好意

 島内で最大規模のスーパーマーケットにやってきた俺と神坂さんは、メモに書かれた材料を探しては次々とカートの中に入れていく。




「あとは、グラニュー糖と薄力粉はくりきこだね。それで、終わりかな」




 さすがの品揃えだ。学割も効くし、良い店である。すると、神坂さんが店内に貼ってあった一枚のポスターを発見した。




「あっ、これ!勇凛祭のポスターじゃない?」




 それは、生徒会が発行した勇凛祭の宣伝ポスターだった。そこに大々的に写っていたのは、大人気アイドル冒険者ユニット『フギン・ムニン』。

 そう、俺も良く知る“忍頂寺テン”と“那須原ナギ”の二人である。




「生徒会主催のゲストライブ……この二人を、呼んだのか」



「嬉しい!一度、ライブに行ってみたかったんだよね。来るのは、二日目かぁ……メイド喫茶の営業と、被っちゃうわ」




『勇凛祭』は二日間に渡って開催される。メインステージでは、生徒会主導の様々なイベントが行われるのだが『フギン・ムニン』のライブが、今回の目玉イベントのようだ。




「見に行けたとしても、客席は争奪戦になりそうだけどね」




 いまや『フギン・ムニン』の人気は凄まじく、デビューシングルMVの再生回数は1000万回を超えるほど。もうじき、セカンドシングルの発売も決定しているらしい。だんだんと、手の届かない存在になっていた。





「そういえば、自由時間……誰と行動するとか、決まってたりする?植村くんって」



「え、いや……特に、決まってないけど」



「じゃあさ!私と一緒に回らない?勇凛祭!!」




 いつもなら、もちろん!と即答したいぐらいの嬉しい誘いだったのだが、俺の頭によぎったのはヒカルの顔だった。

 もしかしたら、彼女も俺と回りたいと思ってくれているかもしれない。軽々しく、ここで返事してしまっていいものだろうか?




「え〜っと……」



「なに……もしかして、イヤ?」



「ううん!全然、嬉しいんだけど……その〜」



「へー。ヒカルとは、水族館に行ったのに?私とは、学園祭も回ってくれないのか〜」




 小悪魔っぽいジト目で俺に詰め寄ってくる神坂さん。なぜ、バレてるんだ……と思ったが、ヒカルのルームメイトだったことを忘れてた。しかし、ここまで情報が筒抜けだとは。




「いや!それは……その〜」



「嫌なら、はっきりと断ってくれていいんだよ?ただ……私は、一緒に回りたいけど」




 ヒカルとデートをしたことを知ってて、ここまでアプローチしてくれるなんて……そういえば、ちゃんと気にしたことなかったが、神坂さんは俺のことをどう思っているのだろうか?




【虚飾】が、【精神分析】rank100に代わりました




 ちょっとだけ、確認。ごめん!




 神坂ナオ 好感度:70/不信感:10

 現在の心理状態……好意


 あなたとの現在の関係性は【友好】状態です




 好意!これって、俺に好意を抱いてくれてるってことで良いんだよな?

 いや、好意って“like”なのか?“love”なのか!?

 もっと、分かりやすく表示してくれぇ!!




「植村くん……聞いてる?」



「はいっ、聞いてます!よし……一緒に回ろう!!」



「えっ、ホント!?良いの?」



「うん。特に、約束とかしてないし」




 俺なんかに好意を寄せてくれてる人の誘いを無碍むげにすることなど出来ない。

 いや、単に俺が八方美人なだけなのかもしれない。断る勇気が無いだけともいえる。




「良かったぁ……勇気を出して、誘ってみて。絶対、断られるかと思ってたから」




 強気な神坂さんには珍しく薄らと瞳が潤っているのが見えて、あっさりとした言葉にどれほどの思いが込められたていたのかが伝わってきた。

 断らなくて良かった……神坂さんの落ち込んだ顔を見ることにならなくて済んだようだ。


 なんか、重要なルート選択だったような気もするが、何かあったらまたその時に考えればいいだろう。うむ。




 その後、全ての材料をピックアップした俺たちはセルフレジで購入まで終えた。しかし、菓子の材料だけあって粉物が多く、気付けば結構な重量となっていた。

 朝日奈さんの持つドローンでもあれば楽々と運んでくれたのだろうが、もちろん今の俺たちがそのような文明の利器を所持しているはずはなく。




「どうしよう。結構、重いよ?」



「任せて。俺が、持つから」




 格好つけて、商品の入った袋を持ってみるが……確かに、重い。まるで、鉄球でも運んでるかのようだ。

 生憎あいにくとこういう時に持続した純粋なパワーを得ることは【虚飾】では出来ないのだ。

 どうしよう。今更、やっぱ無理!とか情けなさすぎるだろ。



 すると、神坂さんはスッと買い物袋の片方の取っ手を握ってきて笑顔で言った。




「一緒に、持とっか!二人で持てば、軽いでしょ」



「神坂さん!すいませぇん……」



「あはは!いいの、いいの。こっちの方が、私も申し訳ない気持ちがないし」




 優しいなぁ……神坂さんは、結婚したら良い奥さんになりそうだよな。気立ても良いし。


 待て待て!何を考えてるんだ、俺は!!


 やっぱり、誰にでも良い顔するのはよくないよな。月森さんと、神坂さん……いずれ、選ばなくちゃならないのだから。


 いや、選べねー!!

 そもそも、ろくに恋愛もしてこなかった人間には贅沢すぎる悩みなんですけどおおお!!




 こうして、俺は複雑な思いで神坂さんとの買い出しを終えたのだった。

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