フェアプレー

「よし。これで、ひとまずは大丈夫かな」




 家庭科室のオーブンにマフィンの生地を入れて、中の様子を覗きながらヒカルが言った。


 あれから、俺と神坂さんが買い出してきた材料を使ってヒカルを含めた三人の調理班は、明日の喫茶店に出すお菓子作りにいそしんでいた。


 前世で身につけたノウハウとネット検索したレシピをもとに、それなりの出来には仕上がったと思う。お菓子というのは分量さえしっかりと計って、決められた手順を守れば、そこまで不味いものは出来ないのである。

『メイド&執事喫茶』の目玉は、あくまでメイドと執事。正確には“可愛いメイドさん”なので、メニューは最低限のラインを守れてれば良いだろう。

 あくまで、学園祭の出店なのだ。




「結構、かかったね。外、見て?もう、真っ暗だよ」




 カーテンを開けてチラッと窓の外を見ると、すっかり暗闇に包まれていた。事前に申請してあるので、今日は特別に学園校舎での宿泊が許可されている。一人でいる夜の校舎は恐ろしいが、みんなでいる夜の校舎は何故だかワクワクするものだった。




「300人前だもん。ユウトくんがテキパキと指示を出してくれたから、この時間で間に合ったけど。私たちだけだったら、朝まで掛かってたよ。きっと」



「いやいや。二人とも、手際は良かったけどね……ん?」




 やけに一人静かだなぁと思っていると、神坂さんは家庭科室の椅子に座ってテーブルに突っ伏したまま夢の世界へと旅立っていた。静かな寝息が、微かに聞こえる。




「ナオ。お菓子作りとか、ちゃんとやるのは初めてだって言ってたから……きっと、疲れちゃったんだろうね」



「どうする?このまま、しばらく寝かせてあげよっか」



「そうだね。あとは、これが焼き上がるのを待つだけだし」




 とはいえ夜もけて、冷え込んできた。

 勇凛祭当日に風邪でダウンとかなれば、大変だ。

 俺は着ていた制服のブレザーを脱いで、眠っていた神坂さんの背中にそっと掛けてあげた。


 それを見ていたヒカルはニヤニヤしながら、何かを言いたげな視線を送ってきた。




「な……なに?」



「いやぁ……さらっと、そういうことやっちゃうんだ〜と思って。ユウトくんも、男の子ですなー」



「えっ!?いや!特に、変な意味はなかったんですよ。風邪をひいたら、大変かな〜って……まずかったかな?」



「ううん。ナチュラルに、そういうことできるからユウトくんはモテるんだろうね〜。多分」




 なに!?俺は、モテていたのか?


 いや、ヒカルと神坂さんからは好意を寄せられてるから、モテてはいるか。ぐへへ……。




「あーあ。先に眠ってたら、私に掛けてくれたのかもしれないのかぁ……あのブレザー」



「えっ!?」




 しまったああ!ヒカルの前で、他の女子に優しくしたらダメだったか!?

 無意識に嫉妬心を煽ってどうする、俺!!




「ふふっ、冗談だって。焼き上がるまで時間あるし、少しお喋りでもしようよ?」




 良かった。怒ってないようだ……いや、まだ分からんぞ!油断するな、植村ユウト!!


 俺はエプロン姿のヒカルに手招きされて、彼女の隣の椅子に腰を掛けた。ちらっと時計を見ると、いよいよ0時を回ろうとしていた。



 なんか、異様にドキドキするな。ヒカルとは一対一で話す機会も増えて慣れてきているはずなのに、この時間とシチュエーションがそうさせているのだろうか。




「そういえば、ユウトくん」



「はいっ!な、なんでしょう?」



「勇凛祭、誰と回るか決まってるの?」




 いきなり、きたか!

 願わくば触れてほしくはなかったが、そりゃ聞かれますよね。いや、とっても嬉しいことなんですが。




「き……決まってる」



「え、誰?」




 ここで下手な嘘をついて、あとでバレる方がダメージは大きいだろう。デート情報もすぐに流出してしまうぐらいだ、隠し切ることは不可能に近いと思って良い。




「えっと……あそこで、寝てる人」




 俺の指差した先で気持ち良く寝ていた神坂さんを見て、ヒカルも同じようにテーブルは突っ伏した。




「くぅ〜、ナオか!先を、越されたかぁ!!」



「ご、ごめん……」



「早い者勝ちなら、しょうがない。今回は、ナオに譲るかな……ま、私は水族館に行けたし」




 意外と、あっさり……これは、ヒカルがスポーツマンだからか?いや!これ、もしかして。

 どっちが先に俺を落とすかの競争とか、してません?気のせいか、気のせいだよね。うん。




「あの〜……すみませーん」




 急に家庭科室の扉から、ひょっこりと顔を出してきた女子に呼びかけられると、俺らはビクッとなり思わず体をくっつけあって怯えてしまう。


 よく見ると覗いてきた彼女は『灰猫亭』の店主・中条マユ。俺とも、馴染みの深い人物だった。

 中条先輩は密着する俺らを数秒間、見つめて……。




「……お邪魔でしたか。すみませーん」



「「ちょっと、待ったー!!」」




 二人で声を揃えて呼び止めると、戻ってきてくれた中条先輩が申し訳なさそうに家庭科室の中に入ってくる。すると、怪しい占い師のような格好で全身をコーディネートしているではないか。




「先輩も、好きだったんですね……コスプレ」



「違うわ!!」

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