




 すると、急に「オギャー!オギャー!!」と赤ちゃんの泣き声が響いた。恐らく、スピーカーで流しているギミックだろう。




「いやあああああっ!!!」




 赤ちゃん以上のボリュームで叫んで、震えながら俺に抱きついてくる彼女。まさに、待ち望んでいた展開ではあったが予想外だったことが一つ。

 彼女の力はシンプルに強かった。抱きしめるパワーが、プロレス技のベアハッグかと勘違いしてしまうほどに。アスリートの腕力、恐るべし。




「うぐぐ……と、とにかく進もう!神坂さん。ねっ?」



「もう、なんでぇ……こんなことせな、あかんの?罰ゲームやん!こんなの!!」



「だ、大丈夫だから!俺が、神坂さんのこと守るから!!」



「ほ……ほんまに?」



「ほんまに、ほんまに!」




 さっきから気になっていたが、やはり関西弁だよな。急に、どうしちゃったんだろうか。

 何にせよ、可愛いので良いか!女子の方言、助かりまーす!!




 ひた……ひた……




 なんとか、神坂さんをなだめながら少しずつ進行していくと、背後から何やら奇妙な足音が聞こえる。嫌な予感しかしない……本当に、学生が作った『お化け屋敷』なのか?クオリティーが、凄すぎる。やはり、未来の技術でとんでもない仕上がりになっているようだ。


 恐る恐る二人が後ろを振り向くと、手足を地面につけて歩み寄ってくる痩せ細った黒髪の女性の姿。





「ひいっ!?」




 俺の声に、その恐ろしい女性は一瞬ピタッと動きを止めると、にたあっと顔半分はある大きな口を開いて一気にこちらへ四足歩行で駆け寄って来た。




「きゃあああああああ!!!!」




 気付くと俺は、神坂さんに抱えられながら全速力で前にいた他のお客さんたちを追い抜いていた。

 速い、強い……さすが、【韋駄天】。

 いやいや!思ってた展開とちゃいます!!


 あっという間にゴールへと辿り着いた神坂さんは、安堵したのかその場で力なくへたり込んだ。




「はぁ……はぁ……ほんまに、ムリ!死ぬかと、思ったぁ〜!!」




 正直それはこっちのセリフだが、怖がってる彼女を半ば強引に誘ったのは俺だ。ちょっと、悪いことをしてしまった。




「ごめんね、神坂さん。怖かったよね?」



「うぅ〜……怖かったよ!あほー!!」




 泣きながら抱きついてきた彼女を、俺は照れながらも優しく落ち着かせた。

 メイド服ではなかったが、結局は周囲から注目の的になっている気がするけど。まぁ、いっか。









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